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夏休み前のマホ

「お姉ちゃん、早く買い物行ってきてよ。私が洗濯しに行けないやん」

 私が文句言っても、ミカねぇからは返事がない。スマホで動画見ているところに声をかけたからか、「うるさいな」という顔でにらめつけてくるだけ。私と二つだけしか年齢が変わらないくせにいつも偉そう。来週から夏休みで毎日家でミカねぇと家事や下の赤ちゃんの面倒に追われないといけないかと思うと今から夏休みが憂鬱。

 ミカねぇはほとんど中学校に行ってないけど、私は頑張ってほぼ毎日中学校へ行っている。と言っても私も教室に入れなくてオアシスルームで過ごしているけどね。でも先月からオアシス仲間になったノリ先輩と仲良くなったので、最近オアシスルームが楽しくなってきたこのタイミングで地獄の夏休み。先輩は家族と旅行に行ったり、田舎のおじいちゃんおばあちゃんのところに泊まりに行ったりと忙しそう。私の夏休みの楽しみはミカねぇが寝てる時に使わせてもらえるスマホぐらい。あ、でも今年の夏休みはこどもソーシャルワークセンターに行く日があるからまだマシかも。それに夏休みは特別企画があるってこの前言ってたな。

 中学に入学したこの春から水曜日の夜に行きはじめたトワイライトステイ。ちなみに最初はミカねぇと一緒の日に行ってたけど、さすがにイヤすぎて別の曜日に変えてもらってから天国になったよ。トワイライトの何がいいと言えば、みんなで行く銭湯の時間。家のお風呂はシャワーのホースが壊れてシャワーが使えないけど、銭湯だとシャワーで髪をきちんと洗える。あと美容師になる勉強しているボランティアのお姉さんがいつもドライヤーで髪を乾かしてくれるけど、家で自分でやるのと違って、すごい髪がサラサラになるんだよ。ノリ先輩に「木曜日はなんか気合い入っているね」って言われるぐらい。

 先週のトワイライトの時に、お客さんに見せる写真のパネルが飾ってあって、そこに去年の夏休みの写真があったから、スタッフさんに聞いてみると、なんと長期休みは特別企画で旅行に行けるみたい。でも今年の夏はセンターにお金がないから、お泊まり会しか出来ないはずだったんだけど、地域のロータリークラブさんが夏休みにセンターの子どもたちが楽しい思い出を作れるようにと寄付があったということで、今年も旅行に行けることになったんだって。楽しい旅行があると思うだけで夏休みが俄然楽しみになってきたよ。

 小学校の時、夏休みが終わるころ宿題に書くことがなさ過ぎて、結局いつも宿題を出さずに先生に怒られてた。二学期に入って教室の後ろに飾られる家族との旅行についての絵日記や夏休み新聞、親と一緒に料理した調理実習レポートや工作、ただただみんなのことがうらやましかった。でも今年の夏はきっと違う。センターで行く旅行にはおみやげ代も出るって言ってた。ノリ先輩に何のおみやげ買って帰ろうか。コロナのせいで小学校の修学旅行も県内日帰り旅行になったから、もし今回の旅行で滋賀県以外のところに行ったら人生初の県外旅行。こんな楽しみな夏休みも人生初だよ。生きていたらいいことあるって本当なんだね。

【解説】

 この物語は2022年6月より、京都新聞(滋賀版)にて月一の連載としてはじまった「こどもたちの風景 湖国の居場所から」の前半部分の物語パートです。こどもソーシャルワークセンターを利用する複数のケースを再構築して作っている物語なので、特定の子どもの話ではありません。

 第2回目は「夏休み前」の中学生を主人公にしました。スクールソーシャルワーカーとして福祉のフィルターで二学期はじまりの教室を巡回して掲示や飾られている絵日記や夏休み新聞、家庭科の調理実習レポートや工作や自由研究を見るたびに、心が痛みます。教育活動なのでその成果を掲示することがダメとは思いませんが、結局のところ家庭教育力の格差を見せつけられることになります。
 こどもソーシャルワークセンターではコロナによって受け入れ枠を拡大してから、毎年夏休みには特別活動を入れるようにしました。以前はセンターでのお泊まり会でしたが、ちょっと頑張って(実はかなり頑張って)子どもたちを旅行に連れていくようにしています。お楽しみがあるだけで、子どもたちは夏休みを楽しんでくれます。また毎年のように思い出話(去年はあそこに行ったよね)が出来ます。

 とはいえ子育て中の方なら想像がつくと思いますが、子どもを連れて家族で旅行すると莫大な(あ、うち基準ですが)費用がかかります。今年のこどもソーシャルワークセンターは資金面ではかなり厳しい状況なので、少しあきらめかけていましたが(昨年度、寄付を集めることを前提に企画しましたが、結局寄付を集められずに大赤字となったため)、地域のロータリークラブさんの寄付などで何とか今年も実施の方向になりました。

 子どもの時は、家族旅行に行くぐらいなら、そのお金で物を買って欲しかった記憶がありますが、大人になって気がつくのは「形に見えない体験」が大人になってからじわじわ意味をなしてくると感じています。寄付での支援で地域のボランティアと共にこの夏も子どもたちの心に忘れられない体験をプレゼントさせてもらいます。

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