ミス・サイゴン観劇感想①

こんにちは、雪乃です。ミス・サイゴン、今年も観てきました。

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 10年前の青山劇場で初めて観たミス・サイゴン。もうあの日から10年経ったのか、と色々と感慨深いです。
 私にとっては初めて観た東宝ミュージカルであり、最初で最後の青山劇場での観劇となった作品。日本初演を観劇している母にとっては、初めてミス・サイゴンを観た日から今年で30年。母にとっても私にとっても、感慨深い「サイゴン・イヤー」となりました。

 私が最後にこの作品を観たのは2014年。それからは大学受験や就活と重なってしまって観劇を断念したり、なかなか行くことのできなかった作品。まさしく待望の再演でした。

 実に8年ぶりに観たミス・サイゴン。やっぱりすごかったです。今回は2階席から観たのですが、オケの聞こえ方がすごく良い。舞台全体の色彩や照明もじっくり見ることができました。サン・アンド・ムーンの、まるで世界にキムとクリスしかいないような、清らかささえ感じさせる美しい照明。バンコクの歓楽街の猥雑なネオンの並びはビビッドで生々しく目に映りました。

 そしてミス・サイゴンといえば、なヘリコプター。今回は振動と、そしてオケが聞こえにくく感じるほどの轟音によって鳥肌が立ちました。映像もいいですが、やはりあのシーンはがっつりヘリが出てくれた方がリアリティが増します。

 モーニング・オブ・ドラゴンのダンスシーンは迫力満点。ドラゴンダンサーのアクロバットから、ミュージカルらしいダンスシーンというより演舞に近い硬質で統率の取れた振り付けを楽しむことのできるナンバーでした。

 ちょっと話が逸れるんですが、8月11日にツイッターで「#稔さんの命日」というタグがトレンド入りしていました。
 稔さんとは、朝ドラ「カムカムエヴリバディ」の登場人物。ヒロインである安子と恋に落ちて結婚するも出征、ついには妻と生まれたばかりの娘・るいを残して戦死してしまう……という役どころでした。
 あのタグでカムカム関連のツイートを久しぶりにじっくりと読んだのですが、読めば読むほどに「あの時代の日本には、どこにでも稔さんや、安子ちゃんや、るいちゃんがいたんだろうな」と思えて。そんなことを考えてからミス・サイゴンを観たら、あの時代のベトナムには、きっと他にもたくさんのキムやクリスやタムがいたんだろうなと思えてきて、本当に胸が潰れる思いがしました。

 さて、キャスト別感想です。今日13:00公演のキャストはこちら。

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 まずはエンジニア!市村エンジニア、言わずと知れたミスター・サイゴンにして生きる伝説。10年前に初めて観たミス・サイゴンでも市村エンジニアを拝見し圧倒されましたが、今なおエンジニアとして進化し続ける超人でした。今日本初演の音源を聴きながらこの記事を書いているのですが、声がほぼ変わっていないのもすごいです。たった1人であの帝劇の大きなステージを埋める、アメリカン・ドリームのシーンは圧巻。
 エンジニアは、明確に劇中で年齢について言及されることがないキャラクターです。プログラムのエンジニアキャストの対談を読むと各々の中で設定が決まっているようですが、わりと何歳でも物語的には成立する独特なキャラクター。
 だからでしょうか、今回のエンジニアはミス・サイゴンという物語の登場人物の1人でありながら、同時にこの作品の象徴であるようにも思えました。
 エンジニアはアメリカに行くことを切望していることが劇中で一貫して描かれています。しかしアメリカン・ドリームで見た夢は儚く消えてしまう。物語のラストを見ても、エンジニアがアメリカに渡ったかどうかは明確には明かされない。しかし今回エンジニアというキャラクターをあらためて見て、やはり彼はアメリカ行きを切望しながらも叶わないという運命から逃れられないのかもしれないと思いました。その一方で、ずっとこのミス・サイゴンという空間にいてくれるような安心感すら感じてしまって。そのあたりも含めて、やはりカーテンコールで最後に登場するのがキムではなくエンジニアであることに必然性があるんだ、と思いました。

 次はキム。屋比久キム、ずっと見たかったのですが今回ようやく拝見できました。いや〜〜〜〜歌がとにかく上手かった。すごい。火がついたサイゴンで聞くことのできるキムの第一声から、もうめちゃくちゃ上手い。帝劇の天井にまで届くのびやかでまっすぐで力強い歌声がとにかく印象的。台詞の声と歌声、そして叫び声にまで、すべての声に切れ目や境目がない点においてはまさしくミュージカルの化身ともいうべき姿でした。
 一言で言えば、これぞキム、というキム。私の中にあったキム像そのものでした。
 ドリームランドに来たばかりの彼女は少女という以上に「子供」に見えました。しかしそんなキムは故郷から逃げてきてすぐにドリームランドに放り込まれ、子供のまま大人にならざるを得なかった女性。ゆえにキムの中に、子供と大人の間の空白ができてしまって、その空白を満たしてくれる存在がクリスだったんだろうな、と解釈しました。クリスを愛すると同時にどこか庇護を求めているように見えながらも、恋に落ちる展開にはすごく説得力がある。とにかく素晴らしいキムでした。そしてキムが「子供」として始まるからこそ、キムが短い時間の間に大人に、そして母になっていく展開もより一層の強さを伴っていました。このキムと出会えて良かったです。

 クリス。今日は小野田クリスです。思わずトキと呼びたくなりますが今日はクリス。
 やっぱりこの方の歌もお芝居も大好きだなあと思えるクリスでした。トニーやアンジョルラス、トキ、そして今回のクリスを拝見して思ったのですが、小野田さんが人間の悲しみや痛みをヒロイックにも、等身大にも演じることができる方だなと。そのお芝居に深みをもたらすあの歌声も大好きです。
 冒頭のクリスは、いっそキムより無垢にすら思えてしまうほどの青年。キムにとる態度のひとつひとつがとにかく優しげであると同時に、救いに対する渇望が垣間見えて、こちらもやはりキムと恋に落ちる展開に説得力がありました。
 で、2幕ですよ。2幕ですよ。大事なことなので2回言いました。アメリカに帰国しエレンと結婚するも、ずっと悪夢にうなされ続け、そしてバンコクに向かったクリス。キムと会ってしまったエレンに過去を吐露するシーンで見せる、あまりにも脆くて小さな姿。クリスにとってはキムへの愛も戦争も、支えてくれるエレンへの思いも、全部が真実で、でも真実すぎたんだろうと思います。だからこそ極限状態の中では誰かに救いを求めるしかなかったんだろうなと思わせてくれるクリスでした。
 いやでもやっぱり私はクリスが許せねえんだよな〜〜〜〜!!!申し訳ないけどな〜〜〜〜!!!!!

 気を取り直してジョンに行きます。上原ジョン。2012年と2014年にも同じお役で拝見していますが、一層深みが出て、何より冒頭のシーンのノリがさらに凄いことになっていました。ジュウザかと思った。
 火がついたサイゴン、なんていうか、辞書で「羽目を外す」という項目を引いたらこのシーンのジョンが出てくるんじゃないかってぐらい凄かったです。あんまり上手く言えないけど。
 そんなドリームランドのシーンから一転、クリスと電話するシーンでは真面目な軍人になっていて、ギャップに驚かされました。
 そしてジョンといえば、やはり名曲ブイ・ドイ。アメリカの兵士とベトナム人女性との間に生まれた子供「ブイ・ドイ」を救うべく奔走するジョンが歌い上げる圧巻のナンバーです。
 ロンドン版の音源を聞くとこの曲はソウルフルに歌い上げているのですが、上原ジョンの場合は語りかけるように歌い始めて、次第に感情が込み上げてきて歌い上げる、という形。歌いながらネクタイを少し緩め、ジャケットのボタンを外す、といった動作からも、ジョン自身がブイ・ドイを取り巻く現実に耐えられなくなっていく過程がしっかりと見えました。
 そんなジョンですが、今回一番好きだったシーン。それは、クリスとエレンが、「キムはバンコクに残してタムをアメリカンスクールに通わせ、自分達は生活費を援助しよう」と話し合うところ。ここでジョンが「ご立派だな」と吐き捨てるんですよ。きっとそれではキムは救われない、でも自分にはどうすることもできない。やるせなさや憤り、行き場のない感情がすべてこの言葉に込められていて、記憶に残るシーンでした。
 もうひとつ好きなのが、キムが拳銃で自分を撃って倒れ込むシーン。ここで、ジョンは倒れ込んだキムをエレンに見せないよう、咄嗟にエレンを庇っていました。あの咄嗟の行動にもジョンの人間性が滲み出ていて、すごくグッとくるシーンでしたね。

 エレン。今日は松原エレンです。思わずマミヤと呼びたくなってしまいますが今日はエレン。
 クリスと結婚しながらも、彼の心のある部分にだけは立ち入れない苦悩を抱えた人、それがエレン。
 バンコクでキムと会ったエレンが歌うナンバー、メイビー。「望むなら彼女の元へ」と歌いながらも、「私が身を引く」みたいなスタンスには感じられなくて。クリスへの愛という、キムと同じ矜持を持つからこそ歌い上げることのできるナンバーでした。このシーンのエレンは愛の象徴のようにも思えて、しかしクリスの前では彼を問い詰め、葛藤し、しかし過去を吐露するクリスを抱きしめる。決して女神ではなく、1人の人間として誰かを愛しているからこそ、譲れないものがある。そんな等身大のエレンでした。
 ミス・サイゴンは、拳銃で自殺したキムを前に、クリスがキムの名前を叫ぶという形で終わりを迎えます。しかしその後ろで、エレンがタムを抱き上げているんですよね。ここのシーンに、一筋の救いが感じられました。

 次はトゥイ。私、ミス・サイゴンで一番好きなキャラクターがトゥイなんですよ。ミス・サイゴンを初めて観たときに、「これ、トゥイの方がクリスより良くないか?」と思ってからずっとトゥイ推しです。
 今回は神田トゥイ。ずっと聴いていたくなるような美声のトゥイでした。
 ドリームランドまでやってきてキムを連れ戻そうとするシーンのトゥイは、クリスとの対比やキムから拒絶される描写と相まってヒールにも見えてしまうのですが、そんな中にもちゃんと自分達が戦ってこの国を良くするんだ、というような志が感じられました。トゥイってのちに人民委員長になっていることから考えても、本当にちゃんと理想や志を持って行動できる人だと思うんですよ。
 で、そんなトゥイにとっての理想的な世界の象徴がキムだったんじゃないかと。だからキムがアメリカ人のクリスと愛し合っている事実は度し難いものがあったんだと思います。
 今回一番泣いたのが、戦後にキムを見つけ出したトゥイが、キムから息子タムの存在を明かされるシーン。タムを目にしたその瞬間、何か糸が切れたように、トゥイがその場に崩れ落ちたんです。ここで涙腺崩壊。トゥイの中で、理想の世界が砕け散ってしまった絶望が、台詞や歌詞がなくとも痛いほどに伝わってきて。このシーンは嗚咽が止まりませんでした。
 一度は部下にキムの銃殺を命じるも、その命令を取り下げたトゥイ。そんな彼は、タムを守ろうとしたキムによって殺されるという最期を遂げます。トゥイが事切れる直前、キムの頬に手を添える一瞬でまた泣きました。
 トゥイの死後、トゥイの遺体は部下によって発見されます。そのとき、部下がちゃんとトゥイの目を閉じさせてあげて、手も揃えて、その上で泣き崩れるんですよ。このシーンが本っっっ当に大好きで。トゥイにはその死を心から悲しむ部下がいたことがわかるシーンです。思い出したら涙出てきた。

 さて、最後はジジ。ジジがメインとなるナンバー・我が心の夢では、地声から裏声までがすごく綺麗で。悲痛な声から始まるからこそ、そこから美しい歌声になるコントラストも含めてすごく好きなジジでしたね。アメリカに行くことを望み、「いい奥さんになるから」と言うシーンや、咄嗟にキムを守ろうとする一瞬の動きにも、ジジの脆さと強さが詰まっていました。

 わ〜〜〜キャスト別感想を書いていたらもう今日が終わりそうです。とりあえず今日はここで一旦切ることにします。

 本日もお付き合いいただきありがとうございました。

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