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小説『衝撃の片想い』シンプル版 【第二話】②

【わたしを信じて】

「娘さんと楽しそうにしていたあの頃のあなたに戻してあげたい気持ちもあるの。でも、わたしの場合はいろんなことがばれて、わたしがあなたに嫌われると思う。女らしいことができないからさ。しかも、わたしみたいな女は優秀な男性には嫌われて当たり前なんです」
「俺は優秀じゃない。君が有名な美人女優で一般の男に嫌われる理由があるなら、その男が平凡ということだ。自分に自信がない。君のような有名女優が怖い」
「あなたは一般の男性とは違うし、わたしをずっと見てて、無感情ですね」
「夢を無くした男がゲラゲラ笑っていたら、病院に連れて行った方がいい」
「夢を無くしたことを強調しますね」
「俺が死んだ時に、悲しむ人間が増えては困るんだ。君がそうなりそうだから、俺の人生は、もう終わってると言っている。分かるか」
「死なせません、と言ってます。分かる?」
「だったら、テロリストと戦わせるな」
「やると言ったのはあなたです、トキさんに」
「………」
友哉はしばらく黙っていたが、息を吐き出しながら、
「そうだったな。どうかしてる。すまない」と言った。
ゆう子がバスルームでクスリと笑ったのが聞こえた。
「なんだ?」
「本当によく謝る人ですね。謝らないようにするために、言葉を選んだらどう?」
「そうするよ。ところでシャワーの音も聞こえる」
友哉は大きく息を吐きだし、『俺を好きだと言い切る彼女に甘えていたな』と反省した。
「シャワーの音に興奮しますか」
「いや、声は鮮明に聞こえる。だからケンカになりかけた」
「エロい?」
「え? 音だけには興奮しないよ」
「そうなんだ。がっかりだな。何もかもがっかりだ」
なにを嘆いているんだろうか。友哉は首を傾げた。
「わたしも、ぱっとみが好きなだけで、ここまでしつこくない。部屋で何してるんですか。なんでこないんですか。だから口論になるんでしょ」
「はあ?」
「せっかく、奥原ゆう子が近くで全裸でいるのに、興味ないの? 普通、覗くんじゃないかな。あんまり男性のことは分からないけど…」
「普通は覗かないよ」
呆れて笑ってしまう。
「わたし、エッチな事もぐいぐいリードしてくれる男性がいいの」
「覗くのはそれとは違う」
「そうだけどさ。わたしがパニック障害に苦しんでるのがもし男性のせいだとしたら、その人は、友哉さんとは真逆のタイプだった。だからあなたに期待してる」
「元彼か。無害な男にしておいた方がいいよ」
「無害に見える男性は、ある日、ひどく有害だと分かるものです。それに元彼じゃない」
「父親か」
「え?」
「父親には勝てない。俺への片想いはあきらめたほうがいいな」
「ち、父親じゃないよ。シャワー終わったからちょっと通信を切るね」
バスルームから出る音が聞こえて、リングの通信は切れた。

……な、なんて人なんだ。うかつに恋愛の話も出来ない。わたしが知っている脚本家の先生たちとは違う。
ゆう子はバスタオルで体を拭いても冷や汗が出てくるのに苛立った。
『佐々木友哉 四十五歳。中学二年生の時に母親が蒸発。中学三年生の時にクラスメイトの女子と一緒に列車に飛び込み。虐めによる自殺未遂と騒がれる。
高校生の時に父親が病死。二十二歳まで姉と一緒に暮らしていたが、その姉がどこかに消えた。二十四歳の時に以前から付き合っていた律子という女と結婚。すぐに小説家デビュー。デビュー作『謝罪武将』が大ヒット。映画化は五年後で、わたしが芸能界にデビューする前。その後、『浮気の味覚』がまた大ヒット。わたしもロケ先の書店で勧められたし、友人の女優さんが映画に出演している。約七、八年前のこと。その頃からの詳細があまりない、よね?
ゆう子が手元に出したAZに向かって「よね?」と言い、じっと硬質ガラスのように見えるデバイスの表面を見つめた。
『好きな異性の過去は、子供時代の事なら許せます。大人になってからの直近の恋愛は許さない。若い男女が恋愛を楽しめるのはそのため。若い人には過去が少ない。あなたの国、時代では歳を取ると孤独になる』
デバイスの表面にそんな文字が並んだ。
「あっちもこっちも口がたつなあ。あなたの国? トキさんは違う国の人なのね」
「……」
AZは答えずに自ら消失した。



部屋はジュニアスイートほどの広さで、近くと言っても数歩で行けるわけではなかった。
――乱交目的のパーティーじゃあるまいし、覗きに行くわけないだろ。
彼女が雑にバスルームから出てくる音がした。
いったんドレッシングルームに入ったが、わずか数秒で出てくる。バスタオルを体に付けていた。ヘアバンドを持っていて、髪を結わきながら、
「わたしは、男の人にこんなことは言いたくない。だけど、生まれて初めて言う」
と言って、足を止めた。もちろん指輪の通信ではなく、じかの声だ。
「あなたは女に恥をかかせている」
ゆう子が一メートルほど前に立ちすくんだまま、そう言う。友哉は、ゆう子からゆっくりと目を逸らし、窓を見た。
「そうかも知れないな。どのあたりから?」
「機内でパンツを見なかった。意を決して言った。さっき、一緒にシャワーを浴びようとも」
「一緒に?そんなお誘いは受けてないよ」
「今、見に来て!って言ったのに来なかったでしょ! あなたはいつシャワーを浴びるんですか!」
「交替で今からかな」
「時間がないってうるさかったのは、あなた!」
「二人で一緒にシャワーを浴びたら合理的だと?」
「そっ!」
「君は自尊心はないのか」
「え?」
友哉はソファから立ち上がる気配は見せない。目の前にいるバスタオルだけのゆう子を見ていた。
「自尊心?」
「キスもしてないし、付き合うと約束もしてない男と風呂に入ってやるのか」
「それは……」
「三年後に何かあるんだよな。だからか。なら、少しは愛のないセックスをしてもいい」
「愛はあります。つまり自尊心も。だからずっと死ぬまで傍にいさせて」
「死ぬまで?」
「うん。すぐ死ぬから、そんなに迷惑じゃないから、わたしが死んだ後、別の女と付き合っていいから」
――死ぬ? すぐに死ぬ女を秘書にしたのか、あの男。それはおかしい。それじゃ、テロリストや悪とは戦えなくて、副作用の処置もできなくなる。どんな副作用か知らないが、奥原ゆう子がいないとだめなら、すぐ死ぬのはおかしい。
「重い病気でもしてるの?」
優しい口調で訊くと、
「違う」
ゆう子は子供みたいに拗ねた顔で答えた。
「なるほど…」
「何がなるほどよ」
「死ぬ予定が手帳にあるんだ」
作家らしい言い回しだったが、ゆう子は怒りを鎮め、ほんの少し目を逸らした。
「例の三年後か」
「今度、説明するから、死ぬまで一緒にいて」
友哉がゆう子を凝視していると、
「わたしを信じてよ」
と彼女は語気を強めて言った。
「信じる?」
――死ぬまで一緒にいる? わたしを信じて?
「それ、わたしを愛してほしいと何が違うか教えろ」
怒気を見せると、ゆう子はびっくりして、「何か悪いことを言った?」と、すべての勢いを失い肩をすぼめた。
「教えろ。話が一方的すぎる。ちゃんと説明しないと今すぐ勝手に日本に帰る」
「え…ど、どうしよう。えーと…」
おでこに手をあてて、顔を曇らせたゆう子を見ながら、友哉は冷蔵庫に向かって歩いていき、ミネラル水を一本取り出した。床に座り込んだ彼女を見て、「ソファに座れよ」と、また言うと、ゆう子はゆっくりとソファに腰を下ろした。友哉もまたソファに座る。
「いじめてすまなかった。明日の打ち合わせがないなら寝なさい」
「明日はここから少し離れたレストランで、友哉さんがテロリストをやっつければいいだけです」
「そうか。簡単に言ってるけど、簡単じゃないと思うよ。奥原さん…」
「はい」
「信じるって俺には一番大切な言葉なんだ。信じていた人に裏切られて、俺は死線をさ迷った。夢は潰えて人生は終わった。足が動かないままなら、山奥に逃げるつもりだった。だけどリハビリしたら、数年後には歩けるようになるらしい。歩けるようになったら、また信じられる女を探すのも悪くないと考えていたら、トキが俺の足を治療してくれた。……信じて、とか言われると、今みたいに怒るか、逆に惚れてしまう」
「惚れていいです」
「その異常な積極性と俺の過去を知ってる不気味さで、信じられない」
「そうかも知れませんね」
ゆう子は項垂れていた。
「何がそんなにがっかりなんだ。二泊三日だろ。最後の日に俺がその気になるかも知れない」
「明日はテロリストとの戦い。日本人観光客が十人近く殺される。相手はたぶん強い」
「ほら、俺は死ぬかもしれないんだろ」
「わたしもなんです」
「なに?」
友哉がソファの隣に座っているゆう子に思わず体を向けた。
「現場からそんなに離れられない。現場は…」
ゆう子が立ち上がり、窓のカーテンを開けた。
「あのレストラン」
友哉はソファに座ったまま見に行かない。
ゆう子は心臓のあたりを押さえていた。
「辛いか。楽しくないと発作が出るよな。問い詰めたり冷たくしたりして、すまなかった」
友哉がそう言うと、ゆう子の目に涙が滲んだ。
「自尊心がない淫乱みたいな女でいいです。怖いんです。明日、何が起こるか。死ぬかもしれない。わたしか友哉さんが」
涙は遂に零れ落ちてきた。
「ベッドで待ってな。シャワーを浴びてくる」
「ほんと?」
「ただし、リードするのは君。俺は嘘ではなくて……」
「……?」
「長旅のせいか、死ぬほど疲れてる」
友哉はそう言い残してバスルームに消えた。
「薬の副作用?わたしが癒さないと……」
ゆう子はダブルベッドの中に入り、体に巻いていたバスタオルを取った。すると、急にニヤニヤして、
「ふふ、天才も女優の芝居には勝てず。わたしがこんなところで死ぬわけないじゃん。遠くから見学してますよっと」
と呟いた。
「やったよ。三年後にしか仲良くなれないと思ってたのにいきなりベッドイン。よし、頑張れ自分。エッチって女からはどうやるんだっけ?」
「何をブツブツ言ってるんだ?」
「うわ!」
ゆう子が飛び起きたら、美しい乳房が見えた。
「きゃー」
毛布で隠そうとしたら、下半身が露になって、また叫んだ。
「羞恥心はあるんだな。だけど色気がないぞ」
友哉が腰に巻いていたバスタオルを取る。ゆう子は目を反らした。
「寝てしまったら起こしていいから」
ベッドに横たわった友哉は、ゆう子に横に寝るように手招きした。
添い寝のように友哉の体に、自分の体をくっつけるゆう子。
「嬉しい」
そう何度か口にすると、ゆう子は寝息をたてていた。
友哉のリングが緑色に光っている。
――この子のパニック障害が治りますように。
穏やかな顔で眠ってしまったゆう子の髪の毛を友哉は優しく撫でた。
――生きて帰ればこの子を抱けると思えば、少しはやる気が出るかな。ワルシャワか。アウシュビッツも近いのか。客死するには悪い場所じゃないが、頭のおかしな奴には殺られたくないな。

…続く。





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