甘えられる場所
この前珍しく父にめちゃくちゃ愚痴をこぼしてヒートアップして止まらなかった日があったんですよ。私なかなか父に鬱憤を聞いてもらうってないんですけど。溜まりに溜まって一気に聞いてもらうことが多いんですね。そんな時に父からとうとう言われました。『お前はそろそろ人を信用して甘えられる場所作った方がいい』
心の中の私:『oh……』
思わず『そーれは……また彼氏を作れという話ですかねぇ?』と言ってしまった。その後父が無言だったので1番の肯定を頂きましたね。
ただ心外なのが人を信用しないという言われよう。いやしてるよ?してるしてる。たださー、人に甘えるのはさー、なーんかちがうじゃーんって。こう、友達でも甘えられるなーって人とこの子いる時は弱みとか見せないでしっかりしなきゃなーって時に分かれるじゃないですか。もっとはっきり言うならこの人なら相談したらきちんと聞いてくれて多分受け止めてくれるなって人とこの人に話してもきっと私からは出て事ない言葉をくれたりはしないなって人。またこんな感じでいつものごとくぐるぐる考えてたんですけど(しょーもない)
やっぱり欲しいのって母親的存在なんですよね〜。この歳になって母親という役割とか存在とか、母親が子供に与える影響の大きさがよくわかる。めちゃくちゃ大切。そばで見守るとか、母親にしかわからないものって大きいのだろうと。
このあいだ似たような優しさを頂いたのが祖母の姉からでしたね。おすそ分けでご飯を頂いた時に、『……貴方大丈夫?無理してない?』って唐突に言われて。『?大丈夫だよ。』と答えたあとに、『そういえば貴方奨学金20年かけて返すんですって!?いい人見つかったらどうするの!?子供出来たらどうするの!?』と言われ『あー、結婚する気も子どもも諦めてるよー』なんて話したら『この先何があるか、どんないい人に会えるか分からないのよ。私今度のお正月あなたのお父さんとお話するから、私が何とかするから』と言われ『えぇ、いや申し訳ないしほんっとに大丈夫だから!』と言ったところ『貴方まだ学生なのよ!ちょっとは大人に甘えなさい!それ以上何を背負うの!』と一喝喰らいました。 その時に、あー、なるほど、私のあたりまえの感覚がズレてきてたんだなぁと。こういうもう本人が分からなくなってる感覚を戻してくれる人ってほんっとに血縁関係があったり、身近なひと、自分をよく見てくれている人じゃないと分からないのだろうと思いました。特にお母さんっ子だった私は知らぬうちに気負う者が多かったんでしょうね。その日久しぶりにまじまじと鑑で自分の顔みたらくまも酷いし顔も真っ青でした。なにが大丈夫なんだかと思って大泣きしましたね。何に対して辛いとか不満があるとかではなく、あー、疲れてたね!頑張ってたね自分!と思って泣きました。ストレス社会とか、精神が参ってしまう人が多い理由が少しわかった気がします。気がつけない、気がつけてもどうしようも無いって怖いなぁと思いました。
結局甘えられる場所って見つけてくれる人がいるかどうかなんじゃないかなぁと思います。皆さんの周りにはそんな人が居たらいいなぁなんて思いながら書いてました。寒くなってきたので身体には気をつけてくださいね。
P.S.父へ
なら彼氏じゃなくてもいいだろ。
私より。
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