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雪舟伝説展を見てきた感想

先日、京都国立博物館で開催している雪舟伝説展に行ってきたので、そちらの感想ですー
これから見に行きたいと思ってる方は、こちらの予習メモもぜひ参考にどうぞ。


全体的な感想

めっちゃ良かった!
お腹いっぱいになれた!

9時半に入場して、閉館の17時半まで、合計8時間、堪能させていただきました…!
いや、8時間いたとか頭おかしいだろと思うのですが、あと30分あっても全然見れました。
めちゃくちゃ疲れたけどね!(。>_<。)

なお、2時間ほどは講演会を聞いてて、席取りのために20分ほど前に会場に行ったので、展示見てたのは実質5時間半程度かなぁ…
そう考えると、あと30分くらい余裕なのは当然かもしれない。
でも、講演会もすごく良かったですー!

第1章の雪舟の国宝含む9点だけでも、すごく良かったですが、その後のボリュームもすごかったですー
途中で「これ多すぎない?」となりましたw
普段、3周くらいするんですが、2周しかできなかった上に、2周目は超適当でした。
もっとがっつり見たかったよー
「8時間もいて言うことか」という感じですがw

ちなみに、9時半入場しましたが、その時点で結構混んでてびっくりしました。
雪舟人気ありすぎ…
水墨画とか地味で渋すぎるのに、みんなそんな雪舟好きなのか…
若い人たちも、帰り際に「雪舟すごいよかったねー!思った以上に楽しめた!」みたいな話をしてるのが聞こえました。

ただ、欲を言えば「雪舟以前の水墨画」を見たかった…!
雪舟が伝説になって、フォロワーたちが雪舟を真似たのはわかるんだけど、じゃあ雪舟以前はどうだったのか、雪舟は何が違ったのか、を知りたかったですねー

まぁでも、それはさすがに贅沢というもので。
今後、また水墨画の展示を見た時に、雪舟との違いを自分なりに見つけていこうと思いました。

雪舟の絵で特に印象に残ったもの

MVP:3 重文 四季山水図

こちら、雪舟が明に渡った時に宮廷に献上したものなんだそうな。
これが一番気に入るとは完全に予想外でした。
ノーマークにも程がある…

何が良かったかと言うと、雪舟の山水の中で一番大きい!
国宝の秋冬山水図とか、同じく国宝の雪舟の絶筆の山水図とかと比べると、だいぶ大きいです。

大きいと何が良いかと言うと「絵の中に入り込んだ感」があるんですよ。

ただ、この感覚を味わうには、視点をなるだけ下げることが重要です。
出来れば、画面の下の方にいる人物と同じ視点に立つと良いです。

閉館間際の空いてる時とかに、ぜひしゃがんで、下から見上げて見てください。
そうすると、そびえたつ山を見上げる形になって、見え方が全然違います!

普通に絵を見ると「絵の中に入り込んだ感」はないので、それほど良さは感じませんでした。

「視点を下げて見上げると、ぜんぜん違う」ということを気づかせてくれたこと。
「絵の中に入り込んだ感」という不思議な感覚を味わわせてくれたことから、この作品がMVPですー

ちなみにさらに4枚のうちどれをMVPにするかは、春と夏で迷いました、
迷った挙げ句、決められなかったw

準優勝:8 重文 四季花鳥図屏風

準優勝はこちらの屏風。
こちら、わかりやすさで一番だと思いますー
雪舟の色彩画は珍しいのでは?

ポイントは、木や岩と、鳥の解像度の違い。
木や岩は線がめっちゃ太くてゴツゴツしているんですよね。

一方で鳥はすごく線が細くて、保護色的な感じになってたりして。
その対比が面白いですー

見ていていろんな気付きがあって楽しい絵でした。

ちなみにこちらの絵、雲谷等益が複製を作ってるのですが、アレンジされて、クセがなくなってまして。
正直、良さがなくなってる気がしました。
まぁ、雲谷等益の方は、保存状態的な面でイマイチだったので、見た時の評価が下がるのは仕方ないのですが、それでも雪舟の方が良かったと思う…

あと、若冲も墨絵での模本があったのですが、脚の描き方がそれぞれ違った感じですー

脚に細かな突起がいっぱいあって、それを点々(点描)で表現してるのですが、

雪舟:割とランダムだけど結構綺麗にまとめてる
雲谷等益:ランダムで雑で適当、雪舟にだいぶ劣る
若冲:めっちゃ整然と並んでて綺麗、若冲らしさが出てる

ちょっと鶴の脚の拡大画像が見当たらなかったので、どれが正しいのかわかりませんが、違いが面白かったですねー、

話が盛り上がった絵:7 国宝 天橋立図

一緒に行った友人と、絵の前で会話が多かったのが天橋立図です。
もうこれは「現実の天橋立と比較する面白さ」ですねぇ。

今と違って、橋立が南北でつながってない点。
おかげで昔は北が栄えてたという話。
じゃあ、今は北側はどうなってるのかということで、グーグルマップの航空写真で調べると、家がいっぱい並んでまして。
まぁそりゃ地形は同じで、この辺は平地で住みやすいんだから、ここが栄えるなーと。

一方、南の方は、たしかに駅があって栄えてるんだけど、面積的には平地が少ないので、グーグルマップで見る感じでは北のほうが家が多い。

という感じで、もう絵そのものの鑑賞というか、古地図を楽しんでる感じ。
さすが、天橋立の地図として描いたのでは、という話があるだけありますね。

あと、南の方にあるお寺は、今も駅の近くにあって、私は以前行ったことがあるので「このお寺行ったことあるよー」という話をしたり。
橋立の先の方にある神社、今は南北がつながってるおかげで南から割とすぐなんで「ここまで歩いていったなー」と思ったり。

天橋立に行ったことのある人は、特に楽しめると思いますー

それから、一番手前の山がなんとなく違和感あるんですよね。
この角度からだとこうはならんやろ的な。
でも、昔の絵って、別に今の絵のような写真みたいなのを書こうとしてるわけではないから、そーいうもんだったみたいですねー

雪舟の絵その他

1 国宝 秋冬山水図

冬の方ばかり語られて、秋の方がぜんぜんイメージないし、次見ても認識できなさそうwww
山水の絵って、よほど特徴がない限り、どーーしても同じに見えてしまいますw

冬の方の断崖の縦線はやっぱり意味がわからないけど、この「意味のわからなさ」が素通りさせない何かになってるんだろうなー

ちなみに意外と小さかったです。

2 重文 山水図 雪舟(拙宗)

この絵も大きめなので、視点を落としてみるのオススメ。
絵の中に入った感ありますー

若い時の絵なので、後の絵に比べて、線が細くて、だいぶ違うなーと思いましたー
でも、こっちはこっちで好き。

4 国宝 破墨山水図

なんかもう抽象画ぽくて正直ワカラン!w
雪舟の国宝と言われてるから喜んで見てるけど、そうじゃないと「???」となりそうw

でもまぁ「これだけでも山水に見えなくもない、無駄を削ぎ落としてるのは面白いな」という風に言いそうではある…

ちなみに自分で賛を書いてて「これがほんとの自画自賛」なこの絵。
中国に行ったよーという意味の「入大宋國」の「入」がめっちゃ濃いんですよね。
めっちゃ強くアピールしてるわけなんだけど、他の人の模本では「入」が濃くなかったのが印象的でした。
そこもちゃんと真似てほしかった!w

5 国宝 山水図

他の国宝に比べて、正直あんまり印象のない国宝。
というか、情報自体も少なめ。

なんでこれが国宝なのかなーと思ってたのですが、雪舟の絶筆で、賛は雪舟の死後に描かれたそうですねー

6 国宝 四季山水図巻(山水長巻)

9時半くらいに入ったのですが、山水長巻のあたりは結構並んでました(。>_<。)
まぁ、閉館間際にゆっくり見たのですが…

全部見ようとすると3回行かないといけないぽい。

原寸大で全部を見れるパネルがあって、それ見るのも面白かったですー

模本が2つあるのですが、雲谷等益のは「なんか雑では?」と感じました。
狩野派の模本は雲谷等益のより良かったと思いますー

船や家の描き方の直線に注目すると違いがわかりやすかったです。

9 国宝 慧可断臂図

これも視点を落とすと洞窟感が増して良かったです。

横顔なのに正面から見たように描かれてるのが面白いですねー

「顔正面だよね」というのがよくわかる雑コラw

当時の人はキュビズムをやっていた、と解説してた動画もありました。

しかし、慧可の表情が痛そうじゃなく平気そうな顔してるんで、切り落とした後に持ってきたのかなぁ…
とりあえず止血はしてそう。

というか、達磨の方も、弟子入りしたいからといって、急に手を切り落とされても困るだろwww
と思いきや、それで認められて弟子入り許可とか、禅の世界はわけわかんないよ!w

35 重文 四季山水図巻(山水小巻)

山水長巻に比べて短いんだけど、それでも結構長い巻物。
狩野派による写しもあって、それら2つが全部展示できるように、めっちゃ長い展示ケースがあります。
その展示ケースについて質問されてた方がいたのですが、どうもこの展示ケースは、今回のための特注なんだそうな。

ちなみに山水小巻の雪舟筆の方の最後には狩野探幽がなんか色々書いてるのですが、この絵に関して「神絵」という表現してました。
この手の表現って、当時からあったんだなーとか思いましたー

ちなみに模本の方の質は高かったです。

雪舟以外の作家

円山応挙の山水画が印象的

いや絶対墨こぼしたでしょコレwwww

うーん、墨をわざとこぼして、そこに合うように山水描いたのかなぁ…

曾我蕭白は面白いけどじっくり見る時間がなかった

個人的に好きなのは曾我蕭白。
個性が出まくってて、なんだこれという絵も多いので、じっくり見たいんですよねー

画像の絵は、三保の松原の屏風絵なんだけど、右隻に虹を描くことでバランス取ってるのは面白い。

ただ、今回は目的が雪舟展だったので、雪舟優先した結果、あんまりじっくり見れませんでした。

見れるのが9時~17時半までで、9時半に入場して閉館までいたのに時間が足りなかったとか、なんやねん自分…
まぁいつものことだけどね!(。>_<。)

なお、他にもっと強烈なのもあったので、そっちも紹介したいのですが、画像見つからなかったです(。>_<。)

狩野探幽はなんかわからんけどやっぱり上手い

適当に色々見てたのですが、なんかわからないけど、狩野探幽はやっぱ上手いなーと思いました。
というのも、狩野派の山水屏風が集まった部屋で、同じ狩野派の狩野興以の屏風があったのですが「なんかイマイチ」と感じたのですよ。
一方、探幽のを見ると「なんかこっちの方がいいな」と感じたのですよ。

なんなんだろうなーと思ったけど、構図力なのかなぁ…
探幽の絵はメリハリが効いてて、どこ見ればいいかわかりやすかったんですよ。
一方で、興以の絵は全体がぼやけてる感じでした。

出来れば両方の画像貼りたかったんですが、狩野興以の方が見当たらなかったので、上の画像は探幽の屏風です。

下側は右隻なのですが、左の方にある変な形の岩のおかげで、ちょっと目が留まるんですよね。
犬みたいに見えるし。

で、上側の左隻の左端には五重の塔があって、結構適当に描かれてるんだけど、なんかメリハリが効いてて良い。

こうやって比較すると面白いですねー

あと、今更ながら、狩野探幽って名前かっこいいな、とか思いましたー
なにせ「幽を探す」ですよ!

◆幽の意味
奥深くもの静か。暗い。人の容易に知りえない深みがある。
 「幽境・幽谷・幽邃(ゆうすい)・幽静・幽玄・幽艶(ゆうえん)」

絵師として、人の容易に知りえない深みを探すとか、かっこよすぎです!
名前負けしてないし。

というわけで、今回の展示で探幽が好きになりましたー

もう雪舟関係ないのでは? というのも多い

三保の松原と富士山の構図は雪舟のものが引き継がれていて、その絵がたくさんあったのですが、もうこれ、雪舟がどうとかいうより「この角度から見るのが一番の映えスポットだから、みんな描いてる」というだけでは、と思ってしまいましたw

狩野芳崖の寿老人の絵とか、雪舟が梅と寿老人描いてて、狩野芳崖もそれを描いてるわけだけど、だからといって、これが雪舟ぽいかというと…うーんw

その他、「いやまぁ雪舟といえばそうだけど、これ雪舟なら、水墨画全部雪舟じゃない?」というのがあったりw

講演会「どうして雪舟?」

無料で参加できる講演会があったので、2時間がっつり聞いてきましたー
お題は「雪舟が神格化されてるけどなんでなん? みんな思考停止してへん?」という、割とタブーにふれる講演会でおもしろかったですー!

雪舟は画聖でカリスマでないと困る

いやもう、「国宝がすごいのはなぜ?」となると、大半の人は「国宝だからすごい」となってるわけじゃないですかw
雪舟の絵だって、国宝と重文の差とか正直ワカラン!

みんな「雪舟いい」と思ってるけど、ほんとに?
割と「みんなが雪舟いいと思ってるから、雪舟いいと思ってない?」と。
なんとなーく思ってたけど、敢えて見ないようにしてた疑問に触れてくれました。

いやー、かなり切り込んでて面白かったです。

抜きん出て何かがすごいかというと、分析すると、そうでもない。
ただ、素通りさせない何かがあるのは確か。

問題は「雪舟が画聖でカリスマ」という大前提を崩すと、とにかくめちゃくちゃ困ること。
なんかどうも、日本人の都合だけじゃなく、欧米人的にも「啓蒙思想のあらわれで、禅とか和的なものを代表した芸術家」という偶像が必要らしく。

もちろん、日本人的にも「近代国家であるために、過去の偉大な芸術家が必要」ということで、画聖として崇められてた雪舟像が必要で、これ崩すともうとんでもないことになっちゃう。

とにかく、雪舟には「すごい人」でいてもらわないと、色んな人が困っちゃうw

ちなみに「画聖」という言葉も、割と色んな人に使われてたらしいけど、いつのまにか死語になってたらしく。
それが21世紀になって、雪舟に限って復活したそうな。

自画像の存在も大きい

あと、雪舟は自画像があったというのも大きいみたいです。
外人が評価する際に、自画像あるのとないのとで、だいぶ違うみたいで。
まぁ確かに、自画像あって「この人が雪舟」といえると、ぜんぜん違いますよねー

これは講演会でなく、動画で見た話なんですけど、そもそも雪舟自身が自画像をブランディングに使ってたんですよね。

1時間29分40秒くらいから3分ほど

日本で書いてるのに、わざわざ明の僧のコスプレして自画像を書いて。
さらにそれを弟子が明に渡る時に持たせて、明で賛を入れてもらって、持ち帰らせる。
これで、本場の賛が入った自画像の完成!
本場で評価されたことを徹底アピール。

いやー、他の人はなかなかこんなことしませんよ。

もう雪舟自身が、ブランディングするために自画像を使ってたのは明白です。
そして、それが現代の世につながってるんだから、雪舟の先を読む力すごい!
現代の外人ウケまでは考えてないだろうけど、後世に残すことは考えてそうですね。

なので、これは私の解釈ですが、雪舟自身がちゃんと計算してブランディングをしてたから、というのも大きいと思います。

「絵だけでなく、ブランディングの天才でもあったから」というのが、「どうして雪舟?」の答えなのかもしれません。

そもそも雪舟は芸術家なのか?

結論としては、芸術家というか、漢画職人。
幕府とか寺社とかに飾る絵には色々決まりがあって、その決まり事にそった絵を仕上げる絵師。

芸術家って、なんかこう、己の中から湧き出る何かとか、伝えたい何かを形にする的なイメージありますよね。
そーいうのではないわけで…

というわけで、雪舟展にいった岡本太郎さんは「雪舟は芸術家ではない」みたいなこと言ってたそうな。

この辺、日本の昔の絵に関してなんとなーく感じてたことを上手く言語化してくれて、大変にありがたかったですー!

ただ、職人とはいえ、やっぱり個性があって、自分の表現したいことをしてる部分もあるはずなんですよね。
そのへんが雪舟の個性であり、素通りさせない何かであり「どうして雪舟?」の答えなんだろうなぁ…

安土桃山時代以降の「どうして雪舟?」

どうも「幕府とかに使う絵の中でちょうどよい見本だった」ということみたいです。
決まりごとの多い漢画の世界なので、お手本が不可欠。
で、それなりに数があって、ちょうどよかったぽい?

ただ、安土桃山時代の当時の時点で、評価は高かったらしく。

雲谷等顔→毛利家から雪舟のお手本をたくさん見せてもらって正式に雪舟流の後継者を名乗る
長谷川等伯→雪舟の子孫とか弟子とかなんかそーいうつながりで雪舟より5代と名乗る

絵師が自分の箔付けするために、それなりの根拠として使ってたみたいです。

ただ、この2人は雪舟と一応関係あるんだけど、雪舟大好きだった狩野探幽はと言うと、よくわからないらしく。
他の狩野派の話によると「探幽は雪舟の奇な部分が気に入っていた」ということらしいです。
ただ、探幽が何考えてたか、どこが好きだったか、そーいうのは探幽に聞かない限りはわからないので、さっぱりわからない…

よくわからないけど探幽が雪舟をお手本にしてた。
みんなが探幽をお手本にした結果、雪舟に関しても思考停止でお手本に。

というような流れらしいです。

世界十大文化人

「雪舟スゴイ!」というのを語る際によく使われるのが、世界平和評議会で選出される世界十大文化人の1人に選ばれたという話。
一緒に選ばれたのは、レンブラントとかドストエフスキーとか、その辺の超有名な人々で、その中に日本からは雪舟が入っていたんですよ。
なんかすごそうですよね。

実はコレ、からくりがありまして。

まず、世界平和評議会がなんなのか。
冷戦時に核戦争回避のために話し合う集まりだったらしく、なんか特に東側の国がメインでやってたらしいんですよ。
これ、実は毎年やってて、その中で「その年に表彰するべき世界十大文化人」というのを選出してたそうです。

また、こーいう感じの集会なので、国際関係的ななんやかんやがあるわけで、おそらくは日本から誰かを推薦して選出するのが決まってたような感じで。

Wikipediaによると

雪舟は外国の切手に描かれた最初の日本人である。
昭和31年(1956年)に開かれた世界平和会議で世界平和文化人として10人が選ばれ、日本から選ばれたのが没後450年にあたる雪舟だった(他はドストエフスキー(生誕135年)、モーツァルト(生誕200年)、ピエール・キュリー(没後50年)、ヘンリク・イプセン(没後50年)、ハインリヒ・ハイネ(没後100年)、カーリダーサ(生誕1500年)、バーナード・ショー(生誕100年)、ベンジャミン・フランクリン(生誕250年)、レンブラント(生誕350年))。
それを記念してソビエト連邦とルーマニアで10人の切手が発行された。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%AA%E8%88%9F#%E5%8F%82%E8%80%83%E4%BA%8B%E9%A0%85

なので、「雪舟が世界的に有名だから」とか「レンブラントやモーツァルトに並んだ!」とか、そーいうわけではなく。
たまたま没後450年なので雪舟になっただけ、という話ですw

「1956年に表彰するべき文化人」で、それが没後450年の節目だった雪舟。
1957年だとまた別の人になってたんですよねー
まぁ、毎年日本から選ばれるわけではなかっただろうから、雪舟を推したかったので、没後450年の年に日本人の雪舟が選ばれた可能性もありますが…

なお、これは講演会とは別の話ですが、2015年にやってたテレビ番組で、当時の中国人が雪舟に注目していたという話はあります。
なのでまぁ、決して日本以外で無名ってわけでもないんですよねぇ。
1956年当時はどうだったかは知りませんが…

それにしても、自国の文化力を主張する必要のある日本人でもなく、禅とか日本的なものを求める欧米人でもなく、中国人が「当時の中国らしさ」を求めて雪舟にいきついてるのは面白い話ですねー

自分の中での答え

自分の中で「どうして雪舟?」の答えを見つけるには、とりあえず雪舟より前の水墨画もひととおり見てみて、雪舟との差を理解しないことにははじまりませんね…

今回、雪舟伝説展を見て、たしかに良いものだとは思いました。
特に明で献上した四季山水図の「絵の中に入ってる感じ」は面白かった。
でも、それって他の人達の水墨画でもあるのか比較しないと、なんともですね…

ただ、四季花鳥図屏風では、雲谷等益の写しより、雪舟のオリジナルの方が断然いいと感じたわけで。
やっぱ「素通りさせない何か」があるわけで、それが「雪舟いい!」になってるんじゃないかなぁ、とも。


以上、雪舟伝説展の感想でしたー!
興味のある方は、ぜひ京博に行ってみてくださいー

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