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『ZEROISM』17

【俳優、女優】



午後八時。田原誠一郎邸。
杉浦竜則と外川純菜は門に前に立ち、辺りの暗がりを見回した。
「こんなに直線的にお訪ねしてもいいの?」
純菜が屈託のない笑顔で言う。
「まあ、無関係でもないし、お茶くらい淹れてくれると思うし、万が一のための見張りはいる」
杉浦が自分たちが停めた車の影を見たら、そこに桁元克典がいて、純菜に笑顔を送った。
「爽やか。髪型を変えて眉毛を描いたら、優しいお兄さんに見える。それにくらべて…」
今度は庭の奥に目を向けた。藤原が笑顔を見せると、
「なんであんなに暑苦しい顔なんだ」
と純菜が苦笑いをした。
「ゲイは関係なく、生まれつきだと思う。こっちには、元プロボクシング世界チャンピオン。あっちには優秀な元外科医。十分だと思う」
インターフォンを押すと、すぐに田原誠一郎が応答した。
「夜分に失礼します。警視庁の杉浦と申します。奥様の事でお話があります。奥様はいますか」
「杉浦?」
「はい。杉浦です」
「私の知っている警視庁の杉浦という刑事さんとは顔が違いますが」
「暗いから見えにくいのでは? 奥様は?」
「いません」
「お話があります。入れてもらえませんか」
「失礼ですが、警察の方が少女と一緒なのが不審ですよ」
「それも暗いからですよ。この女性はうちの新人で大人です」
女子高生でも通用するルックスの純菜。田原澄子も子供扱いしていた。
ほどなくして玄関が開き、杉浦が警察手帳を見せると、田原は首を傾げながら、
「澄子が何かしましたか」
と、少しだけ扉を開けて言う。
「先日、ホテルのラウンジで倒れられた時に捜査妨害をした疑いがありまして…。少しお話をさせていただきたいんですが」
「いいですが、警視庁には杉浦という警察官が多いのですか」
「何人かいた?」
純菜に水を向けると、
「はい」
と答えた。
田原誠一郎が玄関を開け、二人は家の応接間に通された。
バスローブを着ていた田原が普段着に着替えて戻ってきた。そしてカーテンが閉まっている窓際に立った。
「ソファにどうぞ」
と促される。
杉浦と純菜がソファに座った。田原はその正面に座らない。
「杉浦という名前にこだわりますね」
「いえ、勘違いでした」
「先日、この家の前で警察官が撃たれた。撃ったのは富張巧。元ジャーナリスト。狙われたのは、杉浦南美という…つまり杉浦という警察官の妻。だが、撃たれた杉浦南美と一緒にいた警察官は杉浦ではなく、別の警察官だった」
「……」
「奥様のことはどうでもいい。見張られているのに気づいたおまえは富張を呼んだ。任意で引っ張ってもいいが、俺の質問に答えたら今日のところは帰ってやってもいい」
杉浦の口調が変わったが、田原は物おじせず、
「車はどこに停めました?」
カーテンを開けて外を見た後、
「ワインを飲んでいいかな」
と言い、ワインセラーがある棚に向かって歩いた。
「純菜、伏せろ!」
杉浦が純菜の体を押さえるようにして、強引に床に伏せさせた瞬間、窓から銃弾が飛んできた。窓ガラスが飛び散る。
「きゃー、なに?」
田原が素早く扉から逃げようとしたが、杉浦が銃を抜き、
「動くな」
と、すごんだ。
「おい、外から撃った奴はプロだ。おまえ、何者だ」
「動きはしないが、客が入ってくる」
田原が背にしているドアから一人の男が入ってきた。純菜が目を剥いた。
「菅原中也?」
「え?詩人の?」
「それは中原中也。俳優の菅原中也です。テレビ見てないの?」
杉浦が頷いた。
「菅原くん、私の前に立って盾になってくれ」
そう田原が言うと、菅原がすっと田原誠一郎の前に立ち、杉浦は田原を撃てなくなった。
「なんの罪も犯してない人気俳優を撃てるかな。杉浦さん。少し話をしよう。あなたたちは何者だ。警視庁に杉浦とかいないんだ」
「……」
その時、杉浦のイヤホンから桁元の声が聞こえた。
「杉浦さん、外にいる男を見つけた。俺に任せてください」
「なに? 待て。丸腰じゃ勝てない。その男はプロだ」
「俺も元プロです」
「桁元、よせ!」
純菜が蒼白になった。田原は不敵に笑っていた。

桁元がミニバンに隠れていた男に近寄ると、
「ほう、元チャンピオンの桁元じゃないか。奴らの仲間だったのか」
オートマチックの銃口を桁元に向けて、男は笑った。
「恩人だ。おまえたちには指一本触れさせない」
桁元はそう言い終わらないうちに、持っていたマグライトを点灯させ、男の顔に向けた。一瞬、目くらましになり、男が顏を背ける。桁元が男に向かって走った。だが、銃声が響き、銃弾が桁元の胸に命中。桁元は路上に崩れるように倒れた。

「桁元!」
杉浦が叫んだ。
「この野郎! よくも桁元さんを!」
純菜が田原と菅原に飛び掛かろうとするが、純菜の手を持った杉浦が、また純菜を床にたたきつけるように押さえた。純菜の目の前を銃弾がはしった。
「バカ野郎。窓の外から見えない場所にいろ!」
「杉浦さん、素敵」
「おまえの旦那は何をしてるんだ。早く呼べ」
「杉浦さんの奥さんとラブホじゃ?」
「なに? 今度は許さない。離婚だ。遊んでる場合か」
「そんなわけないでしょ」
南美の声が聞こえ、応接間のドアからグロック26が見えた。ゆっくりと田原の頭に銃口を押し当てる南美。
「南美さん」
「す、杉浦南美?」
田原が絶句した。
「あら、わたし、有名なのね。前回は見逃してやったけど、今度は撃つよ。まずはあっちの杉浦が訊こうとした質問に答えて」
純菜が杉浦に、
「あれ、数史さんの拳銃です。数史さん、います」
と耳打ちした。杉浦が頷く。

桁元を撃ったガタイのいい男がミニバンの影から出ようとしたら、足元に弾丸が飛んできて、男は思わずミニバンの影に隠れた。
「誰だ、おまえ?」
外川が倒れている桁元に近づいていく。
「よう、外川数史」
桁元を撃った男が、外川に銃口を向けたまま稚気を見せて笑った。
「おや、南部洋平じゃないか。雑魚に用はない」
外川はそう言うと、倒れている桁元に寄り添い、
「大丈夫か」
と訊いた。
「胸が痛い…」
桁元は防弾チョッキを着ていた。
「肋骨は折れている。藤原がすぐに来るから手当てしてもらえ。娘がいるのに無茶するなよ」
「おい、外川、舐めとんのか!」
南部がトリガーを引こうとしたその時、木刀で彼は頭を叩かれ、振り返った外川がグロック17で、南部の胸を撃ち抜いた。血が飛び散り、南部洋平は絶命した。
「と、外川さん、射殺じゃないですか」
藤原が叫んだ。
「極左の指名手配犯で人を三人、殺してる。おまえ、会ったことがないのか。南部洋平だ」
「あ、本当だ。黒崎のボディガードをしていた奴…」
「桁元の手当てを頼む。杉浦たちが修羅場だ」
外川は桁元を元外科医の藤原に任せて、田原邸に走った。

「先に質問を変える。なぜ、人気俳優がおまえをボディガードしてるんだ。しかも命がけで」
「わたしもそれを聞きたい」
純菜が言う。
「教えないと撃つよ。わたし、狂暴だから」
泥酔しているような口調で淡々と言う南美。呪い殺すような目で田原を見ていた。
「よ、よくこんな女と結婚したね」
純菜のその言葉に、田原が余計に震えた。
「あんたたち、ZEROISM?」
南美が左手で菅原の襟を掴んだ。まだ外に狙撃犯がいると思っている杉浦と純菜は動かない。
「三つ数える」
南美が嗤いながら言う。
「ひとーつ、ふたーつ、みー…」
「わ、分かった。言う。言う」
田原が震えながら両手を床につけた。
「さ、サイレント脳の…つまりチーム田原は全員、ZEROISMだ」
「えー、奥原ゆう子も?」
純菜がヒロインの名前を口にした。
「男の俳優とカメラマンとかスタッフだけだ」
「おい、詩人。おまえ新都製薬のCMに出てるか」
菅原に訊くと、
「出てる」
と彼は答えた。
「純菜ちゃん、影響力は高そうか」
「それはもう。イケメン、人気俳優だから」
「何を目的に動いているか言いなさい」
南美が、田原のこめかみに銃口を押し当てて言う。
「目的?」
田原が少しだけ笑みを零したのを見て、南美の顔色が変わる。
「南美、落ち着け」
杉浦がそう言うと、同じように窓から、
「南美、殺したら死人に口なしになる。落ち着け」
と言いながら外川が入ってきた。
「外川、窓から入るのが好きだな。外から狙撃してきたのは誰だ?」
「南部洋平だ」
「ほう、確保したか」
「確保? そんなめんどくさいことはしない。射殺した。桁元は藤原が治療している」
グロック17を手にした外川が、純菜に立ち上がるように目配せした。
「この人も狂暴」
純菜が項垂れる。
「純菜ちゃん、黒崎の部下の指名手配犯。殺人罪の」
杉浦が外川をフォローしながら立ち上がり、南美が持っている銃に手を乗せた。夫の指示通りに、銃を下ろしたが、代わりに、外川のグロック17が田原に向けられている。
「黒崎の部下? ならいい」
純菜が声を上げると、田原が、
「なるほど、表参道事件の伝説の男たちか。妻から聞いたことがある。脚本のネタにしたがっていた」
と言った。
「おまえたちは、目的は何かとか何をしたいのか、と俺たちが訊くと、こっちを軽蔑してくるが、それは、自分たちは当たり前のことをしているだけで、宗教活動、政治活動もしてなければ悪徳も何もないと言いたいわけか」
「ビールのCMは何かの活動か。人気タレントが誰でもCMに出ていて、日本中でなんの疑いもなくそれを見て、毎晩ビールを飲んでいる。それとそれ以外の健康食品、清涼飲料水のCMと何が違う? やっていることの何が違う?」
「サプリに余計な成分をこっそり入れたら違法だ」
「ビールのアルコールで今、この時間もケンカ、レイプ、殺人事件が起きている。それは違法じゃないと?」
「屁理屈」
南美が手を挙げようとしたのを見た外川がそれを止め、自分で田原を殴った。
「おまえの手で人を殴ると指を骨折する。お色気担当でいろ」
南美が憮然とした顔をしたのを見て、また田原が嗤った。口から血が出ている。
「そうやって、女は色気だけとか美しいだけとか言ってるおまえみたいな奴がいるから、世の中はいつまでも男女平等にならない」
「美しくて色気がある女にしか言わない。奥原ゆう子を俳優と言っていた。女優じゃなくて俳優。おまえたちの目的は結局はそこ。程度の低い問題だ。おまえたちが殺しているのは、男ばかり。または同性愛者との結婚を嫌がった女とかだ。そう、熊を駆除するハンターも男でもう僅かしかいない。あと少しで消える。ネットで女の子の色気を見ている男たちをその女の子たちと転落させるよう仕向ける。若い女の子と結婚する男はロリコンとして駆除。だが、女も若いうちは、どんどん働いて、消費税に貢献してもらわないといけないだけ。男女平等とは無関係だ。男を悪にするために、悪党には手を差し伸べる。富張巧がそれをやっていた。今度は、セックスをしたがる中高年がターゲットか」
「今度? だいぶ昔からだが、いい歳をして、妻や愛人を抱きたがる男は早死にする覚悟が必要なだけだ」
「おまえも奥さんと別居して愛人を抱いているが、それはいいのか」
「優秀な男には、その権利がある。この国の大衆は無能。流行に流され、テレビやネットの情報を鵜呑みにし、自分には考える能力がない。まさに猿みたいな男たちに、女を抱く権利はない。ZEROISMはこの国の優秀な人間たちを指す造語。組織ではない。私や、菅原くんの仲間の俳優たち。富張もそうだった。おまえたちは逆にクズ。頭が悪すぎる。君のIQは50くらいか」
外川の目付きが変わったのを見た純菜が、
「わたしの旦那、そんなにバカだったんだ」
かわいらしく笑い、毒気を抜いた。
パトカーのサイレンが聞こえてきた。
「美少女に救われたな。今日は許してやる。最後にひとつだけ聞く。南部はどこで雇った?」
「南部? ああ、この前、おまえが富張を撃ったのを見て怖くなって、ボディガードを探したら見つかっただけで俺はそんな男は知らない」
「ボディガードを見つけてくるのは誰だ。誰に頼むんだ」
「森長とか言ってたな、妻が」
「え?」
声を上げたのは純菜だ。杉浦と南美、外川は少し瞬きしただけで落ち着いていた。



「なんで森長さんが、わたしたちを狙うのよ」
純菜が声を荒げて、夫の外川を問い詰めた。
カフェ『菜の花』に戻った四人は、いつものように中二階の四名席に座っていた。
「数史さん、森長さんがラスボスとか嫌だよ」
純菜が涙ぐんでる。
「俺たちを狙うなら、こっちに南部を行かせたらいいだろ。お義父さんも弥生さんも素人なんだから人質にすれば、俺でも手も足も出ない」
「あ、そうか」
純菜が、母の弥生を見て、きょとんとした顔になった。コーヒーを淹れてる弥生が、「どーしたの?」と言い、笑っている。
「外川に全幅の信頼を寄せているみたいだが、純菜ちゃんが撃たれかけたぞ」
杉浦が憮然とした顔で言った。
「そこ、わたしも分からない。わざと田原の家に南部を行かせて、わたしたちに南部を逮捕させる作戦を森長さんが勝手にしたの? 確かに手強い奴だから、警視庁のぬるい警察官じゃ、逆にやられちゃう。だけど、こっちにはか弱い純菜ちゃんがいて、リスキー。森長さんは純菜ちゃんを溺愛しているから純菜ちゃんを危険な目に遭わせたくないはず。おかしくない?」
南美が外川に言うが、外川も眉間に皺を寄せたまま、答えない。しばらくして、
「杉浦、俺にも森長さんが分からなくなってきた。距離が近すぎて…。おまえなら何か感じることはないか」
外川が相棒に助けを求めた。
「外川…」
「ん?」
「カフェ『菜の花』に俺たちがいるのを知ってるのは森長さんだけ。南部のような奴もZEROISMの連中も知らない」
「わたしが通っていた学校にいた教師は?」
「まさに森長さんが口封じをした。そうだな、外川?」
「ああ、ここ『菜の花』のことがZEROISMにばれていたら、とっくに狙われてる」
「森長って名字の人間は一人だけか」
「え?」
杉浦の言葉に皆、言葉を失った。
「『菜の花』を知らない森長がいるんじゃないか」
あと二人、『森長』がいた。

…続く。

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