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総統選から始まる世界選挙イヤー火種の解決-台湾とイスラエル

2024年台湾総統選挙取材

2024,2,28

台湾板橋で行われた民進党大会最終日(筆者撮影)

 台湾は中国の一部だとし、独立の動きに対しては武力行使も辞さない構えを見せる中国。台湾を取り巻く情勢は、近隣諸国や、現在戦闘中のイスラム組織ハマスをはじめとする武装勢力の軍事的な脅威に常に直面しているイスラエルとも比較される。1月13日に投開票が行われた台湾総統選で投票した台湾市民や、在住のイスラエル人に情勢をどうみているか取材した。(筆•今在家祐子)

昨年10月7日のハマス奇襲により連れさらわれたイスラエル人たち(写真 Shimon Bokshtein提供)

◇中国が「ミサイル」発射?


 総統選を控えた1月9日、中国の衛星が台湾上空を通過したとして、人々の携帯電話に注意を呼びかける緊急アラート通知が警報音と共に届いた。通知には中国語で「衛星発射」、英語で「ミサイル発射」と併記されていた。

 筆者は、イスラエルに約10年間住んでいたことがある。パレスチナ自治区ガザから数キロ圏内、ミサイルが実際に着弾するエリアを拠点としたこともある。今回のアラート発生時は、台北市内で電車に乗っていた。乗客は騒ぐ様子はなかった。アジア人独特の冷静さなのか、あるいは差し迫った危険にさらされた経験がないからなのか。落ち着かなそうではあったが、静かにやり過ごしていた。

 今回の衛星発射をめぐっては、中国が総統選前に台湾市民を威嚇した可能性が取りざたされている。

一方、最大野党・国民党は「総統選が近づいたら大げさに警報を出した」とし、与党・民進党が中国の衛星打ち上げを選挙に利用したとの見方を示した。

実際に発射されたのは中国の衛星搭載ロケットで、台湾国防部(国防省)は後に「ミサイル」の表記は誤りだったと謝罪した。

1月9日、筆者の携帯電話に届いたアラート通知

◇頼氏勝利もねじれ状態


 総統選では、蔡英文総統の親米路線を継承する民進党の頼清徳氏が勝利した。史上初めて、同一政党が3期続けて政権を担うこととなった。投票率は71.86%と、前回4年前を3ポイント余り下回ったものの、依然、高水準だ。

 民進党本部前には多くの支持者が集まり、次期総統誕生の瞬間を待っていた。筆者はまずは後方から見守った。飼い犬の散歩ついでや、自転車にまたがったままの見物程度の市民もおり、予想外に落ち着いた雰囲気だった。前方に分け入って行くにつれ、ボードや旗を両手に、熱狂的に支持する層へと変わっていった。頼氏の当選が確実となった瞬間には、大きな歓声が一斉に湧き上がった。

1月13日、民進党本部前 獲得票数がスクリーンに映し出され歓声をあげる支持者

同党はただ、立法委員(国会議員)選では現有62議席から51議席へと大きく議席を減らした。第1党になったのは52議席を獲得した侯友宜氏率いる国民党で、立法院(国会)はねじれ状態に陥った。台北市長を務めた柯文哲氏率いる第3勢力の民衆党は8議席を獲得した。単独で過半数(57議席)を獲得した党はなかった。

 ねじれ議会となるのは2000~08年の陳水扁政権以来、16年ぶり。陳氏は、1996年に直接選挙を受けて初代総統となった李登輝氏の後を継ぎ、民進党初の総統になったが、やはり少数与党の政権運営を余儀なくされた。

 頼氏にとっても難しい政権運営が予想される。ただ、ロシア、米国での大統領選挙をはじめ一連の重要な選挙が目白押しの「選挙イヤー」とも呼ばれる今年、頼政権は様子見に回らざるを得ないとみられ、逆に幸運な側面もあるかもしれない。大きく政治構造が揺れる中で極端なかじ取りをすれば、致命傷になりかねないからだ。

●2024年台湾総統選挙取材 YOU TUBE  yuko channel

侯友宜氏率いる国民党の看板(筆者撮影)

◇兵役延長でも「使いものにならない」


 台湾とイスラエルは共に、小国だが経済的には豊かで、いずれもハイテク分野を得意とする。地域の中で安全保障面の脅威にさらされている民主主義国という点においても類似している。

 一方で、イスラエルは、実戦経験が豊富なイスラエル国防軍(IDF)を擁するなど、地域内で軍事力の圧倒的な強さが目立つ。I D Fは実際、中東戦争など数次にわたる本格的な戦争を経験しており、国境紛争や国内テロへの対応などで常に臨戦態勢を維持している。

 それに比べると台湾は軍事力で中国に大きく劣っており、欧米諸国による政治的な介入も期待できそうになく、現代戦の経験がない住民には耐性がないとみられている。

 イスラエルでは、男子は3年以上、女子は約2年の兵役義務が課せられている。台湾でも18歳以上の男子に兵役が義務化されてはいる。蔡政権は昨年には、兵役期間を4カ月から1年に延長した。今年1月から適用されているが、イスラエルに比べればなお大幅に短い。

 「短期間の訓練をしたところで戦場では使いものにならない」「時間の無駄ではないか」などとの声も上がっている。

IDFが11月8日に公開したガザのイスラエル兵


 ユダヤ人は世界中で迫害を受け、第2次世界大戦中にはナチスドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)にも遭った。そのDNAには「恐怖」が刷り込まれているとされる。民間人の犠牲を顧みず、世界を敵に回してでもガザ攻撃の手を緩めない強硬姿勢の背景には、そうした民族共有の受難の記憶があるとの指摘も見られる。一方で、台湾の歴史もまた壮絶で、植民地支配に翻弄(ほんろう)されてきた。


 第2次大戦後の1947年には、大陸から逃れてきた蒋介石率いる国民党政権により、住民が大量虐殺された「2・28事件」も起きた。「台湾最大の悲劇」とされる。

 台湾人の間であまり口外されてこなかった史実だが、「政治は話すべからず」。そうすることでしか命を守れなかった台湾では、民主主義への思いは強い。

◇中国の影


 選挙のために日本から帰国したエンジニアの李さん(45)は、台中関係について「中国にかかっている。できる限りの準備をする」と語った。陸軍で約2年間、兵役に就いたという李さんは、有事は台湾のために戦う覚悟だという。

 選挙結果について「蔡政権の流れを踏襲できる。対日関係も良好で、対米関係も蕭美琴氏に期待する」と歓迎した。副総統に就任する蕭氏は神戸市生まれ、台南市育ち。前駐米代表(大使に相当)で、米国と強いパイプを持つ。ただし、中国からは「台湾独立分子」と見なされ制裁対象となっている。

 李さんは、中国とは「信頼関係が全くない」と訴える。「香港返還が良い例だ。中国は英国に対し、返還後50年間は資本主義制度を維持すると言ったのに、約束は守られていない」

 チベット族への抑圧や新疆ウイグル自治区での弾圧も例に挙げ、「台湾も(中国に)飲まれるだろう」と言う。「やくざとは話ができない。連邦制も一国二制度も、議論の余地すらない」と述べた。


 有権者になって初めての選挙だったという建設技師のシューさん(24)。今後の台湾の展望については「現状維持が大事」と述べた。 

シューさんの恋人の科学者ウーさん(24)も、今回初めて投票した。「第3政党が未来をつくる」と、民衆党の柯文哲氏に票を入れた。年配の市民は既存政党のイメージにこだわり、「理念で選んでいない」とこぼす。

 イスラエルとハマスの軍事衝突については、「市民は戦争を望んでいないはず」と話す。台湾でも同じとみられるが、状況次第では戦争に向け同調圧力に押し流されるのではないかと不安をのぞかせた。

民衆党の柯文哲氏facebookより

 新竹出身の日本語教師、黄さん(30代)は、「中国に近寄りたくない」と一言。そんな黄さんは、勤務先の学生と話すうちに、支持政党のギャップを感じた。民進党勝利を確信していたものの「結果が出るまでドキドキした。(若者に人気の)柯文哲氏が勝つかと思った」と振り返った。

「中国経済の状態は良くない。習近平国家主席に反発する声も聞かれる」。黄さんは、内政に余裕がない中国との関係に緊張が走ることはないだろうと占った。

 カナダ在住でやはり選挙のため帰国したシューさん(60)は、「台湾独立が得策だと思わない」と明かす。1949年に両親が中国から渡ってきたというシューさんは、いつの頃からか対中問題ばかりが政策に掲げられるようになったと嘆く。

中国を敵視した結果、「(中国人による)台湾人への差別意識が生まれた」と言う。対中問題だけが強調されるのは、内政に関心が向かないようにするための「目くらまし」ではないか。シューさんは特に、経済状況の悪化が問題だと強調した。

 票を入れた国民党の侯友宜氏の得票率は33.5%だった。頼清徳氏の40.1%に及ばなかったものの、大負けではなかった。「皆が台湾独立だけを支持しているわけではない」

 台北在住の生物学者ファンさん(39)は「台湾人のアイデンティティーこそが大切」と強調する。その確立に大きく貢献してきた民進党を支持する。「台湾人の大多数は、十分な国際支援を得ることが難しいのを知っている」と語る。

台北駅構内でインタビューに応じるファンさん

 「現状維持を望む。しかし台湾人として、個人的には将来起こり得る中国の過剰な侵略を避けるため、軍事力を増強してほしい」。「(平和のために)何もしないのか、それとも行動するのか…」。台湾を取り巻く情勢は非常に複雑だと、悩ましげだった。

 半導体など先端技術で注目を浴びる台湾が、デジタル競争力を基盤に世界のパワーバランスで存在感を発揮し続けることを期待すると話した。

 主婦のリンさん(53)は、台北駅近くの2・28事件を記念する公園で取材に応じた。若者の情報源がS N S中心であることに警鐘を鳴らす。

 「民衆党の派手なキャンペーンは、私にとっては嘘」。情報操作を懸念するリンさんは、「歴史を知り、自分で考えなければ」と、公園が象徴する市民虐殺の歴史が2度と起きないよう切望している様子だった。

 「中国の全てを否定するわけではない。しかし、台湾を中国の一部だとあくまで見なすなら、断固抵抗する」と、有事になった場合、武力を行使するのはやむを得ないとの考えだ。「今は民進党一択」と言い切った。

 台北市民のスティーブンさん(仮名、19)は、投票資格はなかったが、選挙前に総統公聴会に参加した。「若者がたくさんいた。もし選挙権があれば柯文哲氏に票を入れた」と話した。

 対中関係に関しては、現状維持を望んでいる。「台湾は事実上既に独立している」との立場を取る民進党を支持しない理由として、「台湾は独立だけを望んでいない。私たちは平和を求めている」と語った。スティーブンさんはただ、親中の国民党を支持しているわけでもない。 

頼氏当確を祝う支持者たち

◇第3の選択肢


 台北在住のイスラエル人エンジニアのヨアブ・デシャリットさん(32)は、台湾情勢を案じ、戦時下のイスラエルから両親が頻繁に連絡をしてくると語った。しかし、対中問題に関し、「台湾人は、神経質な様子ではない」と言う。

 「ミサイルの脅威はイスラエル人が一番よく知っている」と苦笑。ただ、アラートが出ても避難する場所が少ないと指摘した。これに対し台湾人の妻のイーアンさん(38)は「台湾には防空壕アプリがあり、近くにあるシェルターを教えてくれるようになっている」と話した。ただ、実際にシェルターへ走った経験はないという。

 ヨアブさん自身は、イスラエルで兵役に就いていた際、「3カ月で逃げ出した」。「どうしてもふに落ちなかった」。前線に送られるのを避けるため、掃除係を希望した。来る日も来る日も軍施設のモップがけをして過ごした。

 上官との面談でも消極的な態度を示した。すると「ある日、君は帰って良いと言われた」。以降、呼び戻されることはない。「軍には役立たずと見なされた」とヨアブさん。イーアンさんは「数カ月の軍事経験ではイスラエルでも台湾でも役に立たない」と冷やかした。

 これまでイスラエル・パレスチナ問題をめぐり、西側諸国はパレスチナ国家樹立を前提とした「2国家解決」を提唱してきた。しかし、実現の可能性は低いとし、欧州連合(EU)のような世俗的な国家統合を指す「1国制」による解決を理想とする声もある。

 デシャリットさんに言わせれば、イスラエルは、パレスチナへの対応に関しては前に進むも立ち止まるも自ら選択可能だ。「パレスチナ自治区への第三国(西側・アラブ諸国)の軍事駐留により和平は実現する可能性がある」と、外圧に期待を寄せる。それに対し、台湾の場合、「台湾人の統治権を中国に保証させる手段がない」。

 民主主義を追求すれば、中国から発射されるミサイルの危険と隣り合わせになりかねない。台湾に関しては、平和と民主主義が両立しない状況に置かれている。台湾は独自の路線を探すほかないのは明らかだ。

 イスラエルについては、政治的な混乱があろうとも、市民レベルでは、普段通りの暮らしができていれば、それが平和だった。今回のハマスとの衝突までは、現状維持を支持する姿勢が強かったと言える。

 しかし、ハマスの奇襲で始まった新たな局面においては、行動が必要になった。

 ここ3カ月間の中東情勢の悪化は、中国に侵攻されれば、台湾もガザ地区と同じような悲惨な目に遭うのではないかとの懸念を強めるものともなった。イスラエルがガザ地区で行ったように、中国が封鎖を通じて台湾の食料・エネルギー輸入を阻止する事態も想定される。

 しかし、3年目に突入しようとしているロシアによるウクライナ侵攻、そしてイスラエルとハマスの衝突という2つの戦争を目の当たりにした台湾市民は、「独立か、さもなくば親中か」という二者択一路線からは一定の距離を保っているように見える。

 民衆党のような第3の選択肢が、特に若者を中心に一定の支持を得ていることからも、そうした変化が浮き彫りになっている。

筆者執筆記事
ガザ、パレスチナ、イスラエルから次々悲痛の声 突然の戦闘に現地在住邦人にも衝撃

1月12日台湾板橋にて(筆者撮影)

◇「鳴くまで待とう」現状維持


 中国経済が変調をきたしており、それが台湾の内政においても反映されて「現状維持」という選択になった可能性も高い。

 中国人の資産形成の大部分は不動産が占めており、その構造はバブル前の日本と酷似しているともいわれる。共産主義的な管理社会を中国市民が受け入れているのは経済発展が約束されているからであり、バブル崩壊は、中国共産党一党独裁の終わりを示している。

 台湾の場合、今のまま、軍事力を強化しつつ、半導体などのハイテク技術を推し進め、中国と共生関係を保ち、中共が外交面で苦手な部分に協力できる中国の出島となって内部経済の崩壊を待つ。そして、本土が連邦制や共和国制などに移行するまで待つ。中国が「鳴くまで待つ」ことが、台湾にとって、香港のような骨抜きの二の舞にならない第3の道であるのかもしれない。

蔡英文氏の応援演説 両サイドを頼清徳氏と蕭美琴氏が囲む

 東西冷戦終結後、米国による覇権体制が続いてきた国際秩序が変化する中、親米路線を取っていた国々は、11月に行われる米大統領選本選を前に息を潜める。台湾市民は、有事をめぐる懸念がくすぶる中、最悪の事態の回避に向け新たな道を模索しているようだ。

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