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「すべて受け入れる」という綺麗ごと

これはただ、わたしの問題なのだ。
「どんな人も出来事も受け入れたい」と言いながら、そこに無意識のうちに条件を課していたわたしの姿を、白日の下にさらしているだけなのだ。


数日、ふさぎこんでいた。やり過ごしてもやり過ごしても、苛立ちや不安や自己否定や、さまざまな負の感情がやってくる。話したって書いたって抜け出せないことを知っているから、人恋しさをいなしつつ、気持ちが落ち着くのを待っていた。満月が近いからか、月経が近いからか、低気圧だからか。理由はわからないけれど、そういう時期なのだろう、と。1週間近く経って、やっと文字にできる程度には落ち着いてきた。

気持ちが重くなったきっかけは、息子のことだった。1歳4ヶ月を過ぎたが、歩かない。指差しや真似をしない。言葉に興味がない。つまり、発達がゆっくりの部類に入る。保健師さんに相談しても同様の見解だったため、医師にみてもらうための予約を取った。

1歳4ヶ月の時点での発達遅れが、今後どうなっていくかはわからない。追いつくかもしれないし、一般的な学校に通うのが難しくなるかもしれない。「発達障害」とか「マイノリティ」とか「弱者」といった言葉が、わたしのお腹のなかでずしりと存在感を増す。

障害があるから、マイノリティだから、駄目なんてことはない。息子が彼らしい個性を発揮して、楽しく暮らせるような環境をつくっていけたら、と思う。「ありのままの彼を受け入れる」、それが愛じゃないかなんて、生まれる前から考えていた。

頭ではそんな意見がスラスラでてくるのに、心はずしりと重いまま。ぞわりとした不安や、かきむしられるような不快感が、何度も何度も立ち上る。

「障害」や「弱者」といった言葉が頭によぎるたび、心が沈んでいることに気づく。かつて自分の抱いてきたイメージが、喉元につきつけられている。

かわいそう。大変。自分に関係なくてよかった。

何らかの障害を持つ人、マイノリティである人、ハンディキャップを持つ人。そういう人たちがいることを頭ではわかっているけれど、自分の人生からは遠ざけておきたかった。自分がその立場になったら、おしまいだと思っていた。どう頑張っても這いあがれない、地の底に叩き落されるイメージ。これまで歩いてきた道がぷつんと途切れて、真っ暗な崖の下へ落っこちるイメージ。

これまでの人生の大半の時間、「強者」でなくなることの不安と恐怖が、わたしを駆り立ててきた。学歴を得て、上場企業に勤め、ちょうどいいと言われる時期に結婚した。明るい道を歩きつづけられるように。

わたしにとって、ハンディキャップやマイノリティ性は恐怖の対象。「息子の発達がゆっくり」という事実がわたしの心をかき乱したのは、今まで恐れて遠ざけていたものを直視せざるをえなくなったからだった。


「どんな人も出来事も受け入れたい」
「ありのままの息子を受け入れたい」
その考えは文字通りのものではなく、自分の価値観を脅かさない範囲での綺麗ごとだったのだと気づく。正直なところ、ばつが悪いし、恥ずかしい。だけど、本当に受け入れたいと言うのならば、イメージの向こう側へ逃げずに足を踏み出すほかない。

思い描いていた「強者」の道をはずれたって、ゲームオーバーになるわけでもなければ、二度と笑顔になれないわけでもない。生きるかぎり、暮らしはつづいていくのだから。家で、職場で、それ以外の場所で。日々なにかをして、誰かと話して、一場面ずつ暮らしは動いていく。

「受け入れる」とは、笑ったり泣いたり怒ったりしながら、一緒に暮らしをつみかさねること、なのかもしれない。イメージで語る綺麗ごとから脱却したければ、実体験ゆえの包容力を自分のなかに育てる必要があるのだろう。

だから今はまだ、受け入れられないままでいいと思う。「マイノリティ性」も「弱者」になる可能性も、イメージの産物でしかないから。不安と恐怖がずしりとやってきても、仕方ない。長年つみあげてきたイメージや価値観は急に変わるものではないだろうから。そう結論づけたとき、ふさぎこんでいた気持ちが少し楽になった。

これは息子の問題ではなく、ただ、わたしの問題。
でも、彼がいなければ、生涯学ばなかったかもしれない、大きな愛の問題。



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最後まで読んでくださってありがとうございます! 自分を、子どもを、関わってくださる方を、大切にする在り方とそのための試行錯誤をひとつひとつ言葉にしていきます。