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女医×問題

私はかねてから、女医の問題について書きたいと思ってきました。
それは、強力な国家資格である医師免許を持っているにもかかわらず、キャリア形成が難しいこと、男性が多く年功序列の縦社会の中で生きづらさを感じること、家庭を持った女医が家庭との両立に大変苦労すること、などが動機です。
SNS上でもたびたび「ゆるふわ」「バリキャリ」それぞれの投稿が話題になっては、様々な意見が飛び交います。
老若男女、いろいろなライフステージの医師たちがモヤモヤを抱えていることがわかります。

問題について詳しく考えるうちに、女性の医師を切り離して論じること自体が特殊なことに思えてしまい、女医をとりまく医療制度の歴史や、社会的な背景を知りたいと思うようになりました。

また、女医の生きづらさを語るときには、どうしてもジェンダーの問題やセクシャルハラスメントについて触れることになります。
感度が人それぞれであるはずで、例えば「こんなことがあったけれど、よくあるし、仕方ないよね。」と私が思うことは、誰かにとってはとても傷つく事象かもしれません。

歴史や社会的な扱い方についても、大変不勉強ではありますが、自分の感度や立場が必ずしもニュートラルではないということを意識しつつ、経験や思ったこと、今回勉強する中で印象に残ったことを中心に述べようと思います。
また今回の記載にあたっては、何冊かの図書を参考にさせていただきました。内容にも触れながら進めていきます。

わたしのモヤモヤ

私は「女医」になりたかったのではなく、「医師」になりたかったのです。
ですが、いざ医師になってみると、まず、患者さん側からの「女の医者だ!」という視線をビシビシ感じました。
不安や不信の混じった視線です。
また医療職の中でも、「女医」というラベリングが確かにあり、相応の存在意義を求められているような気がしました。

◇華であることを求められる 女学生~研修医

医学部入試の時点で、男子生徒優遇があったか否かはわかりませんが、私の大学では女子学生の比率は2割弱でした。
今思うと、皆それなりに、チヤホヤされていたと思います。
一方でさまざまな宴席では、エラい先生の隣の席を指定され、お酌をする、飲む、説教を聞くというのは当然の役割でした。
他業種でも同じことがあると思いますが、新人女性がそういう役割を担うことに違和感を感じる者も、異議を唱える者もいませんでした。

もう少しくだけた関係になると、「飲み会にはスカートを穿いてこい」と言われるのは序の口。
「肩揉んで~。そしたら明日の手術、前立ち(第一助手)させてやる。」
「当直室おいで。一緒に寝よう。明日休みでいいから。」
これは今なら明らかにセクハラで問題になる会話だと思います。
言った先生としては、からかっているだけ。本気で言ってないと相手もわかってるはずだから大丈夫だ…という想定のもとにやりとりしています。
実際、私も「はいはい」と、気にも留めずに流していました。
ただ、気にするべき点としては、男性上級医に接待するか否かで、仕事に影響するということです。
仕事の内容や実力に全く関係無い軸(容姿や接待)で、評価されていたことがわかります。
ただ、これに100% 憤れないのは、私の場合、ある程度男性上級医に取り入ることで、レアケースを担当させてもらったり、記録記載を免除してもらったりと、オイシイ思いもしてきたからです。
ちなみに、他人の当直室を訪ねたことはありませんよ。

◇やる気にあふれた新米女医が、ゆるふわ女医を見たら・・・

週3-4日出勤、9時-16時勤務。重症患者を受け持つこともなく、日中ものんびりしているように見えるママ女医たち。
自分が子供を持つ前は、当然、ママ女医の苦労には全く共感できませんでした。
私は7時には出勤している。9時なんて、ひと仕事もふた仕事も終わってる!17時から出たくもないカンファで時間を取られて深夜帰るのに、16時に帰るなんて!!
専攻医のスケジュールモデルは 無給医の聞いてほしい独り言 ー前編ーをご参照ください。
今思うと、大学に残って無給医を続けながら、育児と仕事を両立している先生方は、それだけでかなりストイックな方なのですが。
なにも知らない若かりし私は、ママ女医を見下すような態度を取っていたかもしれません。

◇自分がママ女医になったら、みんなが敵になった

大学入局から、やや浅い年月で妊娠・出産を経験しました。
そこで生じたのが「当直どうする問題」です。

大学当直は、一晩数千円の安い報酬で、ストレスフルな対応を迫られることが多々あり、自発的にやりたい人は誰もいません。
私の医局では、妊娠した医師は当直免除になりました。
その不公平感を払拭するために、唯一の収入源である外勤を減らされました。
当直に入れる医師の負荷は増えるので、当然、歓迎されません。
露骨に苦言を向けられることもありました。
また、「私が当直に入れなくなったことによる穴を、誰がどうやって埋めるか」という議題のミーティングに、妊婦である私も参加し、謝罪を強いられる場面がありました。
負担をかける先生に申し訳ないという思いは本心でしたが、喜ばしいはずの妊娠を謝罪しなければならないのは、とても辛いことでした。
公言はされなかったものの、「入局後●年は妊娠禁止!」というのは暗黙の了解だったので、立場を悪くしたのは自業自得だろうというのが周囲の見解だったように思います。
このように矢面に立たされるのが怖くて、妊娠中期以降も自身の妊娠について明らかにせず、当直業務を続けていた女医もいました。
そして、無事に出産にたどりつかなかった同僚もいます。思い出すだけでも胸が痛いです。
大学無給医の妊娠・出産については、無給医の聞いてほしい独り言 ー後編ーでも述べていますので、ご参照ください。
妊婦・ママ女医の分の当直を負担してくれる先生方、勤務のしわ寄せがいく先生方からは敵の視線を感じました。

それだけではありません。
「あなたががんばりすぎると、私が怠けてるみたいに思われて困る」
これは、先輩のママ女医に言われた言葉です。ママ女医のスタンスややる気、実力にばらつきがあるからこそ、このような牽制を受け、足並みがそろわないとママ女医ですら敵なのだ…と実感したのでした。

◇ロールモデルになろう

産後の復職からしばらく経ってから、今度は後輩女医たちが妊娠・出産をむかえる段階に入りました。
もちろん、その女医たちもやる気にはバラつきがあり、家庭環境も様々なので、できることや時間制限も人それぞれです。
ただ、ゆるい方に習えをすると、ママ女医=やる気のない人たち、と集団で括って見下され、イメージが強く張り付いてしまいます。それは避けたかった。
私は、科の中でもスペシャリティを磨くこと、限られた勤務時間の中ではとにかく誠実に仕事に向き合うことの2つを意識しました。
そうすることで、スペシャリティな部分は他人に頼られるようになり、仕事ぶりは他人から信頼されるようになるだろうと期待して。
それは何年も何年も続けることで、ようやく希望が見えてきたように思います。
「がんばりすぎると困る」と過去には言われたけれども、「先生のようにがんばりたい」と言ってくれる後輩が出てくるようになり、時間外までバリバリ働くようなママ女医さえ出てきました。

その後は、後輩の先頭に立つためにがんばる、という他者ベースのモチベーションには限界を感じ、自分のやりたいことを、やりたいペースでやろうと思い、現在に至ります。
今となっては、無給医時代にがむしゃらに働いて経験を積んだことや、大学院生時代に論文を読み漁ったり、研究のノウハウを勉強したこと、スペシャリティを磨いたことは、すべて現在に役立っていて、「やりたいこと」が生まれる原動力になっているなぁとしみじみ感じます。
それに、中年になる頃には「女医」ラベリングはさほど感じなくなるものです。良いのだか、悪いのだか・・・。

医療制度の歴史と女医イメージの変遷

上に述べたわたしのモヤモヤ体験に通じることが、筒井冨美氏の著書「女医問題ぶった斬り!」に驚くほど明解に述べられています。
そしてそれは、医療制度の変遷になぞられるようにして、変遷してきた女医のイメージ像の現れだと思いました。
著書を参考に、歴史を整理してみます。

1893年 帝国大学医科大学(東京大学医学部)にドイツを手本に医局制度誕生 
1899年 各帝国大学に医学部医局開設
1920年 学位令により、学位審査権を医大教授が掌握
   …医学博士や留学を目指して医局に長期在籍する医師が増加
1945年 GHQがアメリカ式の医療を導入
1946年 医師国家試験導入
1965年 山崎豊子の著書「白い巨塔」発表
   …在籍医師は医学博士/留学とひきかえに、僻地出向などを命じられる
    封建的な医局と、教授の人事権掌握を鮮烈に描いている
1985年 向井千秋医師、宇宙飛行へ
   …男性にひけをとらない、完全なバリキャリ女医
1978年 ドラマ「白い巨塔」田宮二郎主演版
   …作中に女医は登場しない
1986年 男女雇用機会均等法
   …昭和末期「女医は変わり者」「女医はいらない」「妊娠禁止」と
    男女平等が叫ばれるようになっても、医局では公言されていた
1992年 育児休業法施行
   …男性同様に激務ができないなら、人事や博士号であからさまに冷遇
2003年 ドラマ「白い巨塔」唐沢寿明主演版
   …相変わらず作中に女医無し
2004年 新研修制度開始
   ○卒後1,2年の医師、数か月毎に各科をローテート研修義務化
    医局の下っ端としての働き手からお客様へ。医局のマンパワー低下
   ○倫理、安全意識の向上。書類作成や会議が増加
   ○インターネット普及。医局外のバイトや就職先を見つけやすくなる
    若手医師の医局敬遠。疲弊した中堅医師の医局離れが進む
   ○僻地派遣や夜間当直医の確保といった社会貢献が成立しなくなった
   ○ママ女医の時短勤務が普及
2006年 東京医大で不正な女性減点操作開始。他大も同時期に開始。
   …増加一途だった医師国家試験合格者女性比率が33%程度で横ばいに
2006年 ドラマ「医龍」
2008年 ドラマ「コードブルー」
   …かっこいい女医の存在
    ママ女医の当直免除・時短勤務が一般化。当然の権利と主張される
    中堅医師、独身医師への負担増加
2012年 ドラマ「ドクターX」
   …底辺・金の亡者呼ばわり→有能へ、フリーランスのイメージ変化
2014年 日本専門医機構発足
   …大学医局復権を狙い、医師偏在を是正する目的とのこと
2016年 医師需要分科会 マンパワー計算 女性医師は0.8人分
   …増加し続ける「ゆるふわ女医」を紹介
2018年 新専門医制度開始
   …地方と多忙科の不人気。ワークライフバランス重視の若手医師増加
2018年 東京医大不正入試事件 女性への減点操作も明るみに
   …プラトーだった女性医師数は今後増加すると想定される
2024年 医師の働き方改革
   …多忙化と僻地の長時間残業を容認。ますます担い手が減るかも


女医問題ぶった斬り! 女性減点入試の真犯人 (光文社新書) | 筒井 冨美

白い巨塔が放映終了した翌月に新研修医制度が開始され、医療の流れが大きく変わった…巨塔がまさに倒壊するような大変革。
感慨深いなぁと思ってしまいました。

歴史を参考にすると、教授世代は●●年頃に医師免許を取得している。「女医いらない」を公言していた時代だから、まぁそう思っているのだろうな、と冷静に見ることができます。

歴史の中で、フリーランスやゆるふわ女医がますます増加しているのも、仕方ない現状かもしれません。
加えて、初期研修直後に美容外科・美容内科に進む医師や、外資系コンサルタントに就職する医師も急増しています。

余談ですが、東京医大の女子受験生減点が明らかになったとき、私はあまり差別的だとは思いませんでした。
医師国家試験の合格率は、いつだって男性より女性の方が2-5%程度高いのは既知の事実です。
自分の学生時代の女子比率が2割弱だったこと、まわりの女子学生がとてもとても優秀であったことを考えても、まぁ、そりゃそうだろう、くらいにしか思わなかったのです。

女性合格者の少なさは、大学入学時点で、医師採用試験を受けているようなものだから、という筒井先生のご意見に同意します。
現在では女医が異端とまでは思われなくなったとは思いますが、1人前に働けない女医(0.8人前と試算されている)よりは、男性の医者を採用したいと思うのは、どこの病院・医局でも本音なのでしょう。
しかし、たとえ0.8人前であっても働き手になってもらわなきゃ困る!という国の事情・意向を良い意味で裏切って、たとえ勤務時間が制限されても、1人前の仕事をちゃんとしたいなぁと、私は思います。

パターナルな医局

パターナリズムという言葉を初めて聞いたのは、高校3年生のとき。医学部受験において必要な、小論文対策においてでした。

医療上のパターナリズムとは、専門知識をもつ医師が患者のために最善の治療法を決定して、患者はそれに従うのがよいとする考え方です。

今でこそ、インフォームドコンセントを行い、患者(家族)の意思決定を尊重して治療法を決定するのは当たり前に行われていますが、小論文の課題になるくらいですから、2000年前後の日本の医療界ではパターナリズムがはびこっていたと言えます。

さらに、医局の構造自体は一般的に言うパターナリズム=家父長主義にぴったり合致します。
そして白い巨塔を見ればわかるように、そこは女医が一人も存在しないホモソーシャルでした。

フェミニスト上野千鶴子氏は、著書「女ぎらい」の中で、ホモソーシャルの連帯とは、男同士で「おぬし、できるな」と賞賛すること=性的主体性を確認すること…で成立すると述べています。そのためには女を性的客体とすることが不可欠なので、ホモソーシャリティはミソジニー(女性蔑視)によって成り立っているというのです。

どうりで、「女医はいらない」と公言することが認められていたわけです。
それは連帯、あるいは医局への忠誠を誓う言葉だったのですから。

女ぎらい (朝日文庫) | 上野千鶴子


医学分野のジェンダーイメージ

医師の中で女性の割合は、OECDで最下位と言われています。
1986年に男女雇用機会均等法が施行され、女医は徐々に増えました。
しかし、増加の一途だった医師国家試験合格者女性比率は、2006年に33%程度でプラトーに達します。
原因として、複数私立大学での医学部入試時の女性減点操作問題が挙げられています。
この問題が明るみに出たのが2018年。あと数年すると、この問題以後に入学した医学生が医師になっていきます。
はたして女医は増えるのでしょうか。

横山広美氏は、素粒子を専門にする理学博士でありながら、科学と社会の分野にまたがって研究されています。
横山氏の著書「なぜ理系に女性が少ないのか」においては、数学・物理の分野で女性が少ないことに焦点を当てた、さまざまな研究が紹介されています。
その中で、医学については、学問分野にあるジェンダーイメージの内容で触れられていました。
18の学問分野の中から、●学は女性/男性に向いている、というイメージを問う、高校生を対象とした調査について。
女性が向いていると思う学問分野は、看護学が1位、医学は6位、最下位は機械工学でした。
男性は機械工学が1位、看護学が最下位であり逆転しています。
同様に、●学を選ぶ女性/男性は就職に困らない、というイメージを問う調査では、女性の1位は看護学、2位は薬学、3位が医学であり、男女の逆点はありませんでした。
●学を選ぶと結婚に有利、というイメージを問う調査では、男性は医学が1位、女性は医学が最下位の18位という結果でした。
一方で、女子の進路に親が賛成しやすい分野は、医学は3位と高順位でした。「就職に困らないから」が賛成する理由で、資格思考の強さも感じる結果でした。学費の高さを差し置いても、です。

「最強資格を持てば、就職に困らないので、親として医学の進路に賛成する!学費も出してあげる!その代わり結婚はできないかもしれないけど、自分で稼ぐからいいよね」
というメッセージが読み解けてしまいました。
社会風土として「女性は知的でないほうが良い」という考えも根強くあります。
「知的な女性は立派だよ」と応援する社会でないといけない、とも述べられていました。

なぜ理系に女性が少ないのか (幻冬舎新書 674) : 横山広美


女性(医師)よ、大志を抱け!

FacebookのCOOであるシェリル・サンドバーグの著作「LEAN IN」には、仕事への意欲を掻き立てられるような、清々しいパワーがありました。
ジェンダー平等を含む、すべての人のハッピーな暮らしのために、女性リーダーがもっと増え、問題やニーズを強く主張できるようになることが大切だと、一貫して述べています。
実現のためには、外なる障壁(制度、サポートなど)と、内なる障壁(恐れ、自身の過小評価など)があるとのこと。
内なる障壁の話は、私自身ショックを受けました。
誰かに嫌われる恐れ、悪い母親になる恐れ、サポート体制の良し悪しにかかわらず、きっとできないだろう、自分には畏れ多いと思う気持ち。
どれも思い当たる節があります。これらを感じ、卑屈になって萎縮しながら働いてきたではありませんか。
SNSでたまに見ますが、「ママ女医のために24時間子供を預けられる託児施設を併設」「延長保育のための補助を設置」などハード面を強化しても、逆ギレされる、希望者がいない…というもの。
外なる障壁は変えることができても、内なる障壁はすぐには取り払えない、ということなんだろうと思いました。
皆が皆、当直も時間外もバリバリ働こう!という意味では決してありません。
シェリルの言葉を借りれば、女性がそれぞれの大望を掲げて、そのために一歩踏み出す、引かない、という姿勢でいたいな、ということです。
困難そうだから前もってやめておく、ではなく、進んでいる中で、困難に遭ったら修正、また修正とした方が、後悔のないキャリアになるかもしれませんね。

LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲 | シェリル・サンドバーグ


苦労しながらもワーキングマザーは増えています。
大望を掲げて邁進しているママの姿・家事や育児をシェアしているパパの姿が当たり前になれば、ジェンダーイメージやステレオタイプは、今後変わっていくことと思います。
新しい時代の「当たり前」によって、女性(医師)が働きやすくなるといいなと思います

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