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『プア・ジャパン 気がつけば「貧困大国」』 全文公開:はじめに

『プア・ジャパン 気がつけば「貧困大国」』 (朝日新書)が9月13日に刊行されました。
これは、はじめに全文公開です。

はじめに  補助金や 円安でなく、人材の育成を

ついにここまで衰退した日本
 日本の貧しさが、さまざまなところで目につくようになった。 アベノミクスと 大規模金融緩和が行なわれたこの10年間の日本の凋落ぶりは、目を覆わんばかりだ。
 1人当たりGDPでみると、2012年には日本はアメリカとほぼ同水準だった。しかし、現在では約3分の1になってしまった。2000年には1人当たりGDPがG7諸国中で最上位だったのに、いまは最下位を争っている。そして、台湾や韓国にも抜かれそうだ。今後をみても、この状態が簡単に変わるとは思えない(第1章、第3章)。この状況が続けば、日本は世界から取り残されてしまう。
 しかし、昔はそうではなかった。1950年代から70年代にかけて、日本は世界でも稀に見る高度成長を実現した。これは先進国へのキャッチアップ過程だったので、日本型の社会構造が、経済成長にうまくマッチしたのだ。そして、1980年代、日本は世界のトップに立った。
 ところが、この頃から、世界経済の構造が大きく変わり始めた。本当は、それに対応して、日本の産業構造と社会構造を変えることが必要だった。
 だが、日本はそれを怠り、古い構造を固定化してしまった。日本衰退の基本的な原因は、日本の経済・社会の構造が世界の大きな変化に対応できなかったことだ。高度成長という成功体験のために経済・社会構造が固定化し、それを変えることができなかったのだ(第2章)。
 この意味で、日本の衰退は、いま突然始まったことではない。20年、30年の期間にわたって進行してきたものだ。

円安と 補助金が、古い社会構造を固定化する
 この状況を変えるために何が必要か?
 岸田文雄政権は、様々な 補助政策を行なうことによって、この状況に対応しようとしている。しかし、 補助は、政治的な人気取りにはなっても、社会の基本構造を変えることはできない。
  補助は、社会を変革する先導分野に対してなされるのではなく、かつて経済の中心だったが衰退していく分野に与えられるのが通例だ。
 高度成長期における農業がその典型だ。農業に対する 補助政策は、大規模化を促進して生産性を向上させたのではなく、兼業農家を温存して生産性を低下させた。
 2000年頃以降、 補助政策が農業以外の分野にも広がった。製造業を中心とする高度成長期の経済を支えた産業が衰退し始めて、政府の保護を求めるようになったのだ。
 企業に対する最も大きな 補助は、 円安という形で与えられた。これが2000年頃からの日本の経済政策の基本になり、 アベノミクスと 大規模金融緩和に継承された。
 しかし、それによって日本経済が活性化することはなかった。まったく逆に、企業が革新の意欲を失い、日本経済はさらに衰退した(第2章)。
 2022年には急激な 円安が進んだため、惨状が誰の目にも明らかになった。様々な国際比較で日本の地位が低下した。また、物価が上がったのに賃金はそれに見合って上がらず、実質賃金が低下した。この状況が、今後好転するとは思えない(第3章)。
 いま、 補助政策が、日本社会の様々な分野に広がっている。 補助によって、改革と創造の力が削がれ、甘えと依存の構造が広がる。それは、古い社会制度をますます強固なものにしてしまうだろう。
 一方、人口の 高齢化は今後もさらに進展するので、 公的年金の財政状況は深刻度を増す。現在の制度のままでは、厚生年金の積立金が2040年頃に底をつき、財政破綻する可能性が高い。これに対して、本来は支給開始年齢引き上げ等の制度大改革が必要だ。しかし、政治家はこうした不人気な政策には手を付けようとしない。また、防衛費や子育て政策の財源手当は、実際には国債増発であるものを誤魔化すだけのものになっている。日本の政治家は、未来に対する責任を放棄している(第4章)。

古いエンジンのままでは、日本は復活できない
 日本の社会構造と産業構造は、1980年代頃から変化していない。それまでの時代において有効だった仕組みが、いま成長の足かせになっている。
 日本の遅れは、 デジタル化の分野でとくに顕著だ(第5章)。
 賃金を引き上げ、豊かさを取り戻すためには、エンジンが機能しなければならない。それなくして経済が成長することはありえない。
 アメリカ経済は、新しい強力なエンジンによって駆動されている。それは、AI、ビッグデータ、データサイエンス、プロファイリング、生成系AIなどの言葉で表わされるものだ。それは、80年代頃までのエンジンとはまったく違う。
 ところが日本のエンジンは、40年前、50年前のままだ。時代遅れで、すっかりサビついてしまっている(第5章)。
 取り替えなければならないという声はある。いや、誰もがそう言っている。
 しかし、取り替えるためには、新しいエンジンを作り、動かすための人材が必要だ。ところが、日本にはそうした人々がいないのである。
 だから、エンジンは、1980年頃のままだ。こうした状態で賃金を上げようとか、日本経済を復活させようとかいっても、もともと無理な相談だ。
 いま必要なのは、 補助ではなく、産業構造と社会構造を改革することだ。
 そして、それを支える人材を育成することだ。人材こそが革新を生み、社会を変える。
 ところがこれについても、岸田政権は、 補助によって対応しようとしている。デジタル田園都市構想、大学ファンド、半導体工場誘致の 補助策、等々がそれだ。
 しかし、 補助策は、ここでも社会の構造を変えることはできない。むしろ、 補助に依存する体質を広める。重要なのは、高度の専門的技術を身につけた人材が相応に報われる社会構造を作り上げていくことだ(第6章、第7章)。
 それは決して簡単な課題ではない。また政府だけでできることではない。日本企業の基本的な構造が変わる必要がある。そうしたことによってしか、日本がかつての豊かさを取り戻すことはできないだろう。
      
2023年6月 野口悠紀雄 



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