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「袴」で始まる仮説(想像)の行方

井伊直弼著『茶湯一會集』には”袴ばかりは草なり”という箇所があります。そこで思い出したのが遠藤元閑著『茶湯三傳集』(以下、『三伝集』)の”草袴 草足袋はく事なし”でした。茶書研究会で『三伝集』を輪読したときにナゾだった箇所について『茶湯一會集』から広げた仮説(想像)と事実(オチ)のお話です。

はじめに

私は古文書が読めません。さらに、茶の湯を含めて文化・歴史などの研究者でもないし、その類いの専門教育も受けていません。だから調べられる範囲も知識も、広さと深さがありません。ここでは小さなきっかけから広がる想像の行方をお楽しみいただければと思って書いています。

〈茶書研究会〉は京都・東京で年に数回の例会をひらいて、主に茶書の翻刻と輪読を行っています。『茶湯三傳集』は2017年の例会から数回かけて輪読しましたが、文字・内容ともわからない箇所にぶつかっては「なんだろうね、これ」といって進んだ経緯があります。

『茶湯一會集』(井伊直弼)

着服 並びに 懐中物 として、こう書かれています。

一、主客とも裏付き上下・継肩衣は行なり。・・・ 袴ばかりは草なり。

”上下” は ”かみしも”(裃)のことです。(時代劇でよく見かけるアレです)
上下は袴と肩衣が共布であるのに対して、継肩衣は袴と共布ではないものを指します。(現代でいうと上下はスーツ、継肩衣はブレザーとパンツという感じでしょうか)

気になったのは ”袴ばかりは草なり” です。
これは「上下のない、袴だけの着用は草の格にあたる」と思います。そこで思い出したのが『三伝集』の ”草袴 草足袋はく事なし”の箇所です。

『茶湯三傳集』(遠藤元閑):宮帯文庫所蔵本

巻之四 客振之巻 を、次のように翻刻しました。

  足袋の口伝の事
一、惣じて茶の湯にハ草袴 草足袋はく事なし

「袴や足袋をはく事はないって、どういうこと?」
「茶室で裸足はしないし、まして袴をはかない・・・?」といって、そのまま過ごしていました。

ところが『茶湯一會集』の記述から「袴だけの着衣は草の格」を読み取れると意味が変わります。『三伝集』を書いた遠藤元閑は、遠州流を修めました(但、『三伝集』の内容は石州流に近いようです)。遠州流と石州流はどちらも武家茶道なので、格を問うことは普通にあるでしょう。

つまり『三伝集』の ”惣じて 草袴 はく事なし” は、「袴だけの服装は草の格にあたるのでしないよ」と読めるのではないかと。

意味がつながった気がします。
気を良くして、同じように ”草足袋” を考えてみました。

足袋のルーツ

詳しい歴史は省きますが、足袋には公家が履いていた「襪(しとうず)」と武家が履いていた「単皮(たんび)」の二つのルーツがあります。どちらも革で作られていました。木綿の足袋が普及するのは江戸時代中期。いろんな色で作られましたが、白色は祭礼用に、黒・紺色は普段用にと落ち着きます。

ということは、黒や紺色の足袋は草の格と言えるのではないかと。
実際、茶席では白以外の足袋を見かけません。(色足袋OKの流派も在るかもしれませんが・・・)

つまり足袋についても『三伝集』の ”惣じて 草足袋 はく事なし” は、「白以外の足袋は草の格にあたるので使わないよ」と読めるのではないかなー。

”惣じて茶の湯にハ草袴 草足袋はく事なし”

改めて『三伝集』に戻って ”草袴” ”草足袋” を読んでみると、
「総じて茶の湯(ここでの茶の湯は遠州流をさしていると思います)では、上下がなく袴のみであったり、色足袋の着装はしません。どちらも草の格にあたりますから。」という意味に読めます。

遠州流は武家茶道なので、そうだよね! と理解しました。
・・・でも、見つけてしまった別の事実があるんです。

『烏鼠集』巻三:今日庵文庫所蔵本

一、茶湯へハ、革袴・革韈(しとうず)、〜。うらのり(裏糊)こわ(強)にして、はりはりめく物着すへからす。

”革” ですね、”革” ですよ、”草” じゃなく。

革韈は〈足袋のルーツ〉の通り革製です。革袴は、今ではあまり考えられませんが戦国時代は武士に広く行き渡っていました。現存しているものもあり、織田信長着用の革袴と伝えられるものもあります。
滋賀県立安土城考古博物館 収蔵品・収蔵資料紹介 〈皮袴〉
(論文)伝織田信長着用の革袴についての歴史的考察

帰着点としての事実

『三伝集』の記述は、こうなんだろう。

  足袋の口伝の事
一、惣じて茶の湯にハ革袴 革足袋はく事なし

遠藤元閑は江戸時代中頃に多くの茶書を執筆しました(本業は医者です)。当時の茶書はいろんな茶書の集成が当たり前なので、『烏鼠集』を参考にするのは自然です(『三伝集』よりも『烏鼠集』のほうが古い時代に書かれました)。

結果的には、こじつけの想像を広げた末に、そもそも出発点が違ったらしいとわかったのですが、古い記述から考えを補ったり、それを支える記述を別の資料から探したりするのはおもしろい。そもそも現代のように丁寧にかかれた茶書ではないので、シコウする余白はたくさんあります。今回はそんな「遊び」のご紹介でした。

※『三伝集』のデジタルデータは国文学研究資料館や早稲田大学の古典籍総合データベースでも確認できるので、ぜひ「どんな字体」なのか確かめてみてください。
国文学研究資料館:【茶之湯三伝集】 132 コマ/全158コマ (最終行)
古典籍総合データベース:【茶之湯三伝集】巻四  PDFなら18/45頁(最終行)

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和雪庵(石川県)で茶の湯体験や茶に関係する話(茶の湯ゼミ)をしています。茶の湯ゼミが高じて茶書にハマリ、最近は手(点前)よりも口ばかりでお茶しているかも。たてなる事もをかしき事もなく、尖らない茶の湯を推しています。