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数学の教科書から短歌を探し出した話

 こんにちは、雪乃です。突然ですが皆さま、数学は得意でしょうか。私は苦手です。どれくらい苦手かというと、高校時代マジで1桁の点数を取ったことがあるレベルです。当時はあまりにも低すぎる点数に逆に開き直ってしまい、もはや爆笑しながら親に答案を見せた記憶があります。

 そんな私は、逆に国語はなんとなく得意だったので、大学の日本文学科に進学。中学生で「うた恋い。」にハマって短歌に出会い、高校時代にアングラにかぶれたことで寺山修司の歌集を読みふけっていた私は、最終的に万葉集で卒論を書きました。

 そんな折、私は「偶然短歌」というものを知ります。Wikipediaの文章から5・7・5・7・7の短歌のリズムに偶然なっている箇所を抜き出したものです。
 予想外にエモかったり面白かったりする偶然短歌に触れたことで、こんなことを考えました。
「これ、もっと短歌と遠い位置にありそうなものでやったらどうなるんだろう」
 
この疑問の答えを解き明かすべく、私は自分の部屋にある本に目を向けました。そして、一部だけ保管してあった高校時代の教科書が目に留まりました。
 大学入学前に高校の教科書のほとんどは処分してしまったのですが、何かに使うかもしれないと思って、日本史や世界史、英文法の教科書などは部屋に置いたままにしておいたのです。その中には数学の教科書も含まれていました。
 日本史や世界史であれば、短歌になっている箇所は多そう。でもそれだと意外性に欠ける。ということで、数学の教科書から短歌を見つけ出すのはどうだろうかと思いつきました。

 ……こんな風に書くと真面目な企画のように思われるかもしれませんが、「数学の教科書から短歌抜き出したらウケんじゃね」みたいなふざけたノリで考えたものです。

 こちらが今回使用した数学の教科書。数研出版のものです。

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 3年間愛用……してはいませんでしたね。むしろ数学に村でも焼かれたのかというくらいには憎しみをぶつけていました。というか、単に意味が分からなかった。

 そんなこんなで、ノリと勢いで実行に移したので、その過程と結果をお見せできればと思います。

調査方法

 今回頼りになるもの。それは、

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 声です。歌における「5・7・5・7・7」とは、本来文字の数ではなく音節の数。私がひたすら高校時代の数学の教科書を読んで、短歌になっていそうな場所を見つけ次第、音数を声に出して確認、記録していきます。

 また、今回は短歌の抽出に当たって、いくつかルールを設けました。

・調査対象にする教科書は数学Ⅰ・数学A・数学Ⅱ・数学Bの全4冊。
・字余り・字足らずは、1句につき1音までは可とする。
・単語が句を跨いでいるものは除外する。ただし、2つの単語が結びついて1つの語になっているものは、元の単語の形に分解される形で句を跨いでいれば可とする。
例:「番号札」という語があったら、「番号/札」のような切り方は可、「番/号札」のような切り方は不可。
・第1句は必ずしも元の文章の文頭でなくてもよい。
・A、B、Cはすべて1文字だが、それぞれ「エー」「ビー」「シー」と発音されるため、2音としてカウントする。
・数式は、説明文か問題文の中にあるもののみ集計対象に入れる。独立した数式は除外する。
・目次と問題の解答は除外する。それ以外は基本的には目を通す。

 このほか、単元別にその都度読み方のルールを定めつつ読み進めていきました。たとえばベクトルは、ベクトルを表す記号(aやbの上に矢印が描かれているアレ)の前に「ベクトル」と書いてあれば「ベクトル」の語は重ねない、などです。

結果

 それでは、探し出した短歌の一覧を掲載します。数学Ⅰ→数学A→数学Ⅱ→数学Bの順番で探していきましたので、表もその順番になっています。

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 全部で72首の短歌を見つけ出すことが出来ました。

 ここで、私が気にいった短歌のベスト3を発表します。

第3位

これ以降自然科学はデカルトの主張に沿って発展していく
(数学Ⅱ第三章扉・61ページより引用)

 数学Ⅱの第3章「図形と方程式」の扉部分から見つけた歌です。歌い出しは教科書の元の文の文頭で始まり、「していく」と非常に綺麗な形でまとまりました。しかし、解説でないページから取ったこともあり、どことなくWikipedia短歌感が出てしまって数学の教科書っぽさがないこと、抜き出した歌より前の部分ありきでないと意味が取りづらいことから第3位にしました。

第2位

このくじを1本引くとき各等が当たる確率は互いに排反
(数学A第1章第2節6・37ページより引用)

 数学Aの第一章「場合の数と確率」の例題から見つけました。「排反」とは、2つの事象が決して同時には起こらないことを意味します。第3位にした歌と違い、抜き出した歌の前の部分を読まずとも確率および排反に関する話をしているとわかるバランスの良さを評価し、第2位としました。
 また、この歌を発見したことにより「奇跡の1首は見つかる」と確信が持て、その後のモチベーションに繋がったこともポイントが高いです。

第1位

大量の商品がありそのうちの5%は模造品である
(数学B第4章・章末問題B・155ページより引用)

 何ていうか、倫理的にダメでしょ。なんでサラっと模造品ぶっ込んでるんだ。歌としてのまとまりは第2位の歌と同列ですが、倫理的にマズいことにウケたので、この歌が堂々の第1位となりました。
 引用元は、数学B第4章「データの分析」の章末問題Bです。数学Bの章末問題ということからも分かるように、本当にこれが最後に見つけた歌でした。第5句が字余りになっていることがやや玉に瑕ですが、数学の問題でしか起こりえないぶっ飛びシチュエーションは唯一無二。
 数学の問題といえば、兄弟が池の周りをただ走り回るなどトチ狂ったシチュエーション設定が多いことでお馴染みですが、こちらで登場するのは法的な問題すらちらつく模造品。不良品でも問題の内容に影響はないだろうに、わざわざ模造品を使うあたり、執筆者のこだわりを感じました。

 続いて、ランキングではありませんが、こちらの歌をピックアップしてみたいと思います。

負の整数である場合の累乗の意味を定め累乗の指数
(数学Ⅱ第5章第1節1・146ページより引用)
負の整数である場合の累乗の意味を次のように定める
(数学Ⅱ第5章第1節1・146ページより引用)

上記の2首は同じページの違う箇所から抜き出したのですが、第1句~第3句および第4句の途中までは全く一緒です。

 続いて、この2首。

右の図のような曲線上にあるこの曲線が指数関数
(数学Ⅱ第5章第1節2・152ページより引用)
右の図のような曲線上にあるこの曲線が対数巻数
(数学Ⅱ第5章第2節4・162ページより引用)

上記の2首は、第5句が「指数関数」か「対数巻数」かの違いしかなく、第1句~第4句までにまったく同じ語句が使われています。

 最後は、この2首。

xの値が増加するするとyの値も増加する関数を
(数学Ⅱ第5章第1節2・154ページより引用)
xの値が増加するとyの値は減少する関数を
(数学Ⅱ第5章第1節2・154ページより引用)

増加関数と減少関数について言及されている部分からの引用ですが、2首の中で違うのは第4句のみでした。

考察

 「一部のみ違い、あとは同じ」という特徴を持つ短歌の組を3組、計6首挙げました。ここから、数学の教科書というのは、徹底的に無駄が省かれた文章なのだということがわかりました。あえて違う言い回しを使ったりなんてこと、当たり前ですがしないんですね、この教科は。改めて共通部分を並べてみると面白いですね。

 そして、面白いと思った短歌の第1位とした「大量の商品がありそのうちの5%は模造品である」。なぜ自分がこの歌を面白いと思ったのか考えてみたところ、「現実からの飛躍があるから」「普通から逸脱しているから」という結論に辿り着きました。

 ここで、ある1首を引用させていただこうと思います。

 今回の記事の原点となった偶然短歌botから。この歌、めっちゃ好きなんですよ。普通に歌集に載っててもおかしくない歌だと思います。元になったWikipediaのページを見てみたところ、「フクロウの宵鳴き、糊すって待て」ということわざがあるらしく、その意味を解説した部分から抜き出した歌のようです。
 Wikipediaの解説文を読めば「フクロウ」と「洗濯物」が結び付けられている理由がわかりますが、この歌だけ読むと前後関係が分からないため、「フクロウ」という言葉からイメージしづらい「洗濯物」への飛躍があるように個人的には思いました。一方で、「明日は晴れるので」と、2つの単語を結び付けるフレーズが入ることで、短歌として一層まとまりが出ているように感じます。

 そこで、数学の教科書から抜き出した偶然短歌に戻ります。この歌です。
「大量の商品がありそのうちの5%は模造品である」
 数学の問題といえば、点Pが意味もなく辺AB上を移動したり、意味もなく水槽に水を注ぎ続けたりすることでお馴染みですが、そういう「あるある」的な問題とも一線を画すと思います。本当に、なんで不良品じゃなくて模造品にしたのか、問題制作者に小一時間問い詰めたい。商品の5%がパチモンだったら嫌でしょ。
 文学的というより倫理的な意味での「現実からの飛躍」「普通からの逸脱」ではありますが、私が「倫理的にダメじゃん」と思った時点で私の感性を動かしているので、もうこれは立派な短歌だと思います。

おわりに

 今回の検証では、「何が短歌なのか」ということを改めて考えることが出来ました。最終的に、自分の感性が動けばそれは短歌、という結論に辿り着きました。集計中は「私が短歌の定義を決めて良いのか……?」と思うこともありましたが、そのおかげで短歌の普遍性に気づけたので、やってよかったと思っています。
 普段は「頑張っていて偉いねって言って欲しい できれば5億渡してほしい」や「負けた気がするから漫画の広告はクリックせずに後からググる」など、ほぼツイートみたいなどうでもいいノリの歌ばかり作っているので、これをきっかけに、自分の歌についても考え直していこうと思います。
 余談ですが、実は数学Aあたりの集計を裁縫と同時進行でやっていたので、はぎれと糸くずでとっ散らかった机の上で作業する羽目になり、何かの限界を迎えた受験生のような絵面になっていました。
 まさか数学の教科書を大学生になってすべて読み返すことになるとは思っていなかったのですが、楽しかったです。

 長々と書きましたが、本日もお付き合いいただきありがとうございました。