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【書評】原田マハ『フーテンのマハ』 旅をしたいよ

 p.11
  人生で失くしたら途方に暮れるものは何か? そんなふうに誰かに訊かれたら、私は迷わず答えるだろう。
 それは旅。
 旅が好きだ。「移動」が好きなのだ。移動している私は、なんだかとてもなごんでいる。頭も心もからっぽで、心地よい風が吹き抜けていく。

 いきなり引用から始めてしまいましたが、皆さん、旅はお好きでしょうか。
 嫌いな人は、少ないかもしれませんね。
 社会人になって、なおのことそう思うようになりました。
 旅というのは、いつだって非日常。
 平凡な毎日に差し込まれるスパイスは、美味なるものです。
 ああ、旅がしたいよ。

 「フーテン」のマハを自称する原田マハさんと、そのご友人御八屋千鈴さんの旅エッセイとなっています。
 舞台となる都市は、青森、岐阜、鳥取、別府、会津、高知、遠野、新潟、神戸、福岡。いえいえ、日本だけではありません。
 パリ、西安、ナポリ、天津、マラガと世界中の都市が舞台となっております。世界を相手に仕事をしてきた、マハさんだからこそ書ける、そんなエッセイと言えるでしょう。

 マハさんの旅は、特にテーマも目的もなく、大体の行く先だけを決めて、いきあたりばったりなものが多いそうです。
 私も、全く初めて行く場所ならともかく、あまり何も考えずに旅をすることが多く、マハさんとは親近感を覚えました。
 しかし、マハさんが小説家だな、と思うのは、そういった何気ない旅の中でも、流れる時間をつぶさに観察するところなのです。

p.54
 旅の最中、私はバスや電車など公共の交通機関での移動を何よりも好む。移動しながら地元の人々の様子を眺めたり、何気ないおしゃべりを耳にしたりするのが楽しいからだ。どうってことのない会話にその人のキャラクターや暮らしぶり、ときには人生がにじみ出ていることがある。私は日の当たる窓際の席に陣取って、流れゆく風景を眺めながら、前後左右から聞こえてくるローカルな会話を耳に、その人の人生に想いを馳せたりする。そういうときに、ふっと物語の欠片のようなものが浮かび上がる。それは大河ドラマや手のこんだ推理小説になるものではないかもしれないけれど、ささやかな人の営みの風景を描くのにとても役に立つ。どこかで暮らす誰かの小さくも愛おしい物語が、私の中で発芽する瞬間は、こうして旅先の移動中にふっと訪れるのだ。

 こういった姿勢を見習っていきたいですね。

 本作は『カフーを待ちわびて』『旅屋おかえり』『ジヴェルニーの食卓』『楽園のカンヴァス』『たゆたえども沈まず』といった、数数のマハさんの作品の制作秘話が含まれています。
 マハさんの作品を沢山読んできた方にこそ、ぜひともこの作品を読んで欲しいですね。とりわけ、デビュー作の『カフーを待ちわびて』に詳しく、またまた読み返したくなります。
 アート小説以外にも名作が多いんだよな。マハさんは。

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