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晴れたら

三茶はいやなことを思い出してしまうからきらい。
ごめんね三茶。きみに罪はないのに。

魔が差したみたいに無理に手を伸ばして、割れたガラスを集めたような言葉を掴んでしまったのがこの場所だった。
いや、手を伸ばさなきゃよかったのに伸ばした結果、割ってしまったのがわたしの手だったのかも知れない。

季節がいくつも変わったのに、未だガラスの破片をざくざく刺したまま抜きもしないわたしがきらい。
しあわせな時間をいちいち思い出しては破片をぐっと押し込みそうだから、今年は夏がきらい。
逃げ出したくて、でも逃げ出したい対象はわたし自身の感情と記憶。脳のスイッチを切りでもしない限り、絶対に逃げられないのだ。それでも図太く生きているのはなんでなんだろう。無駄に丈夫なわたしがきらい。

浅くしか眠れないまま夜明け過ぎに目が覚めた。はっと見開いた目の前の白い壁が一気に現実を突きつけてくる。もう何度も繰り返した絶望的な朝。
ベッドにだらりと転がったまま、何年も前に聴いていた音楽を流す。憧れだけ食べて生きていられた、未分化な頃の曲とか。そんな昔の記憶にトリップすると、少しだけ息がしやすくなる。
ふと流れてきたダンスミュージックに目を見開く。ありありと呼び覚まされたのは、温かくて岩だらけの海に学校のみんなで行った記憶。理由は言語化できないけど、わたしの好きな想い出のひとつ。

そうだ、あの海へ行こう。

幸い今日は天気がいい。J-POPのモチーフになりがちな、いちばん好きな赤い電車で。いちばん速い、新幹線みたいに前を向いたシートの電車が来たら当たり。まあ時間はあるから、来るまで待てばいい話なのだけど。

品川駅から1時間強。終点で降りて、一面のキャベツ畑を抜けてまっすぐ歩く。
空が近い。耳には音楽。ちょっとゆっくり歩くのに丁度いい、bpm100くらいの曲がいいかな。

足元が砂っぽくなって海に着いたことを認識する。海の匂い。少しでも海に近づこうと黒い岩を登ったり下りたりする。時折小さいカニが横切る。久々に見る生き物に、ちょっとわくわくする。
イヤホンから聴こえる音楽はちょっと感情的なストリングスの入ったやたら明るい4つ打ち曲。きみを忘れたくて踊るのさ、だって。

ここなら存分に海が眺められるな、という所で座って一息つく。達成感がほんの少し心地いい。ぼんやりと海を眺めて存分に呼吸しながら、耳元にはずっと昔の曲を流していた。無邪気に生きていた頃の記憶にだけ浸っていられるように。

突如、音が消える。一瞬間が空いて、ブーブーとスマホが震えた。
もしもし。
最近仲良くなった友達だった。急に遠慮なく電話をかけてくるひとなんて、高校ぶりくらいに出会った気がする。
今何してる? 海見てる。なんだそれ。ふふっと笑う声。
一応、用はあったみたいだけど、結局雑談ばかりで数時間笑い倒して。そろそろ空の色が変わってきた、帰らなきゃ、と電話を切った。

行きと同じように岩をよじよじと登り下りして、砂に下り立ちスマホを見ると、通知が1件。
"外にいる時にごめんね。でも楽しかった!"

わたしと話して楽しいなんておもってくれるひと、居たんだ。
じわじわ嬉しくなって、気付けばぼたぼた泣いていた。

結局、生きる言い訳をいつだって探しているんだろう。残念ながらわたしはきっとどうしようもなく健やかで、自力ではこの舞台から降りられない。苦しさと付き合いながらでも、生きることしかできないのだ。
だから軽率に「楽しい」って言って。今度はわたしに「生きていい」って、言って。

歩き始めた足元の砂には水色の石がひとつ。拾い上げた駄菓子のソーダ餅みたいなそれは、割れたガラスの破片が海で削られて角が取れたシーグラスだった。
今のわたしの記憶もこんな風にいつか角の取れた想い出になるんだろうか。まあ想い出になんてできそうにないけど、それならそれで、四六時中泣きそうになりながら生きるのも悪くないかも知れない。いつだって心が動きっぱなしの方が、退屈に殺されるよりはいいでしょう?
なんておもったところに流れ始めたあのbpm120くらいの音楽。その4つ打ちのリズムに合わせて、弾むように歩き出した。

今夜は三茶にも行ってみようかな。気になっていたけど行けなかった、美味しそうなお店で晩御飯を食べよう。
きっと大丈夫。

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