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ブドウで絵を描く

ブドウ "" 絵を描く、ではない。ブドウ "" 絵を描く、というチャレンジをした。

エシカルにクリエイティブがしたい。と思いはじめてから、絵の具の成分やら環境への影響などを色々と調べていて、自然のもので絵を描いてみたい という気持ちが強くなっていった。

布を染める草木染めがあるのだから絵を描くことも... と、元ファッション業界の者なりにぼんやり考えていたそんなとき。オラファー・エリアソンの展示を見たり、ANA企画のアーティスト・イン・レジデンスへの参加が決まったりで自分の中の熱量が高まり、実際に試してみることにした。

自由研究 エシカルにクリエイティブでは、自分なりに疑問に思った過程や調べてみて現時点でわかったことをシェアします。わたしが得ていた情報が古かったり、誤認がある場合はコメントをいただけるととても有難いです。 
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なぜブドウで?

自然のものから色を抽出する実験をキッチンでやってみよう。今回はブドウを選んだ。

その理由は、アーティスト・イン・レジデンスというANA企画の地方滞在型のアートプロジェクトに参加することになり、わたしが滞在することになったのが長野県塩尻市、ブドウ畑がたくさんあるワインの名産地だからだ。

ワインの製造を終えたあとのブドウはどうなるのか?調べてみると、ワインを搾り切った後のブドウは廃棄されているようなので、アートがその間に介入することで何かしらよいことが起きれば、と思った。

なお、今回アーティスト・イン・レジデンスで滞在中に入手できるのは濃い紫色のブドウ(赤ワイン用)が絞られたものなので、緑色のマスカットは実験の対象としていない。

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↑ワイン製造過程で出たブドウの搾りかす。軽トラックの荷台に積まれている

まずは草木染めを参考に

"ブドウで絵を描く" というハウツーはもちろん見つからない。代わりに、"草木染め"  "ブドウ" とネットで調べてみると、自宅のキッチンでできる方法がたくさん出てきた。布を鮮やかに染める染料になるなら、ブドウで絵を描くインクもできそうだ。

ブドウの紫色を作っているのは「アントシアニン」という成分だ。不安要素として気になったことが2つある。

ひとつは「天然染料は発色が弱い場合がある」ということ。たしかに、草木染めと聞いて想像されがちなのは、いわゆるアースカラーでくすみのある落ち着いた色、うぐいす色やからし色、紅茶のような茶色や藍色などだ。絵を描けるだけの濃い色がうまく出るだろうか?そしてわたしがいつも使っている色の雰囲気とマッチするだろうか?

もうひとつは、草木染めは布を染める方法なので、そもそもお湯に布を十分に浸し、さらに煮詰めてやっと色が染まるのだ。紙をお鍋に入れるわけにはいかないし、参考にはできても着地点が違いすぎる。うまくいくかどうか不安だった。

とにかくチャレンジあるのみ。抽出方法を選ぶにあたり設けた条件は、できるだけキッチンで使えるものを利用すること。


具体的なやり方

先に結果を言うと、ブドウの搾りかすを鍋で煮出して色素を抽出して液体のままインクとして絵を描くことができた。煮出す際にクエン酸重曹を加えることで酸性度を調整し、色の濃淡の変化を出すことに成功した。

《使用した材料》
・ブドウの搾りかす*(メルロー、ヤマソーの2種)
・クエン酸
・重曹
・水*(塩尻の水道水 / 開田高原の湧き水)

NOTE:
今回はブドウの種類をはじめ、滞在中にその土地でその時期に取れるものを使った。クエン酸と重曹はお掃除用に市販されている粉末。自宅のキッチンで事前実験した際は *印のものは食べた巨峰の皮と地元茨城の水道水を利用した。

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《抽出作業》
鍋にブドウの搾りかすを入れ、水を+1cmくらいのかさまで入れて煮る。ブドウの分量は軽量カップで500mlくらいを目安にした。

色の変化は、煮る時間とクエン酸/重曹の量を小さじ/大さじ何杯入れるか?を変化させたりして実験した。

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↑ワインを絞った後のブドウは、鮮やかな紫色をしている


結果、ブドウから4色作り出せた

実験の結果、色の変化をざっくりまとめると以下に分けられる。今回偶然に利用できた湧き水のパターンも含めると、ブドウの搾りかすから4色作り出すことができた

・ブドウの搾りかすのみ=紫色
・クエン酸を加える=ピンク
・重曹を加える=茶色
・湧き水+重曹=カーキ*

今回湧き水で試すことができたのは幸運なことで、木曽エリアに滞在中、地元の方に開田高原へ連れ出していただいたからだ。その時はおいしい湧き水を飲む用に水筒に汲んだのだけど、「実験に使ってみたらおもしろいかな?」と好奇心で1回分試すことができた。それがたまたま重曹の回で試しただけで、他の場合にどう変化するかは未知だ。


安定している紫とピンク

ブドウの搾りかすのみから出た紫色、クエン酸を加えて出たピンクについては比較的安定していて、煮出す時間を変えても大きな色の変化はみられなかった。クエン酸の添加量による影響もほとんどみられなかった。ブドウ種のちがいによる影響も出ることはなかった。

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↑クエン酸を加えて煮出しているところ


不安定な茶色〜カーキ

一方、重曹を加えて得られた茶色とカーキ* は変化が大きかった。煮出し時間や重曹の添加量による色の変化が大きい分、色のバリエーションを広くみることができた。そのため不安定さも目立った。

湧き水+重曹のパターンは一旦置いておき、水道水+重曹のパターンを詳しく示してみよう。

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↑上の写真のように、煮出している最中は緑色に見える。これを紙にのせると薄まったブラックインクのようになる。(↓下の写真の3段め)

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しかし、インクが乾燥すると褐色に変わっていき、さらに日を追うごとに赤味が強くなり茶色へと変化するのだ。↓下の写真は同じもので黒さを比較するために真っ黒なものを並べて撮影している。

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この変化をみて、煮出し時間を加える重曹の量を少しづつ変化させてバリエーションを組んでみたところ、より長く煮て重曹の添加量が多くなる程、茶褐色は強くなることが分かった。

また、煮出し時間が短く重曹の添加量が少なくなると、うすいながらも色相の変化(緑味〜黄味、赤味)をみることができた。

とにかく重曹による色の変化は大きい。ある時、煮出し途中の熱々の状態で紙にのせてみたところ、うすいカーキ色が現れた。(↓下の写真4段め左端)煮出す時間が長くなるほど、明らかに赤茶味が強くなっていく。

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色の変化の原因は温度変化の可能性もあり、時間が経って空気に触れる酸化、その両方とも考えられる。なかなか複雑だけれども、おもしろい結果だ。


使う水で変わる彩度

先に少しふれたように、偶然入手できた開田高原の湧き水のおかげで色のバリエーションはさらに広がった。

おいしい湧き水が飲みたくて汲んだのだけど、「使ったみたらおもしろいかな?」と軽い気持ちで1回分試してみた。色変化が大きい重曹で試したところ、通常より緑味がでた。色の専門用語で言えば、より彩度が高いカーキをつくることができた。先ほどの水道水+重曹を鍋から熱々状態で描いたものと比べても一目瞭然の違いだった。

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↑上の写真3段めが湧き水+重曹で他に緑味が強い=彩度が高い

しかし、この鮮やかさはキープすることができない。液体のまま密閉したビンに保存し、時間が経ってから描いてみるとベージュへと変わっていた。やはり生き物、インクになったとはいえナマモノだと思い知った。


水の違いで色が変わるのは、湧き水に含まれるであろうミネラル分に反応した結果だと思われる。草木染めにも似たやり方があって、鉄や銅が含まれる液体を使って染め色を変化させるのだ。

今回鉄や銅を含む液体を使わなかったのは、設定した条件「できるだけキッチンで使えるものを利用すること」があるためだ。これはいろんな見解があると思うけれど、わたしはこの溶液を排水することがふと気になってしまい、下調べもできていなかったので今回は使わないことにした。


ブドウで絵を描く、まとめ

実験した結果をまとめると...

ブドウから色を抽出し、絵を描くことはできる。


実験内容のハイライトがこちら↓

・やり方:草木染めを参考に鍋で煮出して色を抽出
・クエン酸や重曹を加えることで酸性度を調整し、色の変化を出せる
・水のミネラル分で色の彩度が変わる
・温度変化、空気に触れる酸化による色変化を含めると、つくれる色の可能性はさらに広がる

こうして結果を都度楽しみながら実験した結果、無事にブドウからインクを作ることができた。


ブドウ+水彩絵の具で作品制作

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Photo by Yamada Tomodai

さて、これはアーティスト・イン・レジデンスでの作品制作の一環だ。ブドウから作った色にいつもの水彩絵の具をグラデーションにしてみたらどうなるか?を試した後、最終的には鮮やかなイエロー、ブルー、グリーン、と限られた色数の水彩絵の具を交えて絵を制作することにした。

↑上の写真は展示会場の様子。ファイルの左ページにはブドウから作られた色、右ページは水彩絵の具を混ぜ合わせた色のカラーチャートだ。描き心地としては、ブドウから作ったインクはグラデーションをコントロールするのが非常に難しかった。

ブドウで描いた絵はなんとも言えないマットな表面になった。これは主観ではあるけれど。細かく「ろ過」をしていないので、残った細かいブドウの粒子が表面をマットに見せているのかもしれない。


感想

分析はさておき。このチャレンジ、何よりも楽しかった。

自然に寄り添った制作方法を探したい、と思い続けてきた気持ち。コツコツと調べていたこれまでの時間。それらが熟してようやく具体的なアクションが取れたのかもしれない。それがとても嬉しかった。

アーティスト・イン・レジデンスという地域に密着したプログラムだからこそ、そして今回関わったすべての方々の協力があったからこそ、ひとりじゃないからこそ得られた結果だった。本当に幸運で感謝しかないです。

ブドウで描いた絵は現在、お世話になった長野県塩尻市で展示中だ。しかし悔しいけれど「ぜひ足を運んでください」と言いづらいご時世だ。なのでここに公式HPのリンクだけそっと貼っておこうと思う。

https://www.ana.co.jp/ja/jp/domestic/promotions/art_com/biennale/


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