ヤングケアラーのミカ
「お姉ちゃん、早く買い物行ってきてよ。私が洗濯しに行けないやん」
二つ年下の妹のマホが口をとがらせている。家の洗濯機が動いていた時は良かったけど、半年前に壊れてから、家から離れたコインランドリーにきょうだい六人とお母さんの洗濯物を洗いに行っている。洗濯係は妹マホの仕事だ。うちにある自転車は一台だから洗濯と買い物を私とマホが交代で行う。出来れば私も学校のみんなが下校する前に買い物を済ませておきたい。でもポスティングの仕事に行ったお母さんが帰ってこないのに、下の赤ちゃんたちを置いて買い物には行けない。今年は高校受験だけど、中学校もほとんど行けてない私はきっと高校に行かず下の子の面倒を見ないといけないんやろうな。お母さんも私を産んだのは十七歳の時で、高校は妊娠して辞めたって言ってた。高校なんか出なくても何とかなるって言ってたしな。それにたまに来るおばあちゃんも言っていた。
「おばあちゃんが子どもの頃は学校に行かず畑仕事手伝ったり、家のことや下の子の面倒を見てたんやから、あんたが今していることは子どもやったら当たり前のことなんや。今の子どもらは本当に贅沢やで」って。
家のことをしなくていい同級生たちが、今日も学校で勉強が嫌やとか先生や友達が嫌やとか言って苦労しているのを思ったら、学校に行かなくてもいいって言ってくれているうちの方がましなのかもしれん。でも最近、そんな気持ちが少し揺らいできている。三ヶ月前から週に二回、こどもソーシャルワークセンターとかいうところに行きはじめたからかな。学校に来ているスクールソーシャルワーカーとか言う人が、息抜きに行ってみないかって声をかけてくれた。
月曜日がお昼の部ほっとるーむ、木曜日が夜の部トワイライトステイ。勉強するのかなって思って行ってみたら、普通の一軒家で、何でも好きなことをしていいって言われてびっくり。私の唯一の息抜きの深夜アニメの話をしたら、みんなで毎回、アニメ鑑賞会をすることになった。よく来てくれるボランティアのお姉さんが、美大に通っていてめちゃめちゃイラストがうまい。先月からペンタブレットでCGを教えてくれるようになった。だから高校には特に行きたくないけど、アニメ系の専門学校か美大生にはなってみたいかもって最近は思っている。ごはんもいつもボランティアのおばちゃんが作りにきてくれて、この前は一緒に餃子を作った。あの餃子はづくりは本当に楽しかった。おいしいごはんを食べながら、気がついたらいつも家や学校の愚痴を話しているけど、それをみんなニコニコしながら聞いてくれる。なんか週に一、二回そんな日があるだけで気持ちが軽くなってきているのが自分でもわかる。
この前のトワイライトステイで一緒に過ごしている中学生の男子がこんなことを話してた。いつもメンタルやられているお母さんが泣きながら「死にたい」「私は病気で大変なんだ」ばかり言ってきて、仕方なくいつも話を聞いてて正直うんざりしているけど、ここはボクの話をみんなが聞いてくれる。学校で友達と遊んでいて、なんか気がついたらまわりから浮いちゃってるけど、ここだと自分が好きなように遊んでいいから楽しくて、家や学校の嫌なことを忘れるって。その気持ちすごくわかる、私も指をおって次に参加する日を楽しみに毎日を乗り越えているから。そんな行くところが一つ出来たことで少しだけやけど生きるのが楽になったような気がする。
【解説】
この物語は2022年6月より、京都新聞(滋賀版)にて月一の連載としてはじまった「こどもたちの風景 湖国の居場所から」の前半部分の物語パートです。こどもソーシャルワークセンターを利用する複数のケースを再構築して作っている物語なので、特定の子どもの話ではありません。
第1回目は「ヤングケアラー」の中学生を主人公にしました。こどもソーシャルワークセンターを昨年度利用登録した30人の子ども若者のうち、実に24人の子ども若者がヤングケアラーとして子ども時代を過ごしています(過ごしていました)。2021年に国が発表したヤングケアラーの実態調査で、クラスに一人、二人ヤングケアラーがいることがわかったことは、社会に大きなインパクトを与えました。が、こどもソーシャルワークセンターで居場所活動をしていた自分たちにとっては、何を今更と思いつつも、子ども若者たちの生きづらさにもなっている一つの社会課題が注目されたことは、新たな支援がはじまるきっかけにはなるのではと期待していました。
しかし滋賀県で行ったヤングケアラー実態調査は、このnoteで以前投稿したコラムで紹介したように残念な内容で正直がっかりしました。ということは次に公的機関が準備するヤングケアラー支援は、お約束の専門家による相談窓口の開設かと思っていたのですが、何と県の担当課よりこどもソーシャルワークセンターに声をかけていただき、この夏休みより本格的なヤングケアラー支援がこどもソーシャルワークセンターでもはじまります。
ボクらの支援は、まず子どもたちと会うところからスタートです。そのために相談窓口を作って待つだけのやり方はしません。「アウトリーチ」で会いに行きます。またヤングケアラーの子どもたちとつながりのある行政機関や専門家の力を借りて出会いの場を作ります。そして居場所につながった子ども若者たちが楽しい時間を過ごす中で、ほぐれた身体と心から出てきた言葉を社会に伝えていきます。今回の「ミカの物語」もそんな言葉を紡いで作ったお話です。
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