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ちょっとだけセンチな夜に

ずっとずっと止まっていた時間が動き出した。なんていうのはあまりにも手垢のついた表現かな。動き出したというよりはむしろ、ずっと前に動き出していた時間というものを自覚する勇気をやっと持ち出したのかもしれない。的確な言葉を見つけるのは難しい。兎にも角にもセンチな夜だ。

aikoの『愛した日』という曲をなんとなく聞いていたことがきっかけだった。いつもだったら隣の部屋で勉強している兄を気遣って音楽はイヤホンで聴いている。だけど、つい何分か前にわたしがお風呂に入るのが遅いことを理由に久しぶりに喧嘩をしたから(びっくりするほどくだらない理由だけど)、反抗心から部屋にあるスピーカーで音楽をかけた。

『あなたの姿が見えない日も
触ってあげられない日も心の底から大好きだった』

メロディーが好きで、確かプレイリストに追加した。いろいろなことが急に思い出された。開けることなく見えない場所、心のずっと奥の方に無理やり仕舞い込んでいた思い出のアルバムをひらける日がくるなんて思ってなかったけど、この歌詞はわたしがそうすることを肯定してくれていた。

『約束はただの約束
 あの場所もただのあの場所』

時間はあの日から止まらずに動き続けていた。わたしもずっと前を向いて歩いていたつもりだった。けど、本当はずっと見て見ぬふりをして逃げていただけなのかもしれない。悲しみを受け止めて悲しみに浸って、耐えきれる自信がなかったんだとちょっとだけ思った。

『心の底から大好き"だった"』

別れと向き合うことは、自分のことを認めることでもあると思った。それから、自分を認めることが別れと向き合うことでもあるとも思う。

大丈夫だと思えることが、わたしに進んでいる時間を示してくれた。この気持ちはわたしのことを新しい場所にも連れていってくれるんだろうなとなんとなく思った。

センチな夜は全然悪くない。

いつもよりも時間に味がついていて、空気はぬるい。このまま空気に溶け出してしまえそうな、そんな夜だった。

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