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夜の子どもたち

奪われた夜の居場所

「うーっ、さぶっ」

 自転車を飛び降り、自動ドアが開くと店内の温風が冷えた顔と指を暖めてくれる。入り口すぐのスマホコーナーを曲がってCDに挟まれた棚をすすむとお目当てのライトノベルコーナーに。そこにはいつもの仲間たちの顔が見える。スマホゲームでひたすらガチャをまわしているヒデ。お気に入りのラノベを読みあさっているテツ。深夜アニメの動画をスマホにダウンロードしているカズ。テツもカズもボクのスマホも携帯契約してないからwifiしか使えない。でも家にwifiがない。古本屋の角のこの場所は、隣のコンビニのフリーwifiが届くボクらのホットスポット。

「あかん全然UR(ウルトラレアカード)がひけへん。休憩や。ちょっと栄養補給して来ようぜ」

 ヒデがみんなに声をかける。おそらくテツ以外は、夕食を食べてない。時刻はもうすぐ二十一時。給食から八時間。あれから何も食べてない。古本屋を出てコンビニの裏手にまわる。大きなダストボックスの横にある小さなダンボールをヒデが人目につかないように持ってくる。それはボクらのトレジャーボックス。ダンボールを抱えて五分。公園の街灯の下で宝箱を開ける。

「ラッキー! 一つだけステーキ弁当入ってるやん」

 ヒデがパチンと指を鳴らす。コンビニでバイトしているヒデの兄ちゃんが破棄する弁当をこっそりダンボールに入れて隠している。これが無ければ今日は一食で終わるとこやった。
 ステーキ弁当をかけたジャンケン対決にまさかの一発勝利。歓喜の雄叫びをあげて弁当を開けると、仲間の顔をした盗賊たちからの容赦のない襲撃。武士の情けか、一切れだけ残った薄いステーキがのった冷たい弁当を食べながら、これからもずっとボクらの夜の居場所は続いていくのだろうと思っていた。
 
 ところが総理大臣の一言で三月から学校が休校になった。毎日一食、唯一のまともなごはんだった給食がなくなった。四月に入り総理大臣の発した緊急事態宣言で古本屋は一九時に閉店するようになった。さらにヒデのお兄ちゃんはバイトを減らされてトレジャーボックスにボクらがエンカウント(遭遇)することもなくなった。こうして家にいることがつらいボクらの小さな夜の居場所は、突然この世から姿を消した。

【解説】

 この物語は『日本児童文学2020年9・10月号』に掲載された、「地域の中で夕刻を支える夜の居場所」の物語パートです。こどもソーシャルワークセンターを利用する複数のケースを再構築して作っている物語なので、特定の子どもの話ではありません。
 この夏休みも物語の少年たちのように、家に居場所のない子どもたちが夜のまちで時間を過ごしています。夏休みなどの長期休み、エアコンの効いたお店やフードコートで時間を過ごす子どもたちの姿が、どのまちにもあるはずです。そして大人が意識して見ようとすれば、それは単なるまちの風景から社会課題へ変わっていくはずです。
 昨日、子どもの居場所の一つであるプレーパークを舞台にしたドキュメンタリー映画「ゆめパの時間」を見ました。映画の中で、休校と緊急事態宣言が出された時に、「僕たちの場所(夢パーク)っていうのは、やっぱりここがないことで困る子どもたちが出るだろうなっていうのを感じたので」と休園せずに子どもたちと工夫しながら開け続けたことを力強く答えていたシーンが出てきます。
 自分が代表するこどもソーシャルワークセンターも、全国一斉休校と緊急事態宣言中に、夜の居場所トワイライトステイを閉めることなく、それどころか「緊急受け入れ枠」を広げて、毎日開所するようにして一人でも多くの子どもたちを受け入れて今日に至ります。
 では物語の後半部分でその当時のことを振り返っていきます。

夜の居場所、ふたたび

「wifi使えるんや!」

 コロナで休校になって二ヶ月。あの古本屋の代わりにwifiがつながるホットスポットが見つかった。保健室でよく会っていたスクールソーシャルワーカーの人が休校中にわざわざ家に来てくれていいことを教えてくれた。

 三日後、スクールソーシャルワーカーの人と一緒にトワイライトステイとかいう活動をしている家にいった。なんか怪しい名前やったので、ちょっと心配してたけど普通の大きな家やった。感染予防ということで手洗いと消毒、あと体温も測った。二階にはあいさつしても返事を返さん無礼な小学生がいたので、一緒にいるのは気まずかったため一階の和室でその夜は過ごすことになった。ここは事務室の隣で一番wifiの電波が強いらしいので、まあ結果オーライかな。生まれてはじめて「こたつ」に入ったら何か魔法にかかったように眠気が急に襲ってきて、気がついたらスマホでゲームしながら寝落ちしていた。

「おはよう。ってもうすっかり夜やけどな。夕食はカレーやけど、トッピング何がいい? ハンバーグ、メンチカツ、シューマイの中から選んで」

「ん? シューマイって、カレーのトッピング?」

 カレーを三杯おかわりして、なぜか「卒業おめでとう」と書かれているゼリーをデザートにもらった。急に休校になったので給食の材料がものすごく余っているらしく、ここにいろいろ寄付されたそうや。帰りに、にんじんとじゃがいもとタマネギ、今日のトッピングに選んだ冷凍ハンバーグとカレーのルーをまとめたカレーセットとお湯を入れたら食べられるインスタントのかやくごはんを十袋。あと得体の知れないお菓子がいっぱい入ったダンボールをおみやげにもらった。

「で、来週も来る?」
「もちろん!」

 コロナで消滅したと思った夜の居場所が違う場所やけど復活した。しかも何倍もパワーアップして。不謹慎かもしれんけど、少しコロナのやつに感謝してもええかも、そんな気持ちになったのはここだけの話。あいつらも誘っていいのかな。来週聞いてみよう。

【解説】

 こうやって、コロナ禍前は補助金の枠の中で週に3日ほど細々としていた夕刻を支える夜の居場所トワイライトステイですが、この緊急受け入れを機会に毎日開所して子どもたちを受け入れて気がつけば二年半となりました。今日もお盆ですが、夜のセンターに子どもたちがやってきます。この物語の男の子がその後どうなったのかはご想像におまかせするしかないのですが、実際に夜の居場所に来ている子どもたちは、今年に入ってこのコロナ禍を家庭や地域で過ごすことがどんどん困難になっています。去年までは一時保護など一時的な福祉の支援で何とか住んでいましたが、コロナ禍が長くなってしんどい家庭は家での子育てが困難になり、ついに子どもたちは家を離れて施設などで暮らすことがドミノのように続いています。もちろん施設などで生活することによって最低限の暮らしが保証されることは子どもにとって大事なことですが、物語のような仲間たちとの関係が自分の意思ではなく絶たれることの弊害も決して少なくないと思っています。
 だからこそ今の「子どもの時間」を大事にしたいと考え、夏休みには子どもたちの思い出につながる特別活動をこどもソーシャルワークセンターでは重視しています。良かったらこどもソーシャルワークセンターのSNSなどで日々の活動をチェックしてみてください。

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