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あからさまな秘密と隠された事実

通りがかった式場から遺影がふと見えた時、
一生を終えた人類の先輩から、生は非日常的であると教わった気がしました。

私はあまりにも、人の生きている姿を見慣れてしまったような気がします。

儀式化したりシステム化したりして
うまい具合に死を感じないように、また感じさせないように
麻酔を打っているような感じの毎日。

しかし
スーパーでは死んだ魚や豚(あるいは牛でも鶏でも良し)を
「美味しそうだな〜」「半額はやっぱ黒くなってるよな〜」などと思いながら
常に吟味していたりするのです。

そう考えると死は日常であるし、受け入れて仲良くするものかもしれません。


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