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これは全部なにかの「ついで」なんだ

 最近、風呂場に置くための防水スピーカーを買った。

 理由はシャワーを浴びている間、身体を洗っている間、耳が暇だからだ。それで風呂場にニコ生の放送を流そうと思った。

 防水スピーカーが届いたその日の風呂掃除のときにはもう、買ってよかった、と早速感じていた。風呂掃除は家事の中で一番嫌いだ。ところが、ニコ生に耳を傾けながらしていると、片手間で風呂掃除をしているような気分になる。手を動かしながら、これは放送を聴いているそのついでに風呂掃除をしている感覚があっていいな、と思った。

 そして、というか俺は全部この発想だな、と気が付いた。

 朝は目覚めた瞬間にニコ生のアプリを立ち上げ、会社に行く準備をする。好きな配信者が誰も放送していなければ、昨夜のタイムシフト(録画)を見る。通勤している間は本を読んで音楽を聴いている。家に帰ってきたら朝同様にまずニコ生の放送をつけて、スーツから部屋着に着替える。眠るときはラジオを聴いて寝落ちする。食器洗いのときも冷蔵庫の上にスマホを置いてニコ生を聴きながらしている。本当は仕事中もイヤホンで耳を塞いでいたい。

 外に出ている間の読書と音楽は高校の頃から、寝落ちのためのラジオは大学時代からの習慣だ。でもそれ以外は、ここ最近にするようになった。いや、ここ最近そうしなければ何もすることができなくなってしまった、というのが正しい。

 寝れば明日が来てしまい会社に行かなければならなくなるから深夜3時近くまで粘って起きて、仕方なく眠る。睡眠は足りていないが、それでも会社に行く必要がある。だから朝は寝過ごせば遅刻になるギリギリの時間に目覚ましをセットして、無理矢理に起きている。しかし最近はもう、会社なんかどうでもいいじゃないか、とヤケクソの思いだけが心を占めて、これまでのように義務感だけでは起きられなくなってきた。それで目覚めたそのときにニコ生のアプリを立ち上げるようになった。おれは会社に行くための準備をしているのではない。放送を聴いている間にたまたま着替えているだけなんだ、と意識をすりかえる必要があった。会社に行くのは音楽を聴く時間を作るついでなんだ、と。

 現実ではやりたくてやっているわけじゃないことが多すぎるくらいに多い。そう不満を唱えても甘ったれるなとガキ扱いされるだけだから、これは全部なにかの「ついで」なんだと考えて処理をし続けるしかない。いつからそういう意識で生きるようになったのだろう? 取り組まなければならない現実の課題に身を入れず、ただこなすようになった自分はいつからか現実をちゃんと生きていないみたいだ。気付けば、随分と長いこと、この現実をどうやり過ごすかということしか考えていない。

 考え事をしているときは、その考え事を続けるための材料に出会いやすくなるもので、この前、友人の書いた文章にグッと来た。小さい頃から自分は誰かに認められたかったが、『その割には他力本願だった』。『歪な社会カーストの下位』で生きている自分を『「俺の本業は音楽だから」と無理やり納得させて』きたが、肝心の音楽が中途半端どころか誰にも評価されない。そんなものしか作れないのなら、仕事に精を出したほうが『世の中のためになるわけで』。

 僕も自分を納得させて生きている人間のひとりだった。自分はいつか救い出される。そう信じて、どうせこんなところすぐ辞めるし、と考えて働いてきた。そう考えて、四年が経った。最近はうっすらと、より悲惨になっていくこの現実を地道に生き続けていくしかないんだろうな、という予感を抱き始めている。「予感」ではなく、「諦観」かもしれない。もういい、と心から感じている。

 9回裏での逆転勝利は劇的だけど、そういう試合を見たりニュースを聞いたりするたびにいつも、どうせ勝つんだったら最初から勝っていたかっただろうな、と思う。これは結果論で、苦境でこそ引き出される力があってだからこそ勝てたのかもしれないが、でも負けた状態で勝利の瞬間を祈り続けているその時間というのはやっぱり負荷がかかって心が苦しい。自分は今でも祈り、救いのときを待っている。しかし、気付いてもいる。これから先、絶対的に幸福な出来事に恵まれようとも、これまでの人生がむなしすぎたから俺はもう根本的に救われることはないのだ、と。人生の終盤において事態が好転しても、それまで生きてきた日々の惨めさが裏返るわけではない。苦味は苦味として残る。

 いつか嬉し泣きしてみたいと思うけども、自分の人生における最大の喜びは死ぬことだろうから、なにをしても誰と話してもどこに行っても感情が高ぶることがないのだ、と悟ることほど悲しいことがあるか。

 こういうことはあまり書くべきではないけれど、27歳のあのとき、こんなことばかり考えて毎日を過ごしていた、いつか暗かったとか馬鹿だったとか、そうして自分を振り返るための記念碑を建てるつもりで、ここに残しておく。


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