「へんないきもの三千里」の感想文をリベンジしたい件

 こんにちは、雪乃です。突然ですが、皆様、初恋の本はあるでしょうか。私にはあります。それが、「へんないきもの」です。小学生の時に、もともと図鑑が大好きだった私に両親が何を思ったかプレゼントしてくれたものです。今になってみると小学生にプレゼントして良いんか?と思わなくもないですが。

 内容も勿論ですが、私が好きになったのは著者である早川いくを先生の書く文章。あの文体が大好きで、学校に持って行って何度も読み返していました。

 そんな中、「へんないきもの」のスピンオフ的な小説が発売されます。それが「へんないきもの三千里」です。爆速で購入し読んだ私は、夏休みの宿題である読書感想文の題材としてこの本を選びました。
 我が小学校には読書感想文コンクールのほかに校内で表彰する制度があったのですが、当時の感想文は箸にも棒にも掛からぬ結果に。余談ですがコンクールで一番良いところまで行ったのは「アンネの日記」で書いたときです。

 そういうわけで、あの頃の未練を晴らすべく、インターネットという場をお借りして読書感想文にリベンジしたいと思います。あとは単純に久しぶりに読み返して面白かったので普通に感想が書きたくなっただけです。

 まずは「へんないきもの三千里」のあらすじから。主人公は、大手リゾート開発会社の社長令嬢である小学生・芦屋ユカリ。彼女はクラスメイトの西園寺カズヤに片思いしており、なんとか彼を振り向かせようと、日々様々なおまじないを試していました。
 ある日、同じくカズヤに思いを寄せる同級生とカズヤの会話を聞いたユカリは、恋敵に先を越されてなるものかと、古本屋で見つけた本に書いてあった怪しげな恋の呪法を試すことを決意します。その呪法というのが、なんと蛙を舐めること。しかもユカリの兄・正彦の趣味は爬虫類や両生類の飼育。生き物が大の苦手であるユカリでしたが、意を決して兄が部屋で飼育していた蛙を舐めます。
 するとユカリの意識は遠のき、目を覚ますと目の前には巨大な蜘蛛がいました。なんとユカリは自然界にトリップしていたのです。ユカリの、人間の世界へ戻るための冒険が始まります。

 まずは主人公のユカリについて。彼女は大企業の社長を父、ジュエリーショップの経営者を母に持つセレブ娘として高額なお小遣いをもらってはファッションにつぎ込む生活をしていました。しかしいけ好かないヒロインかと言われればそんなこともなく、基本的には負けん気が強く、未知の生き物相手にも堂々としているキャラクターなので、見ていてとても気持ちが良いです。雑誌の占い結果に一喜一憂し、恋に突っ走り、部屋の中で妄想をして足をばたつかせるその姿に、小学生だった私は少なからず共感して読んでいました。大人になってから読むと、本当に、ユカリがすごく可愛いんですよね。改めて好きなヒロインだなあと思います。

 本作はユカリの冒険が主軸ですが、それと同時に、芦屋家というひとつの家族の物語でもあります。
 ユカリが自然界にトリップしている間、人間の世界では、とんでもないことが起きていました。ユカリが倒れたことで彼女は緊急搬送され、検査で薬物に似た成分が検出されてしまうのです。そう、成分の正体はあの蛙。しかしこの時点ではまだユカリが蛙を舐めたなんて家族は露ほどにも思っていないわけで、その話は「薬物疑惑」としてマスコミに広まってしまいます。
 セレブでラグジュアリーな「マダム・シヅコ」のキャラクターでテレビ出演し人気を得ていた母・志津子はワイドショーで娘の薬物疑惑がスキャンダルとして報じられる日々。父の真三は不倫相手にして実はスパイでもあった秘書・奈美の暗躍もあり、社長職を解任されます。
 そもそも薬物疑惑がどうしてマスコミに伝わったのかというと、母の志津子が信仰していた新興宗教「御多福教」が関わってくるのです。
 教祖であるお多福様は、志津子本人から聞き出した情報を週刊誌記者に流していました。しかし志津子はそんなことは知らない。ただお布施をするだけです。それがユカリを、自分自身を救うと信じて。
 御多福教が大きく関わってくるのは志津子と教祖が面会する場面だけなのですが、御多福教の設定もかなり作り込んであります。「お多福さまの思い出」といった書籍名から、教祖の語り方まで。教祖は仏教用語を並べてそれっぽく言っているだけで、志津子に対して実は「お布施をしろ」としか言っていない。読者として客観的に見ると張りぼてのような教団ですが、「それっぽく」見せるディテールは、ここだけ読んでもしびれるほどです。
 作中で志津子と真三の夫婦関係は冷え切っています。しかしその一方で、二人がそれぞれの事業で目指しているビジネスの方向性が二人とも「会員制」であることは共通しています。なんだかんだで似た者夫婦なんでしょうね。

 いきもの以外のパートも充実していますが、本作はやはりへんないきものシリーズの一部。生き物の解説パートの面白さはそのままです。驚くべき生態や衝撃的なビジュアル。生き物たちの生きざまがストーリーとうまく絡み合い、ユカリの負けん気の強い人間性と独特の化学反応を起こしているとことが本当に面白いです。最初から最後まで、へんないきもののオンパレード。「三千里」は小説ということもあり生物たちは皆台詞があります。しかし、作中で一度ペットとして人間に捕まり、その後自力で逃げ出したヒョウモンダコなど、人間に振り回され、まなざされる「いきもの」への視点は、「へんないきもの」シリーズに通底するものかな、と。

 ユカリの父はリゾート開発を手掛ける企業の社長ですが、その調査に赴いた社員たちの会話から「自然」という言葉、「自然を楽しむ」という行為が孕む矛盾が可視化されています。「またまた へんないきもの」掲載のコラム「さよならへんないきものたち 絶滅恨み節」でも書かれていたテーマですが、台詞として発せられると、生々しいという言葉で片付けてはならない人間の傲慢が見て取れます。

 ユカリは人間の世界へ帰るため、海にある「知恵者の森」を目指すことにします。その過程で、彼女は「生き物の食べ物は生き物」という当たり前の、しかし案外認識しづらい事実を学びます。眼の前で捕食される生き物たちを目の当たりにし、友達になった魚・ギンポを失いながらも、彼女は知恵者の森を目指し続けます。そしてユカリは、稚エビを捕まえて食べることもするようになるのです。生き死にや食べる行為の本質に触れていく過程は、そのままユカリの成長譚なのです。
 ユカリがエビを食べるシーンは、子ども心に衝撃的でした。しかし同時に、エビの描写を、とてつもなく美味しそうだと感じました。「食べる」という行為は、「命を奪う」こととイコールで結ばれます。その視点をユカリが自覚し、生き物として成熟する。私が一番好きなシーンはここかもしれません。

 そして物語は深海へ。生き物が生きる環境としては、地球上でもトップクラスに厳しいであろう深海です。
 ユカリが目指していた「知恵者の森」の正体はハオリムシでした。体内にバクテリアを住まわせ、そのバクテリアに硫化水素を分解させることで栄養を得て生きています。命のやりとりに触れてきたユカリが最後に出会うのが、命を食べずしてエネルギーを得るハオリムシというのが面白いです。ユカリは知恵者たるハオリムシたちからのアドバイスを受け、今自分が魂だけが体から抜け出ているような状態であることが分かります。そして自分の肉体へ帰るべく、「海の湖」に飛び込もうとします。しかし飛び込む直前、ユカリにこみあげてきたのは躊躇でした。人間の世界で勉強に追われたり、人間関係に気を揉んだりするくらいだったら、いっそ生き物の世界で暮らした方が良いのではないか、と。

 目を奪うような海中のさまざまな景色が目の前をよぎった。そして出会ったさまざまなおかしな生き物たちの姿、その生き様がまざまざと心に蘇った。ユカリは天を見上げた。そこには虚無が広がるばかりだった。あの暗黒のさらに向こうに豊かで美しい世界がある。美しい生き物、おかしな生き物、身の毛もよだつ生き物がひしめく広大な世界。今、地を蹴ってまっすぐ天に向かって泳いでいけば、またあの美しく、豊かで、喜びと興奮がないまぜになった、常に生命の喜びがはじけているような世界に帰ることができる。
 ユカリはしばらく天を仰ぐように考えていたが、やがて首を振った。だめ、だめよ。所詮あたしは……、
 ニンゲンだもの。
(350~351ページ)

 名文過ぎたので引用しました。毛嫌いしていたはずの「生き物」たちと関わり、生き物たちにもそれぞれの人生があることを学んだユカリ。そんな生き物たちの世界に愛着を覚えながらも、それでも彼女は、本来この世界の住人ではないことを受け入れるのです。

 前述したように、最終的にユカリは人間の世界に戻ってくることが出来ます。ユカリが倒れたことは薬物ではなく蛙を舐めたからだということが分かり、やがて芦屋家のスキャンダルも忘れ去られて行きました。

 学校ではクラス委員の選出が行われています。ユカリは、以前は押し付けられて嫌々やっていた飼育栽培委員に立候補。そして男子の飼育栽培委員は、なんと片思いの相手である西園寺カズヤでした。

 物語は、ユカリがカズヤと会話をするシーンで終わります。おまじないに頼るばかりだったユカリは、カズヤと臆することなく話せるようになっていました。そしてユカリは、カズヤに生き物が好きかどうかと訊かれて、笑顔でこう答えます。「あたしもよ」と。

 「小六の恋」という章タイトルで始まった「へんないきもの三千里」。最後はきちんとカズヤとの関係が発展したことを示唆して終わるのがすごく好きです。カズヤと話しているときのユカリの態度も、友達を話しているようなノリで、ここもユカリの成長が見て取れて良いですね。

 人間が一番「へんないきもの」なのかもしれない……と言ってしまえば月並みな表現ではあります。しかし、混乱する人間模様と凄絶でありながらどこかこざっぱりとした生命の生き様の対比から見えてくる人間たちの在り方は奇妙で、でもだからこそユカリの存在が愛おしく感じ、また家族の再生が浮かび上がるのです。

 長々と書きましたが、何度読み返しても面白い、大好きな小説です。満足したのでこのあたりで切り上げたいと思います。本日もお付き合いいただきありがとうございました。

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