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【運も実力のうち?】J3 第10節 松本山雅×FC今治 マッチレビュー

スタメン

リーグ戦6試合負けなしと好調を維持する松本。信州ダービーとなった前節からはスタメン3枚を変更。パウリーニョは負傷離脱、横山歩夢はU-19日本代表に選出されフランスへ、安東輝は行方不明である。代わってメンバーに名を連ねたのは、宮部大己・榎本樹・外山凌といった面々。いずれも天皇杯で良いパフォーマンスを見せた選手で、それ以外にも山本龍平・野々村鷹人・稲福卓あたりもアピールに成功したと言っていいはずだ。一方で2得点を挙げた田中パウロ淳一はメンバー外となっている。

対する今治も直近リーグ戦5試合は3勝1分1敗と調子を上げている。特筆すべきは5試合でわずか1失点の守備。シュート決定率に課題を抱えながらも、シュートを打たせない堅守で勝点を拾っている。しかし、直近の天皇杯は沖縄SVにまさかの4失点で大敗。それほどメンバーを落としていなかっただけに少なからずショックはあるはずで、気持ちの面でも切り替えて臨めるかが注目となる。


逆手を取るビルドアップ

試合が始まってまず目立ったのは松本のビルドアップ。今治が4-3-3でのプレッシングに出てくるのは想定内で、いかにしてスムーズに攻撃を組み立てていくか整理されていた。

松本の基本ビルドアップ

基本的には最終ラインにボランチの1枚が降りてきて4バックを形成し、相手のプレッシング部隊である3トップに対して4枚でのビルドアップを試みる。常に数的優位を作ることが大前提であり、これはシステマチックに行われていたのでトレーニングで仕込んできたのだろう。

ボランチが落ちる位置も大野佑哉の右側で、おそらく決まっていたんだと思う。推測するに、左センターバックの常田克人が比較的パスの出し入れが上手いのに対し、右センターバックに入る宮部大己は対人の強さがウリ。縦パスを入れるタイミングだったり、ボールを貰ったときに常に顔を上げてFWを見る視野の広さだったり、円滑なビルドアップに必要となる要素は常田克人の方が一日の長がある。そういった選手特性を考慮したときに、ボランチは右サイドのフォローアップに入るべきだとして、大野佑哉の右側に落ちることが多かったのだと思う。

4バックを形成して組み立てる松本に対して、普通に3トップでプレスを掛けても数的不利で剥がされてしまうだけなので今治も工夫してくる。3トップに加えてボールサイドのインサイドハーフを一列前に出すことで、実質4枚を前線に並べるような格好に。特に運動量が多い左インサイドハーフの島村が前に出ることが多かった印象。なので、左から近藤・島村・中川・インディオといった4選手が、ボランチを含めた松本ビルドアップ隊に襲いかかる。

ただ、インサイドハーフが出てくるのは松本も織り込み済み。むしろ狙っていたと言ってもいい。

今治のプレッシングを逆手に

松本はインサイドハーフの島村が出ていった背後のスペース、アンカー楠美の左にできるスペースを狙っていた。特に右シャドーに入っていた菊井悠介にとって、相手が動いて生まれたスペースは大好物。スルスルと島村の死角に入り込んでは、前貴之や宮部大己からの縦パスを引き出して攻撃の起点となっていた。

この状況を見て、今治もプレッシングに行くか迷うシーンが散見されたが、結局痺れを切らして前に出ていってしまう。そうして待ってましたとばかりに、背後を突かれて局面をひっくり返されてしまうことが多かった。もちろん、松本のビルドアップは安定感抜群というわけではなく、この試合でも大野佑哉の横パスをインターセプトされた場面があったように、プレッシングでミスを誘発できる可能性はあった。ただ、90分を通して見たときに、今治がプレッシングによって享受したメリットは、被ったデメリットと差し引いてトントンかややマイナスだったように思う。


追い込んで奪い切る

この日松本が見せた守備は今季ベストの出来だったと言っていい。相手センターバックへのプレッシャーでは相模原戦の方が強烈だったと思うが、全体的な完成度や統一感では今日の方が優っていた。

相手の両ワイドが、例えば鹿児島などのようにライン際に張っていて、自分たちのサイドをピン留めするような選手ではなかったです。

ヤマガプレミアム 試合後監督コメントより

試合後、名波監督はこのように述べている。
ここで言及されている相手の両サイドにピン留めされるような展開は、鹿児島戦・北九州戦と今季松本の守備がハマらなかった相手のことを指している。中間報告vol1でも書かせてもらったが、今季の松本を象徴する”縦ズレ”をベースにしたプレッシングに対抗する手段としては、現在最も効果的な方法である。

ところが、今治のウィング近藤とインディオは明確にサイドに張り出すことはなかったので、それほど驚異にはならなかった印象。

では、松本の守備の狙いがどこにあったのか。

まず明らかだったのは、相手のアンカーを徹底的に消していたこと。最終ラインから丁寧にパスを繋ぐスタイルの今治にとって、アンカーに入る楠美はキーマン。彼に前を向いて仕事をさせないことが守備の第一原則だったようで、この日監視役に任命されていたのは小松蓮。

守備の局面になると、小松蓮は必ず楠美がどこにいるか?を確認して彼へのパスコースを消しに行く。仮に小松が間に合わないタイミングでは、菊井悠介や榎本樹がポジションをずらしてでもカバーしており、チーム全体で楠美を消すことに執念を感じさせていた。

とはいえ、アンカーへのパスコースを消していてもボールを奪えるわけではない。松本の真の狙いは、中央へのパスコースを切って今治のビルドアップをサイドへ誘導することにあった。

センターバックからサイドバックへの横パスこそ、松本のプレッシングのスイッチ。シャドー・ボランチ・ウィングバックで一気に囲い込み、相手のビルドアップをサイドで窒息させる。

サイドへ追い込む守備

具体的に、2点目につながったシーン(37:31~)を見てみよう。

今治右センターバックの安藤がボール受ける。この時点で小松蓮と菊井悠介はアンカーへのパスを警戒。一度、安藤が楠美へ縦パスをつけるも、楠美は2人に挟まれて前を向けず戻している。
ボールを引き取った安藤は右サイドバックの野口へ。野口が何気なく島村へ付けたパスに対して、ボランチの前貴之が良い出足で寄せると、島村からのリターンパスを受けた野口まで猛然とプレス。前貴之がマークを外した島村には外山凌が”縦ズレ”して寄せており、この時点で今治のビルドアップは出口を失っている。3人の選手に囲まれて苦しくなった島村は安藤へバックパス。これを菊井悠介が狙っており、トラップがやや流れたところを突いてボールを奪い、そのままゴール右隅へ流し込んだ。

個人的に良かったポイントは2つ。

1つ目は、ボランチの前貴之が出てきている点。これまでは前線のプレッシングにボランチ以下が連動できておらず、せっかくサイドに追い込んでいるのに、囲い込みが甘くなって奪いきれないことが多かった。しかし、前貴之は持ち味である鋭い読みと出足の良さ、カバー範囲の広さを遺憾なく発揮してチームを変えてみせた。
象徴的だったのは、菊井悠介が後ろを振り返らずにプレッシングに行けていたこと。「自分が出ていってしまって本当に大丈夫かな?後ろの選手は付いてきているかな?」と不安な表情を浮かべながら、何度も後ろを振り向いて迷うシーンを何度見ただろうか。その彼が、迷うことなく全力で相手に寄せられているからこそ、2点目のような場面が生まれたと思うし、間違いなく前貴之という自分の背後を託せる存在が大きかったはずだ。

もうひとつは、外山凌の連動した縦ズレ。これも今季よく見た場面で、相手選手にピン留めされてウィングバックが高い位置に出ていけないことがあった。もちろん、既に取り上げた監督コメントにもある通り、今治のウィングの立ち位置が内側だったことがポジティブな要素だったことは否めない。ただ、それを差し引いたとしても、外山凌の判断の良さと常田克人との連携は称賛されるべきだ。2点目につながったシーンでも、インディオのマークを常田克人に引き渡した上でプレッシングに出ているので、リスク管理もOK。このあたりの連動性が高まってくると、ある程度のビルドアップなら飲み込んでしまうことができるだろう。奪ったら得意のショートカウンター発動である。

時間の経過とともに、今治は島村がボランチまで降りてくるようになって何度か松本の包囲網を突破することもあったが、形勢逆転までつなげるには至らず。プレッシングが効いていた前半は特に、松本が主導権を握る展開が続いていた。


幸運か必然か

ここまで松本の攻撃と守備の狙いを書いてきたが、先制点は全く関係のないところから生まれた。ビクトルのロングフィードを相手がクリアしそこねると、飯泉と上原の間にこぼれる。相手が少しお見合いしている間に、誰よりも早く反応していた榎本樹が拾うと、そのまま蹴り込んでネットを揺らす。

(小松)蓮と一緒に平行になったらたぶん背負うことが多くなるので、後ろから出ていくのが自分のストロングと考えるのであれば、同サイドを再度走り抜けようがダイアゴナルに走って左サイドに抜けようが、蓮より後ろから出ていけと。

ヤマガプレミアム 試合後監督コメントより

どうやら榎本樹には、事前に小松蓮が競ったセカンドボールを狙う準備をしておくように指示が出ていた様子。
とはいえ、こぼれたボールはかなり弾んでいたので、今節からW杯仕様のボールに変わっていることが少なからず影響しているかも。先んじて行われたJ1のゲームで、新しいボールは以前よりも弾むことや飛びやすい感覚があることを選手がコメントしていた。
ちょっとした運要素もあったとはいえ、冷静にニアサイドを撃ち抜いた榎本樹の冷静さはさすが。段々と身体のキレと感覚が戻ってきているのかもしれない。

やや運要素が強かった先制点に対して、失点シーンは不運と見せかけた必然だったと思う。常田克人が滑ってしまったのは軽率だったと思うが、誰にでもミスはつきものなので責めても仕方のない部分。
それよりも気になるのは、カウンターを受けた際の守備対応。松本が数的優位の局面だったにも関わらず、ズルズルと守備ラインを下げてしまい、バイタルエリアまで侵入を許してしまった。インディオの突進を宮部大己と常田克人で必死に止めたところは良かったが、J3トップクラスのシュート技術を誇る中川をバイタルエリアでフリーにしてはいけなかった。誰か一人ボールにアタックするべきだったし、それがたとえファウルになってイエローカードを提示されたとしても、カウンターの芽を摘むようなプレーが必要だったと思っている。
こういった観点から、防げた失点だったと思うので、不運だったと片付けてはいけないのではないかと。

勝ち越し点に関しては、守備面について触れたときに話しているが、松本の狙っていた形が結実した得点。何より、ここまで数多くのチャンスを作り出しながらゴールという結果が付いてこなかった菊井悠介が決めたことが大きい。彼自身の肩の荷も降りただろう。前線からのプレッシングを起点にした得点というのも菊井悠介らしい。
得点を決めた後、両耳に指で塞ぐようなゴールパフォーマンスは「外野の雑音なんか気にしないぜ」という彼自身の意志表示にも見えた。熱く闘えるファンタジスタとして、これからも我道を歩んでいってほしい。


総括

後半、ガクッと運動量が落ちて、前線からのプレッシングが弱くなった途端に主導権を明け渡してしまったのは気がかりだが、想定の範囲内でもある。今季の松本は、自陣に引きこもっての守備が得意ではない。加えて、プレッシングを成立させるキーポイントは、前線が正しくパスコースを限定してチームとして狙っている場所に相手のビルドアップを誘導できるかどうか。
前線が疲弊してくると、パスコースの限定ができなくなってきて、サイドへの追い込みも破綻してしまうというわけだ。

ただ、今のところはそれでも良いのかもしれない。前線の選手たちがフレッシュなうちに先制点を奪って、キツくなってくる後半は、稲福卓やルカオを入れてやりくりしつつ、最終的には橋内優也に試合を締めてもらう。試合によって、後半から出てくるメンバーが安東輝だったり村越凱光だったり山本龍平だったりするかもしれない。そこは相手に応じたゲームプラン、選手のコンディション次第。

この試合でも途中から出てきた山本龍平が、前線から必死に追いかけ回して相手のパスの出所を抑えに行っていたし、球際の激しい寄せでボールを奪ってイエローカードを誘発したりもしていた。1点差でリードしている試合展開、自分に任された役割を正しく理解して表現できていたと思う。複数ポジションできること、左利きであることは間違いなくアドバンテージで、あとは状況に応じたプレー判断や戦術理解が課題だった山本龍平。その部分が改善されてくると、リードしていてもビハインドでも使いやすい、ベンチに置いておきたい選手になってくるだろう。途中出場からでもチャンスを掴んでアピールを続けていれば、名波監督の起用法を考えればスタメンのチャンスも巡ってくるはず。

ポジション安泰と見ていた常田克人を容赦なくハーフタイムで下げたように、名波監督はドライな一面も持ち合わせる。逆に言えば、フラットな競争を促しているということで、選手を評価する基準は明確だ。

健全な競争がチーム力を底上げし、総合力が試されるシーズン中盤戦以降に差を生むはずだ。今はそれを信じて、一歩一歩着実に階段を上がっていく段階。

挑戦者としての姿勢を失わず、歩み続けよう。


俺達は常に挑戦者


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