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『兄の終い』分析


すごいな! と思いました。バツ2シンパパ状態の疎遠だった嫌な兄が急死して、遺体を焼いてゴミ屋敷状態になってた住まいを片づけ、甥っ子を転校させて実の母親に戻す! という、まあ、それなりに起承転結はあるにせよ誰にでも起こりそうなわりと普通の話。なのに、すごいと思ってしまうのはなぜ。というのを、内容以上に考えてみたくなった。

実話だから、ノンフィクションを読んでる訳なのですが、いい小説の読後感。こういう、普通に書いてるだけみたいに見えるのに小説、の人、いますよねー。というか下手な小説よりよほど面白くて、ためになって、うまいと感じる。その理由、何なんだろというの、考えたいなと。以下感想分析入り交じり、です。

・身にせまる切実感

わりとふつうの人に起こるような、ありふれてそうな、というか、当たり前に起きそうな話なのです。テーマがいいってことになるのかな。
これが天皇家とか犯罪者とか大スターとかの話、もしくはニュースになっちゃうような大事件とかなら他人事だと思って読み方変わってくるんだろうけど、この本は自分のこととか家族とか日常的なこととかを考えずには読めない。

うちも、家族仲悪く、兄弟と疎遠で。両親がまだ健在ということに関しては、この本の著者より恵まれてるはず、だけど、いざ、葬式となったら、などと考えただけで怖くなる。しかし意外と文書だ処分だとかなりお金かかるんだなとか自分ちで同じようになったらみんな投げ出すんじゃないかなどと考えさせられ、それって現実なのだなと思うともはやホラー以上にホラーだなとしばらく茫然。

自分にとって何が怖いって、著者の、主人公が、立派過ぎることだったりして。私にはできないという怖さです。仲悪い家族の死なんて、知ったこっちゃないと言って逃げ出す人も少なくないのではないか。というか私がそうなりそうで、恐ろしい。みんな、家族と仲悪い人ってどうしてますか、どうするんだろう。この本のような優等生バージョンだけでなく、もっといろんな例を知りたいというか、知らぬ存ぜぬで逃げ出した人の例を知りたくなった。切望しちゃいますよ、もう。

それにしてもこういうきっかけでもないと自分の家族のことできるだけ考えないようにしている自分に気づきました。自分の薄情さにうつうつとし、しかしアレに関してはやはり許せないとか、いまさら仲良くしようとしても無理だしあっちもそれ望んでないしな、などと、しばらく自分の家族のことでぼうっとしてしまった。そういう意味では苦しいっちゃ苦しい本のはずなのですが。自分がすごくすごくお金持ちになったら仲良くできそうな気がする、とか、いろいろ変なこと考えてしまった。


・人間がきちんと描かれている

だいたい、誰か死んだとなると、この人は素敵な人だった、よい人だったという話が多くなるもの。そして嫌な奴だったなら、過剰にダメなところ強調して、ってなりがちですが、死んだ兄について、いいところも悪いところも平等に描かれている……って、実際知り合いとかでないから本当はわからないにせよ、そう感じられるところが、イイ。

お兄さん、嫌な人だったというのが読んでよくわかります。でもそれだけで終わらない。外面のいいお調子者タイプで、2度結婚していて、父さんさせたとはいえ会社を興して社長をやっていたこともあって、器用でいろんなことやれて、これはかなりモテそうというか、魅力的な人だったんだろうというのもよくわかる。身の回りの色々と器用、だけど、大きく失敗してる人との共通点を考えたりして怖くなった。芸能人有名人にもこのタイプはいるよなあ。あんまり遠い世界のひとごとだと思えない、という、このリアリティ感、あるある感で、話に引き込まれる。

ただ、お兄さん以外の主要な登場人物がみんな素敵すぎて、悪いところがなさ過ぎて、考えてみればへん、と思いました。これはさすがに、嫌なところを端折ってそうなってるんではないかと思った。著者が素敵な人なので素敵な人にしか出くわさない、あるいは、人の悪いところを見ないようにしているのか。まあ、そのおかげでお兄さんについて焦点がぴったり合うから、読んでいて気持ちがいいというのもあるのかも。お兄さん以外の登場人物にあんまり引っ掛かりがあるともやっとする。そういう意味では、リアリティのある文章と思いきや、ずいぶんすっきり推敲されてこうなってたりして。


・文体が爽やか

内容の前に発見。これ読んで、この人の訳しておられるもの、他のエッセイ、全部読んでみたくなりました。文体がいい、ということなのでしょうね。読んでいて、心地よい。


・文体以外も爽やか

大人も子供もみんなこんな素敵に爽やかに動くもんなんでしょうかほんとうに。いちいちやることがクールでカッコいい。人が死んだときの特別感が人をそのように動かすのか。これも著者村井さん(と、知り合いでもないのに「さん」付けで呼びたくなっちゃうところもまたこの人の魅力だね!)の目の付け所がいいからこういうところが自然と描かれるのであって、そうでないところは頭から切り捨てられているのかもしれないな。

ぐずぐず、ウジウジ描こうと思ったらいくらでもそんなふうにできる話で、そういうふうに描かれたものもそれはそれで魅力的だと思う。
でも、暗くて重い話はさらさら―とこんなふうに爽やかに書いてあると、ありがたいなと思いました。私に合ってるということでしょうけどね。あときっと本人がすごく健全な方なのですよね。ひがみ妬みもないわけじゃないけどそうとうそのへんもさらっとしてそう。こんな素敵な人きっと友達になれたらすごく心地よさそう、なんて、離れてるから思えるのかもな。一緒にいたら自分のダークサイドが悲しくなって自己嫌悪に陥るかも知れない。

私はきっともっと卑屈で、なかなかこんなふうに描けないだろう。

でもこういうの、ときにはひとつ、目標としてみたいとは思います。そして村井理子さん、ホント、お疲れさまでした。よいもの読ませてくださってありがとう。

嫌な奴 死んだ話を 爽やかに 描ける腕に 妬み憧れ

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