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11歳の私は嫌いな赤飯を食べた。20歳の私が、あれは呪いだと吐いていた。

 ずっと書こうと思って、下書きに溜めている記事がいくつかある。これも、そのひとつ。

 記事を開くたび重く私にのしかかるのは、思いついたままにメモしたタイトルだけの下書き。どのタイトルからも、書いたときの私の感情を鮮明に思い出せる。そこから書き綴ることもあれば、こうして2週間くらい放って置かれることもある。

 書きたいと思って下書きにしまったはずなのに、どうしても書きたいと思えなかった。それでも、書かなければと思った。

 女性のほとんどがきっと体験しているのではないだろうか。初めての生理──初潮。私も24年ほど女性の身体で生きているので、体験したことがある。あの日の私は、大人になれたことが嬉しかったと同時に、あまりの生々しさに吐き気がした。

 母は私の初潮を父に報告した。私はやめてと懇願したけれど、きいてはくれなかった。恥ずかしかったけれど、その日父は「赤飯を食べよう」と言った。

 さて、私は赤飯が嫌いだ。小豆のなんとも言えないふわっとしたような硬いような食感と口の中の水分を奪っていくあの豆の中身が大嫌いだ。豆さえなければおいしいのに、と思っている。赤飯が好きな人、ごめんなさい。

 「お祝いならケーキがいい」と言った私に父親は頑なに赤飯を食べさせた。作ってくれた母には悪いと思っているが、美味しくなかった。何もめでたくないじゃん、というのが11歳の私の感想。

 あれから数年して、私はずっと月に1回の生理と付き合ってきた。起き上がれないほどお腹は痛いし、眠れないほどずきずきするし、子宮なんていらないと思っていた。正直、毎月血を流さないと子供を孕れない人類はそろそろ進化したっていいと思う。女性の半数以上がなければ幸せになれるんじゃないか?

 生理痛に悩まされて唸っている私にも、生理が救いのように思えた日々がある。

 大学生の時、私には彼氏と呼ばれる人がいた。当時の彼氏は私よりも年上で、女慣れしている人だった。背は小さかったけど、まあ年上の男性っていうフィルターでごまかしていた気がする。

 私は彼氏がいることを誰にも言っていなかった。大学の友人にも、高校時代からの親友にも、両親にも。私が彼の彼女だった頃を知るのは、彼氏だった人の友人だけだ。

 私には当時、好きな人がいた。とても優しくて紳士的な男性だった。歳は7つ上だったと思う。左手の薬指には銀色の指輪がはまっていて、奥さんの話しを嬉しそうにする人だった。

 叶えてはいけない恋だった。この気持ちも誰にも言わず、奥さんの惚気をずっと聞いていた。私と当時の彼氏をくっつけたのも、この好きな人だった。

「ゆきさんのことが気になるって人がいるんだ」

 当時、黒髪にシルバーフレームのお硬いメガネだった私は、芋っぽいモテない女の代表のような見た目をしていた。服と顔がちぐはぐで、趣味はアニメと読書。なんてインドアなんだろう。いや、楽しい趣味だし誇っているけど。

 量産型芋女子大生が気になったって言われても……と思いながら会ったのは、当時大学4年生のさっぱりした男の人。チャラそうな見た目じゃなかったし、私の好きな人も勧めてくるからお付き合いを始めた。

 私は彼のことを少しも好きじゃなかったし、好きになれなかった。もちろん、お付き合いを始める前に友人としての時間を過ごして「まあ、大丈夫だろ」と付き合った。好きな人を忘れるために私は彼を利用したにすぎない。

 結局、彼とは1年より少し短いくらいの付き合いだった。逃げるように離れた私を彼は追っては来なかった。

 支配欲が強かった彼は、言うことをよく聞く私を求めていた。ケータイ電話には位置情報の共有アプリを、彼の身長と釣り合うようにヒールは3㎝まで。呼び出されたら会いにいっていたし、言うことを聞かなければ軽い暴力もあったと思う。

 DVまではいかない、ほのかな支配に慣らされて私は思考が鈍っていたのかもしれない。別れる二ヶ月ほど前のことだ。

 生々しいくらい覚えている。授業がない時間、まだ夕方になり切っていない彼の部屋で、カーテンから太陽の光が一筋部屋を照らしていた。私はそのために呼び出されたと思っていたし、彼もそのつもりだったと思う。交際を隠していたから、会うのはいつも大学の講義がない日ばかり。隙間の時間で売女のように身体を投げ出す私。

 あの頃の私は、生理が待ち遠しかった。しんどいし、痛いし、気持ち悪いし、何にもいいことはなかったけれど、血を流している間は安全であれた。断る理由になっていたし、とても待ち遠しかった。

 早く別れればよかったのだと思う。結局だらだらと続けた交際は、ある事件をきっかけに終わりを告げるのだけど、私は好きじゃ無いのに付き合っている罪悪感で彼に従っていたにすぎない。

 呪いだと思っていた。生理のたびに安堵して、自分が女であることを再認識させられるようで嫌だった。私が彼に抱かれるのは、私が女だったからか。私がそれで彼に罪滅ぼしができると思ったのは、女だったからか。

 好きでもない男と付き合って、当時は彼氏だったけど身体の関係を持っていた。好きでもない人とセックスをして得られたものは「ああ、セックスって愛を確かめ合うものなんかじゃないんだなぁ」という実感だけだった。

 今、私は好きな人とお付き合いをしている。とても優しくて可愛い、年下の男性。彼も私の過去を知っている。人形のように言うことを聞いていたことも、彼との事件についても、もう一人の好きでもない男の話しも。

 こんなこと人に言えないな、とずっと黙っていた。そのうち親友がこれを読んだりするかもしれないけれど、まぁ許してください。

 好きな人とお付き合いをする楽しさを知った。恋人になったよ、と報告したくなる人ができた。

 これを幸福と呼ばず、なんと呼ぶのだろう。

 

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