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ギブする文化で個人と社会は成長できる?コミュニティやファンダムの可能性

DAOのコミュニティに入って半年以上。コミュニティに入る前と後を比べると、学びの速度があがっただけでなく、自分の中で社会的な充足度がみたされています。この充足の発信点を考えてみると、どうやら「ギブする(与える)」ことが重要なキーではないかと思えてきました。

コミュニティ内で「ギブする、ゲットされる、嬉しいから学んでまたギブする」このサイクルが充実や幸福感が生んでいるような気がしています。経済の縮退が進む現代で、こうした幸福感を生むコミュニティ活動が、個人のよりよい生き方や社会の成長に紐づくのかもしれません。

いくつかの本を引用しながら自分なりに解き明かしてみます。

成長するためのモチベーションと変化

資本主義の宿命。それは「ひたすら成長し続けなければならないということ」です。とにかくライバルよりもはやく事業を成長させるために、企業は資金を銀行から借り、拡大し、肥やし、利子を返し、また資金を借りる。この止まらないサイクルのペダルを、消費者として、ときには生産者側として、一緒になって必死に漕ぐのは私たちです。つまり、資本主義の宿命は、その社会に生きる国民の宿命でもあると言えます。

成長をし続けるために漕ぐ「ペダル」。このペダルを漕ぐためのモチベーションて、どこから来るのでしょう。手に入れたいモノがあれば、漕ぎますね。ブランドの服が着たい、高級料理が食べたい、○○が欲しいとなると、手に入れるまで一生懸命働きます。でも、ある程度モノが手に入った状態だったら、もしくは、そもそ手に入れたいモノなんてなかったら、何をモチベーションにしてペダルを漕げば良いのか…。

今や、モノは至るところに溢れています。ブランドのものじゃなくても、ユニクロでじゅうぶん良い服は着れますし、高級フレンチじゃなくても美味しいご飯は食べられます。戦後の貧しい時代と違って、生きるために必死になって何かを望む必要はあまりありません。子どもに「誕生日プレゼントに欲しいものがあるか?」と聞いても、「携帯があるからいいよ」と返されます。

もう、もしかしたら、成長自体を経済的な利益を極大化する方向で考えることに無理がある時代なのかもしれないです。

DAOコミュニティでの活動が新しい社会貢献の形に


今年の初め、DAO(自律的分散型組織)のコミュニティに入ってみました。盛り上がっているweb3を勉強したかったということもありますが、コミュニティで何か社会的意義のあることに取り組むことで、少し行き詰まり感のある現代で、活力を得ながら毎日を送るための要素を見つけられるのではと思ったからです。

「社会貢献」というと「ボランティア」が思い浮かびますが、それとの決定的な違いは、自分のスキルや好きなことを活かせる点です。コミュニティでは、法定通貨に結びつかないトークンを使ってエコシステムが成り立っています。役立つ情報を教えてもらったら、その人にトークンを送ることで「ありがとう」という気持ちを示すことができます。反対に、自分のスキルや好きなことを教えることで、トークンをもらえることもあります。

自分の場合は、Notion好きな点を活かし、Notionの使い方講座を開いたりマニュアル作成で貢献しています。他にも、カードゲームが好きなメンバーはオンラインゲーム講座を開いたり、デザインを仕事にするメンバーは魅力的なNFTを作成することで貢献しています。講座だけではありません。日本の教育に問題点を感じるメンバーが集まって、新しいプロジェクトも始動しています。

DAOコミュニティとは、個々の能力を自由に発動できる空間であり、それに加えてコミュニティ内のメンバーたちと紡ぎ合わせることで、価値を創り出せる新しいかたちの社会貢献が実現できる場でもあります。

ファンダムエコノミーとの共通点

これはDAOコミュニティだけの潮流でもないようです。似たような経済システムが成り立っているのが、何かの熱心なファンやそのグループ「ファンダム」を中心にして作り上げられる「ファンダムエコノミー」です。

ファンダムエコノミーは「ギブ」でまわる
80年代まで主流だった学校教育には、知識はもっていればもっているほど良いという前提があり、個人に知識が蓄積されることでそれが個人の価値となるといった発想だったと思います。つまり知識は、資産として貯蓄されるものだったんですね。ところが、ファンダムにおけるファンたちの振る舞いを見ていると、もっている知識はどんどん共有するほうが自然だと見なされています。あるいは、共有したいという心情に突き動かされている感じがします。

ファンダム経済は「ギブ」でまわる 岡部大介

例えば、コスプレイベントの後にアフターでファミレスに行って、「次は何やろうか?」といった相談をスマホで検索しながらするのですが、(中略)全員でアイデアを出し合うような「ギブ」があるように見えます。みんなでひとつの目的に向かって、それをどうやってよりよいものにすることができるか、ということが、会話のベースになっているように見えるのです。

ファンダム経済は「ギブ」でまわる 岡部大介

ファンダムエコノミーには、自分が「ギブ」したものを相手に「ゲット」してもらう喜びがある、と著者は解説しています。共通の価値観でつながるコミュニティでの教え合い、共有し合い。そして、相手の役に立てる(貢献できる)喜びと楽しさ。そこには利己的ではない思いが突き動かしているように見えます。

ギブとゲットには、学びのサイクルが生まれやすい

「貢献」が利己的ではないなら、完全に利他的かというと、そうとも言い切れません。というのも、おそらく貢献することでメンバーに反応してもらいたいという、ちょびっと利己的寄りな思いも裏側にあるからです。

そういう意味でいうと、「貢献」は捉えようによっては「おせっかい」にも「押し付け」にもなりえます。でもそこをちょうどよい塩梅にできるのが、オンラインという場の良さです。受け手側は、貢献者へのペースに巻き込まれるのではなく、自分の好きなタイミングや心持ちで、さまざまに返事を返すことができます。「ありがとう」に加えて、「こっちの方向で考えてもいいのかも?」など「ゲット」だけに留まらない自由な反応をし、そこからまた別のメンバーとの共創が始まることもあります。

「ファンダムエコノミー」において、3つの学びのサイクルによって、FANはFUNしながら活動すると言われています。

A:自律的な学び - 愉しみや喜びをコントロールする(ファンは公式に提供される作品や商品の消費活動も行っチエル。しかし与えられたものをそのまま消費するだけでなく、必ずそこに何かひと味付け加える。それは自律的にハマって愉しむ、豊かな学びである。)

B:円環的な学び - 成長を目的にしない(産業主義的な価値観を手放し、明確を意味をもたない無用の用に熱中することから得られる。大きな成長や変化を感じられなくても円環的な時間を愉しむ。)

C:共愉的な学び - ネットワークに「ギブ」する 「ギブ/ゲット」し合うことで知識や技術は伝播され、ネットワークにおける活動に蓄積される。ネットワークは特定の個人の垂直的発達だけではなく、たくさんの「個」の水平的な発達によって成り立ち、だからこそ面白く継続する。

ファンダム経済は「ギブ」でまわる 岡部大介

貢献は学びの発露であり、楽しみの発信点です。好きなことをただひたすら楽しむことは、社会のそこかしこに在る学びの機会とつながります。DAOコミュニティやファンダムエコノミーにおいて「学び」と「楽しみ」は同義であると言えます。

【まとめ】経済の縮退を変えるひとつの可能性=コミュニティ


長沼伸一郎さんの著書「現代経済学の直観的方法」の「資本主義の将来はどこへ向かうのか」の章では、経済の拡大に突き進む資本主義のもとでは、富の集中と分断がおこる「縮退」がますます進むだろうと書かれています。

少数の強い種の間だけでの繁栄は、経済全体でみると量的に大きくなったようにみえて、そのほかの弱小種は衰退し生態系としては劣化してしまいます。もうすでに一部のIT企業だけが世界を牛耳る状況は起こっており、速度をあげながら縮退は進んでいますね。

「現代経済学の直観的方法」より引用

そこで上記の本では、ひとつの解決方法として、安定した共同体に支えられる伝統社会を挙げています。伝統社会では、個人がバラバラに独立してそれぞれが生きる活路を求めるのではなく、互いにつながって活路を共有します。個人主義だと活路の確保のために早く動いて消費活動を進めなければなりませんが、内部でつながることでその必要を排除し、持続可能でゆっくりとした状態を維持できる(上記図b)のではとしています。

とはいえ、伝統社会に戻ることはなかなか難しいでしょう。しかし、ある意味コミュニティはその代わりとなるのではないか、と考えています。好きなことや同じ目的でつながり、ポジティブに多様な意見を取り込みながら、学び、コミュニティ全体で価値を創り上げていく。消費活動が見えやすいかたちでは出ませんが、個人の中で精神的な成長と創造性が高まるので、現在の仕事や将来のキャリアにも良い変化が起こせるのではないか…。いま、コミュニティで楽しく活動しながら、そんな希望を見ています。

▼ 参考にした文献
「ファンダムエコノミー入門」 コクヨ野外学習センター
「現代経済学の直観的方法」 長沼伸一郎

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