【新世紀の流行歌 1章】 「午前5時、2人のアンドロイド」
最後にわたしの顔、胸、太腿、いたる所の肌を撫で回し、小さく「ふん」と鼻を鳴らして男は服を着始めた。鼻息に合わせて、口元のひげが揺れるのが見えた。
「なあ、イクハちゃん。おまえたちアンドロイドってのは、おれみたいなやつに、やりたいようにやられてる間中、なにを考えてんだ」
よくある質問。だから、用意している、客を満足させるための回答で返す。
男はまた鼻を鳴らした。
「あっそ。まあ、結局は人形だな。いや、そうとも言えねえか。最近は性能の高いやつもいるもんな。ほら、なんてったっけ……」
ベルトの金具を騒々しく鳴らしながら男は話を続ける。
「最近、あちこちで歌が流れてるだろ。ああ……同じアンドロイドでもああいうやつを抱きてえわな。愛嬌があってよ。そりゃあおまえも見た目はきれいだよ。でもそれだけなんだよな……。ほら、大事なのは心、ってやつだろ」
話の結末がこうなることはよくある。だから、慣れている。なんてことはない。それらしい返事を返す。
男は、わたしの相槌に飽きた様子で、服を着終わったらすぐに部屋を出て行った。
あっけなく終わる愛の交流、一時間半。いつも以上に乱暴にされた分、体が軋むような気がする。わたしは服を着てから、事務所代わりの店舗裏バックヤードに向かう。
もうすぐ夜が明けようとしている。遠くの国道を走る車の音が聞こえる。野良猫がわたしの前を横切って、狭い路地へと入っていった。
マネージャーから受け取ったお金は、先週よりも少なくなっていた。対応した客の数は変わらないはずなのに。
「あの……」
「なに? これ以上は出ないからね。景気が悪いんだから」
二ヶ月と三週前も同じ言い草で報酬が削られたのをわたしは覚えている。それでもわたしはなにかを訴えることはできない。
円盤型の掃除ロボットが、騒がしい音を立ててバックヤードの床を這っていた。四世代前の旧型。彼はわたしの足元で止まり、ピッと音を立てて反転して戻っていった。人間に楯突かない術を知っているのは彼もわたしも同じだった。
壁掛けの時計を見る。もうすぐ午前5時。
電話が鳴った。机の上の古い固定電話だ。
「わたしは、帰ります」
マネージャーは返事もせず電話に出て接客を始めた。
事務所を出ると、汚れた渋谷の路地裏が広がる。
もう、始発電車が動き始めるころ。表通りに抜けるとかすかに陽が昇りかけていた。まだひとけの少ない街頭。嫌でも視界に入る巨大ビジョン。騒がしく流れているのは、今週のヒットチャートを紹介する番組だった。ちょうど、一位の紹介が始まるところ。派手な演出とともにアーティストの名前と、楽曲の名が画面に映し出される。
いまや誰もが知っている人気のアーティスト。人間のコンポーザーと、女性型アンドロイドのボーカルの二人組。人とアンドロイドとの理想的な共存を体現するだとかで、もてはやされているのを聞いたことがある。
ナレーターが紹介文を読み上げていく。
「……時刻は朝5時になりました。さあ続いては、今話題の二人組音楽ユニット『モノーディア』。今週の一位を獲得したのは、その最新曲で──
『MEITEI』」