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【心は熱く、頭は冷静に】J3 第31節 松本山雅×長野パルセイロ マッチレビュー

スタメン

松本はスタメン・ベンチメンバーともに前節と同じ。2試合連続逆転勝利と勢いに乗っているチームだけに大きくはいじらないというのは鉄則。ジョーカーとして圧倒的な存在感を見せている田中パウロ淳一に今節も期待がかかる。

対する長野は3試合負けなし。昇格という夢は潰えてしまったが、信州ダービーのモチベーションには影響しないだろう。むしろ昇格争い真っ只中で一試合も落とせないライバルに対して嫌がらせをするには格好の舞台である。気がかりなのはアウェイに限れば5試合勝利がないという点。ホーム/アウェイの戦績を見ているとやや内弁慶になっているところがあるので、完全アウェイとなるアルウィンでいかに振る舞うかは大事になってくる。

メンバーで取り上げておくべきは宮阪が欠場していること。前節42分で突然交代となった司令塔はコンディションが整わなかったようだ。ビルドアップの部分で担う役割が大きかっただけに影響は計り知れない。


独特なビルドアップとの付き合い方

3-3-1-3に近いシステムを敷いている時点で特徴的だが、より長野の独特さが際立つのはビルドアップの場面。基本的に長野のビルドアップは左肩上がり。左ウィングバックの水谷が中央に入って、アンカーの坪川と擬似的なダブルボランチを形成し、左センターバックの杉井が大外に張り出してくる。3バックがボールを保持するというよりは、水谷と坪川がボールを引き取って発射台になってセンターバックは高い位置を取らせる事が多い。
左右のウィングバックにアップダウンが得意なサイドバック系ではなく、足元の技術に優れたボランチ気質のある選手を配置しているのはあえて。逆にインサイドハーフの三田と森川は、ともにスピードのあるドリブラー。右サイドに左利きの三田、左サイドに右利きの森川を配置していることからも、大外に張って受けてからのカットインが狙っている形である。

相手からすれば、ボール保持時とボール非保持時で全く違う振る舞いを見せるスタイルは厄介極まりない。
ただ、長野の可変は一定の法則性を持っているのも事実。シーズンを重ねて研究されてきたり、研究した上で個の質で同等以上のパワーをぶつけられると苦戦することが多かったのは独特であるがゆえに柔軟性にやや欠ける部分があるからだと思っている。

この日の松本も相当長野を研究してきていた。可変するビルドアップは織り込み済みで、バッチリとプレッシングをハメていく。
まず横山歩夢と小松蓮の2トップは、乾と池ヶ谷に対して猛烈な圧力をかける。それと同時に中央でボールを引き出そうとする坪川と水谷へのパスコースも背中で消すことを徹底していた。左サイドから中央に入ってくる水谷は、最初から菊井悠介が監視することで試合から消すことに成功。自由の身になった下川陽太が縦ズレして杉井へプレッシングを掛けて、呼応するように篠原弘次郎も森川にバチッと寄せる。
相手がボールを持つと名波監督は大きなジェスチャーで寄せろ寄せろ!と指示出していたので、試合序盤の主導権を握る肝として重要視していた縦ズレだったかなと。

誰が誰をマークするのか各々の役割が整理されて明確だったので、ピッチ上からは一切の迷いが見られなかった。加えて今季一番とも感じられるくらいのハイテンション・ハイインテンシティで試合に入り、相手のビルドアップに襲いかかったことで長野は少なからず動揺したはずだ。相手の3バックからすれば、前からは松本の選手がプレッシングに来るし、後ろからは松本サポーターのブーイングと煽りでプレッシャーを受けるという酷な状態だった。

実際に立ち上がりから長野のビルドアップは不安定さをはらんでいて、つなげそうな場面でタッチラインにクリアしてしまったり、軽率な連携ミスから決定機を招いたりという場面が目立った。試合後のコメントで一部の長野の選手はスタジアムの雰囲気に飲まれてしまったと言っていたが、あながち嘘でもないなと。それくらい圧を感じさせるような雰囲気を作れていたと思う。

松本に先制点が生まれたのは長野のミスから得たコーナキック。ゾーンで守る長野に対して、ゾーンの外で勝負するという決め事は試合前からあったようで1本目はニアを狙っていた。そこで常田克人がファーで勝負したいと佐藤和弘へ伝え、正確なボールが蹴り込まれるとフリーで待っていた篠原弘次郎がボレーで合わせる。惜しくもGKに弾かれたセカンドボールを横山歩夢が押し込んでネットを揺らした。しばらくゴールから見放されていた横山歩夢にとっては待望の瞬間。その前の篠原弘次郎のボレーもそうだけど、二人ともよく抑えて枠に飛ばしたと思う。

かなり勢いよく試合に入ってそのままの流れで先制できたのは松本を楽にした。何より前半45分の行方を決定づけた。


互いにハマった攻撃面での狙い

長野はビルドアップでポジションを移動させる分、奪われ方が悪いとバランスを崩してしまうことがある。松本が狙っていたのは長野が攻撃から守備へ切り替わった瞬間、構造的にバランスが悪い状態だった。

狙い目だったのは左センターバック杉井とセンターバック乾の間にできるスペース。左肩上がりになる以上、どうしても杉井と乾の間には距離が生まれてしまい、攻守が切り替わった瞬間だと埋めきれないことが多々ある。松本は奪ったらなるべく早く、二人のギャップを突くこと。実際に名波監督は何度も何度も長野右サイド裏のスペースに走り込め!パスを出せ!と身振り手振りで指示を送っていた。

横山歩夢に走り込ませて乾と勝負させることができれば、横山歩夢に分があるのは明らかなので優位に立てるという算段。加えてセンターバックを外に釣り出せているので、中央は小松蓮と池ヶ谷のマッチアップ。そこに菊井悠介や外山凌が絡んでくれば一気にゴールを陥れられる可能性は高くなる。

実際のところはと言うと、右サイド深くのスペースに走り込む選手がいなかったり、パスの精度を欠いてしまったり上手くいかないことも多かったけども。

対する長野の狙いも明確で、1トップに山本を起用しベンチに佐野を置いていたことが象徴的だった。宮本をメンバー外にしたこととも言い換えられる。

ホームの後押しを受けて松本が前がかりに出てくることは容易に想像できたはずで、それならば高く敷かれた最終ラインの背後を利用しようというのはシンプルかつ効果的な策だ。DAZNには映っていなかったが、山本は執拗に大野佑哉と裏抜けの駆け引きを繰り返していて、かなり嫌そうだった。彼の持ち味は失敗しても折れない強靭なメンタルで試合中に何度も裏抜けを繰り返せる点と、出し手が顔を上げた瞬間に動き出すオフザボールのセンス。0から急にトップギアに入って走り出す動きは見ていて本当に厄介だなーと思っていた。
それ故に、山本の動き出しを活かせるパサーが不在だったのは痛手だったはず。バイネームで言えば宮阪のことなのだけども。この日の長野の戦い方は、アンカーの位置から適切なタイミングで最終ラインに降り、最終ラインから中長距離のフィードを正確に届けられるキック精度を持ち合わせる宮阪ありきだった。戦術の核となる宮阪を欠いていながらも同じ戦い方を選択したのは坪川への信頼の証だとも取れるが、やや悪手だったかなと。

それでもビルドアップを封じられて山本の背後へのランニングしか脱出方法を持っていなかったにも関わらず、前半の決定機は五分五分か長野のほうが多かった。山本の裏抜けに対応できずに後手を踏み続けた松本最終ラインは反省材料が多かったし、試合中に名波監督が最も不満をあらわにしていた部分でもあった。ビクトルのファインセーブがなければ前半をビハインドで折り返していてもおかしくなかった。


長野の修正と助っ人の一撃

松本のミスから決定機を作れていたものの自分たちのやりたいことにはほぼ遠かった長野。試合から消されていた坪川を下げて川田を投入し、右ウィングバックの佐藤をアンカーにスライドさせた。それと同時にビルドアップ時の距離感を修正。

やや最終ラインに寄り過ぎだった疑似ダブルボランチをステイさせ、3バックにより深い位置を取らせることで松本のプレッシングを引き出そうとした。引き出そうとしたという書き方をした通り、長野の構えは罠で、より前がかりに出てきた松本に対して局面をひっくり返してカウンターを狙うのが真の目的である。

この修正に対して松本は対応しきれなかった。特にまずかったのは前半機能していた下川陽太と篠原弘次郎の縦ズレ。杉井が深い位置を取るようになったのにも関わらず、下川陽太は前半のテンションのまま突っ込んでしまう。下川陽太が深追いしている分、彼の背後に生まれたスペースを森川に使われることになり、ここを起点に松本右サイドを突破されるケースが多くなっていく。

前半は下川陽太と篠原弘次郎の縦ズレを能動的に行って、守っている松本側が主体的にプレッシングを仕掛けることができていた。ところが後半になると長野のボール保持に引っ張られるように寄せることが多くなり、受動的に縦ズレをするようになった印象だ。結果として森川に前を向いて1on1を挑まれる場面が増えてしまい、ズルズルと自陣に押し込まれていき、同点に追いつかれてしまった。
前半に機能していた局面を逆手に取った長野の修正は見事だったし、裏を返せば松本は相手を見てプレーをすることができていなかった。

その状況を打破すべく名波監督は3枚替えを敢行。右サイドをまるっと入れ替えて、野々村鷹人と宮部大己のセットで流れを取り戻しにかかる。加えて菊井悠介を早めに下げたのは、同点に追いつかれて攻撃的な色を出したかったこともあるだろうし、イエローカードを1枚もらっていたのでリスクマネジメントという観点もありそう。

さらに5分後には2トップも入れ替え。ここで名波監督は極めて冷静で、前に傾きすぎていたチームの重心を低めに設定する。しっかりとミドルブロックを組んで長野の攻撃を受け止めつつ、攻撃から守備へ切り替わった際にできるスペースを効果的に突いてカウンターを狙う戦い方にシフトチェンジ。

結果的にこの采配はズバリ的中する。ボールを持たされたは良いものの攻めあぐねていた長野が苦し紛れの縦パスを引っ掛けると、こぼれ球をパウリーニョが回収してカウンターが発動。田中パウロ淳一が持ち運んで丁寧なラストパスを供給すると、走り込んだルカオが逆サイドに流し込んで勝負あり。どうやら試合後のコメントを読む限り、ルカオは同様の形を何度も練習していたようで、まさに日々の積み重ねが生んだゴールと言えるだろう。

ここ数試合途中交代を命じられることの多かったパウリーニョが、大一番でフルタイムプレーさせた名波監督の采配を粋に感じ、彼の特徴である鋭い出足がカウンターの起点。こういったところにも、名波監督が”持っている”人であることが感じられる。

得点を奪った際のアルウィンのボルテージは最高潮。僕はバックスタンド中央で観ていたのだけど、本当に最高の景色だった。背番号9を見せつけるルカオ、これでもかとスタンドを煽る田中パウロ淳一、子供のように無邪気に喜ぶ榎本樹…。スタジアムが揺れるような歓声、全力でタオマフをぶん回してそれぞれが感情を爆発させる姿は目に焼き付いている。

ラスト10分を切ってから「立ち上がれ」「バモ松本山雅」で選手を後押ししているときのスタジアムの一体感、本当にすごかった。
そしてこの時間帯で何よりも痺れたのは、切り札として出てきたデューク・カルロスを完封してみせた宮部大己。実際に競り合ったのは一度しかなかったけれど、全く仕事をさせず、長野の反撃ムードを完全に断ち切った。地味かもしれないが途中から出てきて、きっちりと仕事を全うする宮部大己は本当に職人気質で大好きだ。

最後きっちりと試合を締めた松本が劇的な展開で信州ダービーを制して3連勝を飾った。


総括

手放しで喜べる内容ではなかったが、昇格争いから脱落しないために絶対に負けられない状態で、かつホームで迎える信州ダービーという超絶プレッシャーの掛かる試合だったことを考えれば120点の結果だろう。

試合後のコメントを読んで驚いたのは、怖いくらいに名波監督の想定内で試合が進んでいたようだったこと。もちろん勝って饒舌になっている側面はあるのかもしれないが、ゲームプランや試合中の選手交代まで試合前の脚本通りだったようだ。試合前日に田中パウロ淳一に対して、同点に追いつかれた状態で投入し勝ち越したあとの振る舞いをインプットしていたというのだから、この試合に懸ける入念な準備には頭が下がる。

今季最大の山場を乗り越えた松本。他会場でいわき・鹿児島・藤枝が揃って勝点を落とすというおまけつきで、ついに昇格圏内にあと一歩という所まで来た。

しかし、試合後のヒーローインタビューでルカオが語っていたように、まだ我々は何も成し遂げていない。目標を達成し、松本山雅に関わる全ての人が笑顔でシーズンを終えられるように残り3試合必勝の戦いは続く。


俺達は常に挑戦者


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