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DAY.1 突っ走ってきたからこその成果と課題。「◯◯しなきゃいけない」のが本当に苦手。 

はじめに・・


突然再開。

本当に三日坊主すぎる自分におどろく・・。
note始めたのも、アウトプットするのが結構好きだからという思いと、noteかっこいいじゃんという安易な気持ち。だから続かないわけで。

じゃあ何で再開したかって。

「本気で吐き出し口が欲しいから。あと記録残したいから」

協力隊時代、SNS更新を必死にしてきたけど、それが結局は「自分の活動記録」として残って、卒業した後も重宝していた。

noteも誰かに見せるわけじゃないし、誰かに見てもらいたくてやらなくてもいいんじゃないか。
現状、そもそも誰も見てない。(いや見てもらうために書くほどスキルもない)

でもたまに誰かが見てくれて、なんか共感してくれたり、何かを感じてくれる人がいたなら、それはそれでありがたいことで。
そんな「棚ぼたハッピー」があればいいじゃん。くらいの気持ちに切り替えた。

というわけで、今日からただただ思いついたまま、書くことにする。

DAY.1 突っ走ってきた私の本音。

最近のわたし。

まぢで悩んでいる。
何に悩んでるって、正直にいうと「日々愉しくない」。

小さな小さな会社の経営者だから、こんなこと言っちゃいけないのだと思う。だからずっと我慢してきた。
でも、自分が思ってる以上に、何だか限界が来ていたようだ。
だから、心から信用できる方に、意を決してとうとう吐き出してみた。

「しんどいです」

そしたら、何だかボロボロと、自分の中にある本音が出てきて、スッキリし始めた。
そして今、岩手に戻ってきて7年目にして初めての8連休中。

毎日ぼーっと、ただただ「ふじおかゆうこ」として生きている。

これが何とも心地よい。

「経営者だから」と突っ走った4年間。消えない事実。

私は地域おこし協力隊として岩手にUターンした。
それから任期満了した直後から、小さな小さな会社を経営している。
経営して4年。
本当にただただ突っ走ってきた。
楽しいこともたくさんあった。それなりに想いも抱えてやってきた。

ただ、うちの会社は離職率が激しく高い。
この事実だけは消えるわけもなく、辞めてしまったに対しての申し訳なさとか、ごめんねという気持ちがないなんてことはありえない。
一方で、少なからず「仕方ない」と自分に言い聞かせてきた部分もある。
これはきっと、理解できない人もいると思う。
「は?偉そうに」「あんたが悪いのに」「だからあの会社やばいんだ」
言われて仕方ないと思っている。
でも私には私の言い分もある。
こういうふうに思ってしまうところが、私の悪いところであり、「私らしさ」でもある。

今抱える最大の本音。

でもふとした瞬間思う。
「私自身、仕事が辛い。たのしくない。」

その原因の一つは「離職率が高いという事実」
よくスタッフたちには、「私が120%悪い。」という。
離職の理由・・・私の人間性が信用できないから。とか、思ってたんと違ったから。とか、もっと信用して欲しかった。とか、自分いなくてもいいですよね。とか。
受け止めるしかないと思っているからこその「私が120%悪い」。
強がりと言われようが、そう言ったって何の解決にもならないと言われても、そう言っている。

でもね、傷つかないわけない。私だって人間だ。

私が会社を続けよう、頑張ろうとすればするほど、どんどん人間関係が崩れる。
会社を守らなきゃ。スタッフを守らなきゃと思えば思うほど、否定的な声や心無い声を浴びせられる。

頑張れば頑張るほど、私自身が嫌われる。

なんかそんなふうに感じてしまって、結果私自身が「仕事が辛い」。

「え?バカなの?」ものすごい単純な気づき・・・。

この悪循環。何だか自分自身馬鹿馬鹿しくて、どの口が言ってんねん。と思うし、嫌ならやめろやとか、変わる努力しろやと言われるだけだよなと思って、抱えてどこにも吐き出せずにいた。

結局、自分が壊れかけた。

だから吐き出してみたらスッキリ。

・・・え?こんな単純なことでスッキリできるものなの?
「え?バカなの?」と自分に言ってしまった。。

つまりこれって、そう思っているという自分を認めてみたわけ。
それだけで、何だかスッキリしたの。
別にさ、誰の思いでもなく、自分の思いだからさ、周りに何言われたって、私はこう思ってるっていうだけのことだからね。
それを否定されようが何だろうが、とりあえず私はこう思ってるってだけ。
それだけのことってわかったら、別にいいじゃんね、スッキリした。
ほんと単純なことだったけど、自分で自分を認めることってなかなかできないもんだ。
認めるって難しいね。認めるって何だ・・。

話を戻そう。

頑張れば頑張るほど自分が嫌われる(ように感じる)というこの現象。
とにかくこの現象が私にとっては辛い。
基本的に私は、頑固だし、人より厳しい。
思ってることについてはきちんと言いたい派だし、やるだけやってダメだったら、次またリカばればいいやという精神の元やっている。
真剣に取り組んで真っ向からぶつかって、それでも嫌われるなら仕方ないとも思う派だ。
猪突猛進。天真爛漫。好奇心旺盛。

今までの仕事でも、めちゃくちゃ嫌われるか、怖いだ何だ言われても末長く仲良くしてくれているかの完全2択。どっちでもない人ってあんまりいない(気がする)。

そんな頑固な私だからこそ、「頑張ってきたもの」にひたすらのプライドがあったから、嫌われようが気にならなかったんだと思う。

じゃあ何で今嫌なのか。
これに対して、一つの答えが出た。

「頑張ってない」

そもそも頑張るって何だよ。って話は置いといて、
今やっていることに頑張れてないんだと思う。
それは、頑張るということを自分で決めてないってことでもある。
「頑張らなきゃいけない」って思っているだけだったんじゃないか。

「頑張らなきゃいけない」

振り返ってみると、卒業した後の4年間「こうでなきゃいけない」ということが多すぎた。

経営者としてこうでなきゃいけない。
会社は地域にとってこうでなきゃいけない。
地域の皆さんにこういう立場じゃなきゃいけない。
地域を守るために私はこうでなきゃいけない。

一番苦手な「こうでなきゃだめ」という決めつけを、自分自身に科せていたのは自分だ。。

何が何で苦手??

そもそも子供の頃から、型に嵌められるのが苦手すぎる。
女の子なんだからこうあれ。
お姉ちゃんたちがこうだからこうあれ。
とにかくそういうのが苦手すぎた。

ありがたいことに、我が家は自由だった。
好きなことをやればいい。人様に迷惑かけなければ。
自分が一番可哀想だなんて思うな。本当に辛い人、可哀想な人はお前が知らないだけで、世の中には山ほどいる。
そんなことを言われて育ってきた。

だからこそ、「こうであれ」は自分で決めてきた。

そうだそうだ、私は、自分で決めたものじゃないと頑張れないんだ。

誰かの決めた「こうであれ」がとにかく苦手なのだ。
そこに「自分の納得」がないと、ダメなんだった。

国語の問題の「作者の気持ちを答えなさい」がすごい嫌いだった。
「・・・・知るか!!!」と本気で思っていた。
逆に数学は大好きだ。証明とかめっちゃ達成感だった。

こうしなきゃいけないんじゃなくて、どうしたいんだっけ?

ずっと「頑張らなきゃ」「頑張らなきゃ」と思って4年突っ走ってきたことに気づいた今。

何で頑張らなきゃいけなかったんだっけ?
そもそも何がしたかったんだっけ?

すっと答えられない自分がいる。
だから、今とりあえず、一旦それに気づけた自分を認めた上で、
「自分がどうしたいか」を考える時間にしている。
会社として、経営者としてじゃなくて
ただの「ふじおかゆうこ」として、何がしたい?どうありたい?てのを、ひたすらに考えている。

私だって、経営者である前に、一人の人間だ。
嫌われるのは嫌だし、余計なレッテル貼られるのは苦しい。
・・・当然だ。

自分の道を決めるのは自分でしかない。
そうやって育ってきたからこそ、自分らしさを自分の手で取り戻したいと思う。

これから、自分らしさを取り戻すまでの記録として、このnoteを、未来の自分のために書いていこうと思う。

先にも書いたけど、あくまでもこのnoteは誰かのために書くわけじゃない。
でも、どこかで共感したり、何かを感じてくれるという「棚ぼたハッピーがあればそれはありがたい。
一方でアンチがあっても仕方ないと思う。
陰でアンチなことを言ったりするような人とは仲良くできない。それだけだ。
気を悪くする人がいるかもしれない。そんな人は読まないで欲しい。
読む読まない決めるのも「自分」だから。

今日からこのnoteは、
私が自分らしさを取り戻すための、
自分のための記録。なのだ。


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