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【ハイブリッドという改革案】J3第23節 松本山雅×愛媛FC マッチレビュー

スタメン

3試合未勝利を乗り越えて2連勝中のホーム松本。2試合とも楽な試合ではなかったがしぶとく勝点3をもぎ取ってきた。メンバー選考で注目だったのは前節途中出場した選手の起用。特に試合後の監督コメントで辛辣だった中山陸がどうなるかにはヒヤヒヤしていた。結果は無事にメンバー入り。今週のトレーニングで信頼を取り戻したのか、はたまた名波監督のコメントがややパフォーマンスの側面が強かったのか。真相は分からないが、メンバー入りしたからには活躍に期待したい。

そんな松本が迎えるは2試合勝利から見放されている愛媛。上位松本との直接対決は、昇格争いからの脱落がかかった非常に大事な試合となる。前回対戦時はコロナ陽性者が出ていた影響などで、急造メンバー・急造戦術だったが、今節はほぼベストメンバー。
近藤・佐々木・小原といったテクニシャンを並べる2列目は石丸さんっぽい。彼らを自由にしてしまうとバイタルエリアは常に危険地帯になってしまう。


連動した3枚プレッシング

この試合でまず目についたのは、前線からのプレッシング。相手の4バックに対して、2トップ+トップ下の3枚で監視することが多かった。

直近2~3試合は、横山歩夢が守備を免除されるVIP待遇で、その分をルカオや中盤の選手が1.2人分頑張るという守備だった。

ところが、この試合は横山歩夢に明確な意識改革が見て取れた。プレッシングの急先鋒になりつつ、被カウンターの局面では自陣まで戻るなど、守備の意識が高かったのは印象的。ここは名波監督に怒られたのかもしれない。

もう一つ守備で異なっていたのは、「プレスに行く・行かない」の判断が正確だったこと。名波監督がスタートポジションを修正したと話していた試合後のコメントに繋がる部分である。
2トップがふらふらと単独でプレッシングに出ていってしまい、それを埋めようとボランチやインサイドハーフが前がかりになり、中盤の空いたスペースを使われる。そんな崩され方を何度も見てきた。

ましてや、CBがボールの持つことを怖がらず、チーム全体で中途半端なプレッシングであれば無効化できるだけのクオリティがある愛媛だ。ここ数試合のような粗いプレッシングでは機能しないと踏んだのだろう。基本的には選手の自主性を重んじる名波監督だが、さすがにこの部分は手を入れてきた。

そこで2トップ・トップ下・ボランチのスタートポジションを整理したということなのだろう。この修正により、2トップが相手CBのパスコースを制限できて、それによって中盤のインターセプトに繋がる場面が多くなっていた。後半、下川陽太のミドルシュートに繋がった一連の流れは、まさに。

しかし、このプレッシングに対して愛媛もさすがの対応を見せる。愛媛のCB森下と鈴木はともにボールを持つことを嫌がらない。彼らを含む4バックに3枚で数的不利なプレッシングを掛けたのであるが、CBがドリブルでスルスルと持ち運ばれるシーンが散見。

4バックを2トップ+トップ下で見るということは常に数的不利。相手に優位な状態で守備を成立させたい場合、1人が1人を見ていては論外。3人の連動で4人を見なければいけない。

松本のプレッシングに足りなかったのは、FW1人でCB2枚を相手できるような守備の技術。ここばかりは1週間そこらの付け焼き刃ではどうしようもない。前線3枚の個人戦術の脆さと、愛媛CBのドリブルの上手さ・持ち運ぶ勇気によって、相手のビルドアップを完全に無効化することはできなかった。

ただ、間違いなくここ数試合に比べたら、明らかに前線からの守備は適切だったし、相手CBのプレー選択を制限できていた。ここに個人戦術の範疇である相手CBの持ち運びを阻害するポジショニングなどを上乗せしていきたいところだ。


ビルドアップとロングボールのハイブリッド

直近数試合の松本は2トップを活かす戦い方を選択していた。横山歩夢とルカオというリーグ屈指の推進力とスピードを併せ持つコンビ。質だけで殴れてしまう武器を使わない手はない。2トップ、特に横山歩夢の守備の負担を免除する代わりに8人でガッチリと守備ブロックを組む。ボールを奪えばシンプルに2トップに預けてロングカウンターが発動。さすがに2枚だけでは孤立してしまうので、佐藤和弘が頑張って走ってサポートするというのがお決まりになっていた。攻撃での破壊力が抜群である反面、守備が決してうまいとはいえないコンビなので中盤以下がツケを払う場面もしばしば。また、カウンターの場面で2トップがグイグイとボールを運んでいくがゆえに、後ろの選手が追いつけず攻撃が単発で終わってしまうことも多かった。

諸刃の剣であったシステムに色を加えてきたのがこの試合。三浦コーチっぽい堅い守備+ロングカウンターという構図に、名波監督っぽい最終ラインからのビルドアップ+バイタルエリアでのコンビネーションによる崩しという要素が加わった感じ。

象徴的だったのは、前半7分に常田克人がファウルを受けたシーン。近藤のアフター気味のタックルは決して褒められたものではなかったが、雨でピッチが滑りやすかったことと、常田がロングボールを蹴ると予測してのブロックだったようにも見えた。ここ数試合の彼ならば横山歩夢めがけてパスを出していただろうし。そこであえてドリブルで持ち運ぶというプレー選択をしたので、タックルが深く入ってしまったではないか(その後謝っている近藤の仕草から見ても悪意はなかったようだし)。いずれにせよドリブルでひとつ持ち出すという選択が、今日は無闇に蹴らず、丁寧に繋ぐぞという意思表示に見えた。

大野佑哉や野々村鷹人もかなり積極的にボールを繋いでいたし、パウリーニョもサポートに入っていた。多少後ろに重たくなったとしても、ボランチを交えてリスクを負って繋ぐんだと全体の意思統一ができていたと思う。

明らかに手を入れてきたなと思ったのは、センターバックとウィングバックの位置関係。特に右サイド、下川陽太と野々村鷹人の関係性が非常に改善されていた。
前節までは下川陽太が内側(いわゆるハーフスペース)に入ってきても、センターバックが初期位置のままで、縦に並んでしまうことが多かった。こうなるとパスコースが限定されてしまって相手は守りやすいし、右サイドの攻撃が停滞気味だった原因のひとつである。

大きく変わったのは野々村鷹人の立ち位置で、意図的にサイドに張り出して縦の被りを防止していた。野々村が大外に張ることで、愛媛サイドハーフが外に釣り出され、ボランチも下川に寄せていく。守備時は4-4-2となる愛媛の守備ブロックを横に広げる狙いがあったと推測する。

それと同時に2トップは背後へのランニングを怠らなかった。ルカオや横山が裏抜けをすることで、今度は愛媛の守備ブロックを縦に広げることができる。

センターバックが大外に張って横に広げ、2トップの背後への抜け出しで縦に広げる。すると縦横に引っ張られて愛媛の中盤にスペースが生まれる。そこで生きてくるのが菊井悠介である。ライン間で息をするのが上手い彼は、愛媛のボランチと最終ラインの間をうろちょろしながら縦パスを引き出し、中盤と2トップのつなぎ役になっていた。2トップを活かすサッカーに全振りしてからは彼の頭上をボールが超えていくことが多く試合から消える時間帯が長かった。しかし、この試合では彼にしかできないタスクを任されて、最も怖い存在になっていた。

横山歩夢の先制点も横と縦の揺さぶりから。最終ライン+パウリーニョで数本パスを繋ぎ、背後へ走ったルカオへロングボール。こぼれ球を下川陽太が拾うと、押し下げられた愛媛の最終ラインとボランチの間で菊井悠介が受ける。逆サイドの外山凌へ素早く展開すると、得意の1on1からニアへグラウンダーのパス。反応した横山歩夢がヒールで流し込むオシャレなシュートでネットを揺らした。

試合後の監督コメントで名波監督も褒めていたが、僕自身も思い通りの得点だったと思っている。松本が準備してきた形が再現できて決定機を作り出すところまでは完璧、あとはFWの決定力次第という感じ。
横山歩夢、シュート技術も素晴らしかったが、それまでのオフザボールの動きも秀逸。トップスピードでゴール前に入るのではなく、あえて止まってギリギリまでニアのスペースを空けておき、愛媛のCBが横山から目線を切った瞬間に動き出して前に入った。DFとの駆け引きも上手くなっている。

そしてサッカーの面白いところだなあと思うのは、最終ラインで丁寧に繋ぐことで、従来の2トップ行って来い戦術も効果を増していたことだ。サッカーは複雑なスポーツで、一見すると対立するような事象が両立することがある。

最終ラインでのビルドアップを制限するために愛媛はプレッシングを掛けてきた。これは愛媛の本来の戦い方でもある。ボランチとのパス交換で愛媛を引き付けつつ、松本が狙っていたのは右サイドバックの背後に出来るスペース。ここへルカオや横山歩夢を走らせて、彼らの最も得意な形に持ち込もうという設計だ。

前節の讃岐戦、松本が苦戦した理由もここにある。讃岐は4バックを採用していたが、どんなに攻め込んでいても後ろの4枚は崩さなかった。2トップによるカウンターを警戒し、4対2の数的優位で対応できるように厳戒態勢を敷いていたのである。だからこそ松本は、愛媛の4バックを出来る限り削ろうとした。愛媛のプレッシングを誘発することでサイドバックも引き出し、2トップが愛媛のセンターバックと1on1を仕掛けられるようにする。この局面を再現性を持って90分間で何回作れるか。攻撃におけるKPIはこれだったように思う。

2トップ行って来いのロングカウンターは面白みに欠けるとか、なんやかんや言われようが、今の松本にとって最も得点期待値が高い選択であることは間違いない。1年でのJ2復帰を至上命題として掲げている以上、理想のサッカーやロマンを追い求めている暇などなく、徹底的に現実と向き合ったドライなサッカーを展開しなければならない。それが故の2トップ採用だと思うし、ロングカウンターなのだと思う。

ただ、ロングカウンターしかないとバレて対策が進んできていたので、名波監督は次の一手を繰り出してきた。それがロングカウンターとビルドアップの融合であり、縦と横の幅を最大限使ったサッカーである。

前線からのプレッシングを標榜する愛媛相手だからハマった可能性もあるし、1試合だけなので過度な期待は禁物だ。それでも、リーグ最終盤に向けてもう一段階進化できそうな片鱗は見せてくれた。


苦しむ二人のハーモニー

すべてが上手く運んでいるように思えた松本だったが、55分にセットプレーの流れから失点。こればかりはフリーキックの壁に人数を割いていたので、ファーで余る選手ができるのは仕方ないと思っている。不運だったかなと。

そこそこ主導権は握っているのに、あとひと押しが足らず追加点が遠かった松本。そこに救世主として現れたのは今季苦しみ続けていた昨季後半戦のエースだった。

一連のプレーの起点は野々村鷹人のボール奪取から。後半アディショナルタイムという最もキツイ時間に鋭い出足でセカンドボールに反応し、二次攻撃につなげる。クロスからの攻撃はファーへ流れてしまったが、こぼれ球を拾ったのは逆サイドのセンターバックである常田克人。外山凌へボールを預けると猛然とインナーラップを繰り出して、佐藤諒を引っ張った。この常田のプレーにより、左サイドは外山凌・中山陸・浜崎拓磨と近藤・三原と3対2の数的優位の局面に。それゆえ、中山陸からパスを貰った浜崎拓磨には十分すぎるくらいの時間とスペースが供給されていた。これだけ自由を与えられれば彼の右足から正確なクロスが上がってくるのは必至。ダイビングヘッドで合わせた榎本樹はサポーターに向かって吠え、彼を中心に輪ができた。

ポテンシャルを秘めていることは分かっていたのに、なかなかチームに組み込めていなかった浜崎拓磨と榎本樹。彼らが苦しんでいることを知っていたので、自然と熱いものがこみ上げてきた。

思えば、昨季彼が爆発するきっかけとなった金沢戦は残り12試合という時期だった。愛媛戦を終えて今季は残り11試合。クライマックス男というか、いい所を持っていくタイプの男なのかもしれない。高校サッカー選手権でも活躍していたしね。マジで残り試合で二桁取るくらいの意気込みで頑張ってほしい。


総括

89分までは「ああ今日めっちゃいいサッカーしてたのにな…」という感想だったが、アディショナルタイムの一発ですべてがひっくり返った。内容も良かったし結果もついてきた。間違いなく自信に繋がる試合だったはずだ。

しかも、前節あまり内容が芳しくなく、試合後に名波監督の雷が落ちたあとでの一戦だったことも大きい。わずか1週間という短い修正期間しかなかったが、劇的にチームは変わった。22試合を消化した中でこれだけの意識改革を見せられたのは非常にポジティブ。

それだけに横山歩夢の離脱は痛手となることは間違いない。負傷したシーンの映像と痛がり方を見る限りでは肩の脱臼だと思われるが、大事をとって2試合程度は休ませるかもしれない。もともと世代別代表で2試合は欠場する予定だったし。戦術のキーマンであり、数字でもチームを引っ張っていた選手の穴を埋めるのは容易ではないが、残念ながら試合は待ってくれない。総力戦の様相が強まっていくはず。

新たな得点源の台頭に期待したい。


俺達は常に挑戦者

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