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小説『衝撃の片想い』シンプル版 【第二話】⑦

【水着の写真】

カバーイラスト 藤沢奈緒さん

ゆう子がメイクを直して、部屋に戻ってきた。
「俺が車の影に隠れたのを見てた?」
「うん」
ベッドの横に椅子を持ってきたゆう子は、なぜかショーツを白に替えていた。
「す、すまん。かわいいけど、ちょっと見えないようにしてくれないか」
苦笑いして頼むと、ゆう子は何も言わずに太ももの上にバスタオルを置いた。
「レストランから出てしばらくは体調が良かった。車の影にいた辺りから、貧血みたいになったんだ」
「昨夜、わたしの裸を見て上がった血圧が、その時まで極端に下がってなかった、ということですよ」
「そんなに長い時間、性的な興奮状態だったわけはない」
「一度上がったら、急激に下がらない。レストランから出てから走り回ったから、下がってきた」
「そんなに走ってないけど……」
「プラズマのプロテクトを発生させるために、力を使ってたんです」
「部屋に戻って、君の下着姿を見たり、体をさすってもらったりして、また血圧が上昇して疲れが取れてきた?」
「そうです。トキさんの世界で戦争やケンカを止めて、恋人の所に帰りたくなるように開発したらしいけど、恋愛が復活する前に戦争になった」
「話だけ聞くと、この時代じゃないな」
「ガーナラというクスリは本物だけど、背景は作り話かも」
「性的な興奮が定期的にないとまずいのは本当みたいだな」
「そうです。死ぬそうです。女が傍にいないと」
ゆう子が神妙に言った。友哉が呆然としているのを見て、
「あ、トキさんからの伝言が補足されています。友哉様の世界には女がいっぱいいるから、私は楽観しているって」
と、ゆう子が笑って言う。
「血圧の乱高下か。血管は破裂しない?」
「強化されてます。何もかも」
「羨ましいか。視力も抜群。走るのも速い」
「全然、いつでも突然死の人生なんて」
「いつでも突然死……。そうか、女がいないと死んでしまうのか。死にかたにもいろいろあるが、それは嫌だな」
友哉の不安は収まらない。
「何もしなければそこまで血圧は下がらないから普通に生活できます。セックスとか無理にしなくても」
「じゃあ、このまま寝ててもこの疲れは取れる?」
「そんなにわたしが嫌い?」
「また……そうじゃないよ」
「わたしは…」
ゆう子は一度言葉を飲み込んだ後、
「セックス以外にどうやって男性を慰めていいのか分からないから、だから最初はセックスだけでもいいんだけど…」
と、神妙に言った。
「遊園地をデートをしたり、かわいいエプロン姿で料理を作ったりするんだ。今は男が料理を作るのが流行。だから女がすることはなくなってきた。戦争も内乱もないからまあいいんだが…。いや、そんな皮肉を語っている場合じゃない。女優はそんなことも知らないのか」
「料理はできないし、そういうデートは…。すみません。したことがないです。したいとも思った事がない」
「……」
「幸せそうにデートする権利はわたしにはない。だけど、あなたの傍にはずっといたくなってる」
――権利がない? どんな過去を引き摺ってるんだ。
ひどく顔を曇らせるものだから、友哉は話を変えることにした。
「違う女じゃだめなのか」
「え?」
ゆう子があからさまに悲しそうな目をした。
「例えばだよ。さっきから、別の方法を訊いてるだけで君が嫌いなんじゃない」
「違う女でも大丈夫ですよ。ただ、恋もしていない女で効果があるのか分かりません」
「君に恋をしてるかどうか、まだ分からない。繰り返し言うけど嫌いじゃない。まだ、前の恋人と別れたばかりなんだ」
「前の恋人?」
ゆう子が目を丸めた。
「ああ、嫁」
「一年くらい経ってます。怪しいなあ」
「離婚の裁判はしてないけど、長い間、揉めてた」
「ふーん、聞いてないなあ」
「誰に?」
「トキさん。血圧を元に戻すには、わたしがあなたに恋をしているから平気なんじゃ。プロの女はあなたに恋をしてるの?」
「あ、ああ、してないな…」
言いくるめられてしまっている。
――墓穴を掘った。頭重がする。遊園地…ディズニーシー…。あの笑顔…。感情だけで生きている純朴な…。抱きしめると壊れそうなあの体…。今、抱きしめたい…。だから、奥原ゆう子がこんなにかわいくて優しいのに抱きにくい。ここは日本じゃないのか。どこだったか…
「日本人は助かったがたくさんの人が死んだ。トキから頼まれた仕事は成功なのかな」
まだ、窓の外は物々しい空気だ。
「友哉さんは頑張った。あれ以上は無理よ」
「そうか」
レストランの客は守ったが、レストランの外で死者は数多く出ていた。確かに、逮捕されることはないだろう。現場から忽然と消えてしまえば、撮影されていても、そのビデオが合成だと判断される。現実にホテルから一歩も出ていない事になっているのだ。
友哉はそんなことをぼんやり考えていたが、また、頭の中に、あの恋人の顔が浮かんできて、少し頭を振った。
「大丈夫?また顔色が…」
ゆう子が思わず立ち上がり、友哉の肩に触れた。
「地獄の中で…」
友哉はそこまで口にすると、急に頭を両手で鷲掴みするように抱えた。
「どうしたの?」
「地獄…天井…」
背中が震えている。
「…あいつ、なんで来ないんだ」
――PTSD? 天井ってなに? フラッシュバック?
ゆう子は近くにあったタオルで、友哉の額の脂汗を拭いた。水を渡すと、
「もっと味が濃い……。スッキリするのを!」
と叫んだ。ゆう子がびっくりして、冷蔵庫からそれらしい飲み物を渡すと、彼は一気に飲んだ。
「ただの骨折じゃないのか。なんで一生、後遺症が残るんだ。このベッドの血はなんなんだ。おい、看護婦。黙ってないで、返事をしろ!」
ゆう子をちらりと見て、怒鳴った。
「友哉さん、落ち着いて!」
暴れていないが頭を抱えて、ベッドを拳で殴っている。今度は、
「取れない。足元の写真が取れない。足が動かない!」
と喚き、自分の膝を拳で叩いた。
「写真?」
「写真を落とした。水着の」
水着?さっき言ってた恋人のか。ゆう子はそう思ったが追求せず、
「足は動くよ」
と必死になだめると、彼ははっとした顔をして、部屋を見回した。
「す、すまん。病院かと思った」
悪い夢から飛び起きた人のような顔をしていた。
「うん。大丈夫よ。PTSDはトキさんから聞いていたから」
そう言って微笑むと、友哉はゆう子のその顔を見て、
「あ、奥原さんか…」
と言って、少し残念そうな顔した。
「病院で誰を待っていたの? 彼女?」
「え? す、すまん。君でいいんだ。すまん。君がいいんだ。これ、俺がやったのか。ごめんな」
友哉はベッドから出て、床に落ちていたコップを拾い、近くのタオルで濡れた床を拭いた。ゆう子は言葉を失った。
「大きい声を出したのか。すまない。誰も待ってないよ。奥原さんがいてくれてよかった」
少し声を震わせながら、また言う。ゆう子は驚きを隠せない。
――PTSDのフラッシュバックの最中に、わたしに気を遣ってるの? 君でを君がに言い換えた。なんなのこのひと。
「成田じゃなくて、病院の廊下で待ち伏せしてくれたらよかったのに」
――冷や汗をかきながらジョークまで言うのか。トキさんが見せてくれた映像の中の彼と変わってない。優しさの大安売りだ。これでは逆に、ちょっとしたことで傷ついてしまう。それにトキさんが与えた薬、本当に性格を変えたりしないんだ。
写真?
水着?
退院した後、シュレッダーに原稿や写真をかけていた。水着を着れるなら若い女か。トキさんに見せてもらった映像にはいなかったけど…

……続く

普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。