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沙希

「ダメだよ。あれはね一日一回しかできないんだよ。と、言いながらぁ」
と言いながら沙希は再び前方に駆け出すと、さきほどより鋭く回転しながらの跳躍を見せてくれた。そして、おなじように振り返ると両手で腹部をおさえながら笑い、「ねえ、こんなに面白いのになんで真面目な顔してるの」と言って、また笑った。
「笑ってるで」と僕が言うと、沙希は「笑ってないよ!」と言って膝から崩れ落ち、笑い続けた。
僕達は結局、家具屋にはたどり着けなかった。どこに家具が売っているのかも二人にはわからなかった。おたがい、そのことには触れようとせず、帰ろうとも言わず、どこを目指すでもなく坂道と喧騒を避けながら、夜になっても歩き続けた。-『劇場』


街を歩く。ふわふわと。仕事終わり、あるいは飲み会帰り。スーツやコートでお洒落して、コンビニ寄って、背筋を伸ばして酒を飲む。

夜がいい。高層ビルが伸びるビジネス街も、ブランドショップが綺麗に整列する並木道も、夜になると、ただ静かに、佇んでいる。

街が静かである。それは最高の音楽だ。空気が、光が、心地よい。アルコールが身体を巡り、溶けるように、街に包まれていく。幸せだ。僕はいま、世界を愛しているし、愛されている。

街を歩く。ふわふわと。仕事が早く終わると、街はまだ少しうるさいけれど、それも僕は楽しんでいる。夜の始まりは人が多い。

前から来る子と目が合った。雰囲気をまとった、大きな目。艶のあるショートヘアに、真っ赤なリップが主張する。落ち着いた緑でまとめた花柄のワンピース、たぶん美大かアパレルか。

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