未来の社会とサッカーに不可欠な「暗黙知と愛」
(2018年3月8日)
暗黙知という言葉があります。
経験や勘に基づく知識のことで、「これを個人は言葉にできない状態で持っている」と一般的には定義されている。個人の技術やノウハウ、ものの見方や洞察がこれに当てはまります。
この概念は、もともとハンガリーの科学哲学者であるマイケル・ポラニーが提唱しました。彼によれば、人は常に言葉にできることよりも多くを知ることができ、言葉で表現できる部分と、言葉で表現できない部分があり、前者よりも後者の方が多くを占めているといいます。
この「言葉で表現できない部分」というのは、果たして永遠に言葉にできないままなのでしょうか?
答えはノーだと思います。過去に言葉にできなかったことが、今は言葉で表現できるようになっているという経験をしてきているからです。
リンダ・グラットンの著書『LIFE SHIFT』でも語られているように、人間ならではのスキルと共感能力、意思決定能力、そして創造性とイノベーションが高まる時代には、新しい状況に合わせたリベラルアーツ教育が極めて大きな経済的価値を生む可能性があります。
それと同時に、それらが人間本来の幸福感を増幅させる役割を担っていくことになる可能性が極めて高いといえます。それは、それらが知恵と洞察と直感の土台となり、実践の繰り返しと観察を通じて初めて獲得できるものであるからです。
自分の経験以外から得た情報よりも、自分の身の回りに起きている現象に対して意識を向け、洞察・分析し、言語化した情報の方が極めて信頼性が高く、それらは人生のあらゆる場面での決断や、ステージが変わった時に大きな役割を果たすことになると感じます。
誰とどのように関わるか?
環境が変わっても普遍的なものは、「人と関わる」ということです。
この人との関わりというのは、社会と関わりを持ち生きる以上、どこへ行ってもつきものです。故に、「他者」との関わりを通して生まれる現象や仕組み、他者の観察や自己の内部観察を通して人とはどういう生物なのかを知ることが、環境やステージを変えても生きられるスキルになってくるように感じています。
ただ、他者との関わり方にも色々あって、人それぞれ関わり方や距離感は様々です。
「誰とどのように関わるか?」というのは、これから大きなテーマになってくると思います。私が人と関わる上で大切にしていることを一つ挙げるとするならば、「愛」かもしれません。
皆さんが何を基準にして人と関わっているかはわかりませんが、人に対しても仕事に対しても「愛」をもって真剣に向き合っている人に、基本的に悪い人はいないと思っています。
親しい関係を築きたいと思うのであれば、その人と向き合う時間が必要になります。
時には自分を抑えたり、相手に我慢してもらったり、あるいは少し距離をおいて見守ったり、厳しい交渉を粘り強く続けたり、時には諦めかけたりしながらも「関わる」という努力を続けていくことが必要な時期もあります。それは、その人との信頼関係をより太いものにしていくためです。
それは仕事関係だけにとどまらず、あらゆるものに通ずること。家族、恋愛、創造的な活動、仕事、趣味……そういった全てのものと関わる上で、当然刹那的な楽しいものだけではなく、誠実さや真剣さ、責任なども問われることがあります。
愛する仕事、愛する家族、愛する仲間、愛する人を見て、愛するものを前にして、容赦のない現実を突きつけられることだってあると思います。
しかしその目の前で、勇気を出して踏みとどまることであったり、「自分」を見つめ、それを受け入れた上でさらなる高みに進んで行くことだったりもできます。
仕事を愛しているからこそ、仕事に関わる全てのことに対して愛をもって誠実に接することができるし、そこから得る「暗黙知」という唯一無二の情報は、今後の未来を生きていく上で重要な役割を担うものになると感じています。
サッカーは「愛」を育みやすい
この目に見えない「愛」という存在を「見える化」(言語化)するためには、アウトプットが必要になってくると思っています。
心や感情というのは、物質を通さないと人から人へと伝えることはできません。言葉というのも物質の一つで、ここに感情と心というエネルギーが加えられて、初めて人の心に響き、伝わります。
もちろん、身体や行動を通した表現にもこれは言えることです。
サッカーなどのチームスポーツは特にそういった「愛」を育みやすい環境にあると言えると思います。
それは、人と密接に結びつくことができないと、成果をあげることが容易ではないという点からです。非利己的に働きかけること、道徳的に誠実であること、倫理的に正しい行動をすることといったように、人と関わることで育まれる人格は、プレーや表現を通してたくさんの人に良い影響を与え、人々の心を豊かにすることにもつながります。
他者とも、仕事とも、「愛」をもって真剣に向き合うことは、当然エネルギーを使うし疲弊してしまうことだってあると思います。
ただ、そうやって目に見えているものと、見えていないものとも向き合って築きあげた人間関係は、ちょっとやそっとのことでは崩れなくなるし、太い幹に育っていくはずです。さらに、それは新たなことにチャレンジするための大きな土台にもなり得えます。
人と関わることを通して、何かを愛することを通して、人は生きるということを学んでいくと思います。こうした人としての営みをどんな人でも当たり前に送れる社会にすることが、これから先、私たちが生きていく未来に求められるのではないでしょうか。
みんなが協力しあって生きていける社会へ。愛と共感力で、豊かな世界を創っていきたい。サッカーが私にもたらしてくれた恩恵を、今度は世界に還元していきたいです。