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君のいる空の下で今日もおしゃべりをしている
2011年3月12日。その日九州新幹線が開通した。
震災の翌日のことだ。
全線開通のオープニングイベントは、前日の夕方に早々に中止になった。
ダンスもパレードもなくなってしまった。
テレビで流れる津波の衝撃的に呆然とするだけで、これからどうすればいいのかなんて誰にもわからなかった。
当時、新幹線が停車することになったわたしの町は、ふわふわ浮き足立っていた。
この町から新幹線でまっすぐ遠くに行ける。九州の小さな町にとって、それは夢のような話だった。
九州新幹線開通の当日は、地元の商店街だけが準備していた商品をひっそりと店先に並べた。
私はそこで破格の値段の浴衣を2着買った。
着る予定もない。けれど手元に置いておきたくなるくらいに、きれいな模様だった。ささやかな今日の日の記念品である。
のちにこの浴衣は、着物に憧れていた留学生の手に渡り、海を超えていった。
震災のあと。私たちは悲しんで、そして怒った。
大きな恐怖は、悲しみになったり怒りになったりとカタチを変える。
テレビで見る被災地の様子、行方の知れない人のこと、追いつかないインフラのこと。情報の少ない原発のこと。そして何よりも、私たちが無力であること。
いろんなものに対し、悲しみ、そして怒っていたように思う。
世界はずっと黒い雲がたれこめているように見えた。
そんな中、九州新幹線のCMがYouTube で人気だと知った。
地元で流れているCMのロングバージョンである。
今、深い悲しみに覆われた世界にささやかな希望を与えてくれている。
そんな記事を読んだ。
実はわたし、撮影の日に手を振りに行ったのだ。
少しばかり風の強いがあたたかい日だった。
新幹線の沿線を歩いた。
駅の構内に入れる人はすでに満員で締め切りだったので、近くのマンションの前に集まる人とともに手を振った。
わたしのいた場所は映ってなかったけれど、あとで見てもいいCMだと思った。
参加できてよかったと心底思った。
それが九州だけでなく、いろんな土地の人に元気を与えていると知って、嬉しくなった。
ヨロコビの力もまた時空を超えられたんだなと思った。
あれから10年が経った。
10年後のわたしたちは、やはり禍と戦っている。
コロナ禍の世界で、先が見えない不安で、悲しんだり怒ったりしている。
道筋が、決まらないことへの怒り、方針に対する批判。
無力なまま行動が制限され、人がなくなっていくことへの悲しみ。なくなっていく人と最期に会うことさえできないことへの悲しみ。
なかなか平和はやってこない。
そして「もっと平和な世界」に向かって、わたしたちは悲しんだり怒ったりしている。
でも。
それでも少しずつわたしたちは進化しているよね。
まだ全てではないけれど復興は進んでいるし、防災の意識も少しずつアップデートしている。
ボランティアの役割や仕事も本当にアップデートした。
災害が起こるたびに、すぐにボランティアセンターができあがり、必要なものを知らせ、必要な仕事を振り分け、多くの人たちが、自分のできる範囲で手伝うというシステムを毎回作り上げている。
デマもあるけれど人の手で拡散されて、多くの人が支援するというシステムができあがった10年だった。
そしてボランティアだけではなく、防災のシステムや対応、政府の対応、インフラの進化。10年のあいだにわたしたちは確実に進化したと思う。
悲しみや怒りに身を任せることなくとも、世界は確実にアップデートし続けていると思う。
3月11日。今日友達が電話をくれた。
共通の友人の訃報を知っての電話だった。
「ねえ、わたしが、なくなったら言えないから今のうちに言っておくね。わたしの人生の中であなたに会えて本当によかったと思ってるんだよ」
わたしが思っていることを先に言ってもらえて、涙が出た。
「わたしもそう思うよ。出会えたことで、わたしの人生がとても豊かになった」
それからわたしたちは、なくなった友人との思い出を笑いながらたくさん話した。
悲しい思い出はなにひとつなかった。
ネットでしか知らなかった頃のこと、一緒に写真を撮ったときのこと、会いたい人にはじめて出会えたときの、子供のような彼の破顔のこと。
「ねえ。この思い出話って、彼へのはなむけになってるのかな?」
「なってるよ!わたし、今、空と交信してる気分だもの!」
君のいる空の下で、今日もわたしたちはおしゃべりしている。
思い出がいつまでも色あせないように。
新しい世界へ向かう足音が、いつまでも君に届くように。
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