毒親からの解放ストーリー (29)

 「私の母はいわゆる毒親なのです。だからそんな母から逃れたくて、家から出来るだけ離れたこの大学を選びました。なのに、母がいた方が良いかも知れないと思ってしまうのです。きっと母の命令だけを聞いて、従っていれば、あとは何も考えなくて良いから、気が楽だなんて思っているのだと思います」 

 「そう思ってしまうのだね。今君は混乱しているのかもしれないね」
「私は母をとっても憎んでいたのにどうしてってだろうと考えると、訳が分からなくなってしまうのです。だからそんな自分に嫌悪してしまうのです」
「それじゃあ、君がなぜお母さんを憎くむようになったのか話せるかな?」
 私は自分のこれまで母親から受けてきた言葉による虐待や金銭的な支配、そして生活全般における束縛について話した。

 そしてある時期に私の母は他のお母さんとは違うと気づいた事。それからは母の事を観察する様になった事。観察するほどに母を憎む様になった一方で、母から目が離せなくなってしまった事。本当におかしいと思うけど、家に居る時には母の目を逃れるようにして生活していたくせに、その母をいつも無意識に目で追っている自分がいる事などを話した。

 そして大学に入れば母から解放されて全ては自由に生きていけると思っていたのに、ちょっとした失敗や友達とうまく話が噛み合わない時などは、どうやって対応していけば良いのかわからなくなる。だから自分は母の言うようにダメな人間だと突き付けられたように感じてしまい、凄く落ち込んでしまう。すると、母から非難されているような気がして、部屋から出られなくなるのです。そんな時は『母の側に居れば、母だけを見て、母だけに従っていれば良いから楽だったし、安心も出来たのに』
と思わずにはいられない事なども話した。

 田中先輩は話を聞いて、黙って私を見つめたまま「大変だったね」
 とだけ言ってくれた。  
 その言葉を聞いた時に初めて、こんな自分をわかってくれようとしている人が、この世にいるのだと知って、心が温かくなるのを感じた。そして私が母親からされた虐待の全てを理解できないとしても、自分の話に耳を傾けてくれる人がいるのだと分かって、とても嬉しかった。
 
 私は母の呪縛からいまだに逃れられないでいるけれど、先輩のような人がいる限り、いつかは母を断ち切ることが出来るかもしれない。そう思えただけでも、心の底から力が湧いたような気持ちになった。

 それ以来再び文芸部に顔を出すようになった。しかしそれは先輩に会いに行く為だった。顔を見ているだけで私の心は、不思議と落ち着くのだ。
 そして私が母から本当の意味で解放される為にも、私への虐待を書き留めておこうと思った。これは誰に見せるつもりも無い。私自身を解放する為の儀式だ。いつまでも母に縛られる人生なんて真っ平ごめんだ。

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