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【詩集】供養のためには呟きが必要だった

『まつりのあと』

No.138

スズメは瓦の屋根の上
飛び跳ねながら鳴いている
今日は子どもがひとり
瓦の屋根を見上げては
ちいさな手をたたいている

夏になった屋根は光っている
スズメは相変わらず飛び跳ねて
かわいい声で鳴いている
子どもは今日もひとりのまま
シャベルを持って外に出た

熱くなった屋根の上
スズメは飽きたように飛び立って
子どもはとうとうひとりになって
バケツを持ってぽつねんと
たったのひとりで立っている

【ひとりぼっちの空にはスズメ】




No.139

夏になる
子どもは叫んだ雪であると
夏になる
大人はたしなめ雷であると

入道雲のなかに居るのは夏の鬼
夏の夕暮れには妖怪たちが歩く音

外に出てみればひぐらし
縁側で見た雪はつもり
子どもは触れてみる
つぎつぎと溶ける

ひぐらしの声は遠のく
太鼓の音が近づいてくる
雪に触れた手は粘りつく

大人を呼ぶ声、それから悲鳴、
太鼓の音が耳元で鳴り響く
もうだれにも聞こえない聲

【まつりのあと】




No.140

さきほどの、鞠つきの音は、
しとやかで、軽快であった
外を見ればだれもいない
さみしいだけの草花に
雫はたまり、落ちていく

再び部屋に篭り寝ていれば
やはり、
しとやかで、軽快な、鞠つきの音
さみしい草花に、触れる音、
わたしは、何度も目を覚ましては、外を見る
さみしいだけの草花、かわいてしまった雫
両手で顔を覆い、膝から崩れて、
たすけて、と、呟いた
神さまでも、お化けでも、妖怪でも、
誰でもいいから、この悪夢から救ってほしい

ふたたび目を覚まして
しんとした部屋のなか
外からは物音ひとつしなかった
とうとう、泣き崩れて、
なにもなくなったことを受け入れざるを得なかった

【ただひとり子どもの声を求む】




No.141

このあわれな飛行場には
秋風が吹く
いつ来ても
秋風が吹く

今日も飛行機は飛べませんでした

背中を丸めた機長が
おびえたように歩いている
誰もがこの飛行場を忘れ去る

あわれな飛行場には
今日も秋風が吹く
年中、秋風が吹く

ここの飛行機は既にさびていました

誰もいない空港には
ほこりをかぶった
おみやげものたち

あわれな飛行場には
今日も秋風しか吹かない
明日も秋風しか吹かない

【飛行場の晩秋】



No.142

雉の鳴く声がする
西の山では鬼が死ぬ

かなしき祈りたちは異端である
ひつようであったのは、鬼である

正しいことは、教訓であり、戦法である
実際のことは、脅しであり、卑怯である

誰が事実を残せただろうか
今度は東の山で鬼が死ぬ

雉の鳴く声はおそろしく、
よろこび騒ぐ、村人の踊りを
わたしは、ひとつの狂気と書き残した

【昔ばなしの裏に棲む】




No.143

水墨画のまえに、桃を落とした
清酒のにおい、
そうして、
気がつけば、釣り糸を垂らしている。
隣には、目を閉じて、
同じく釣り糸を垂らした老人がいる。
甘い匂いがする
うしろを振り向くと、大量の桃がなっている。
贅沢だ、…ふと、思う。
霞がかった空気の中で、目を開き、立ち上がる。
わたしも立ち上がり、老人の後ろをついていく。
桃の匂いが濃くなってゆく。
曇り空の下、冷えた空気、間も無く月が見える。
老人は桃を齧り、清酒をひとくち飲む。
わたしも老人の真似をして、桃を齧り、清酒に口をつける。
やがて、老人は薄く笑い、
「毎日、釣れないのではなく、釣らないでいる」
そう言っていた。
わたしは、その薄い笑いと、小さく呟いた言葉に、なぜだか、感服してしまっていた。
空気は冷たくなる、やがて霧が出てくる、
もう、お別れの時間となったとわかる。
老人は、天上を指す。そうして、真っ白な月が迫りくることに気がついた瞬間、わたしは、桃と一緒に、水墨画の前で眠りこけていた。

【水墨画老桃異聞】




『供養のためには呟きが必要だった』


No.144

色彩には白
白は凶暴な光
目をつぶしてゆく白
しかし、ただしいもの

塗りつぶされたのなら
わたしのことも解決できる気がする
しかしわたしには見つめることしかできない

そうして、眼球を痛めている
そうして、吐き気に襲われている

いつか、色彩の、触覚を、失ったとき
わたしは、本当の、白に、出会えるのか

【カンバスのまま、あれたのなら】




No.145

人のきもちに左右されていたころは
この船旅は楽であったような気がする。
波はつねに、気まぐれなまま、しかし、
わたしの舵は、他人さまのためにあった。
座礁してみよう。
のまれてみよう。
波は味方では無かったが、敵でも無かった。

いま、だれのきもちも、ここにはない。
ただただ、わたしという波が、船を揺らす。
わたしの舵が、わたしのためにあって、
座礁する痛み、
のまれる恐ろしさ、
波は敵であり、味方であり、無差別であった。

【船酔いする自我】




No.146

今日も天使は渋滞を起こしている
人間との違いが次第に無くなって
疲れの色すら見えている
もう飛ぶ気力すら見えず
今日も天国では渋滞が起きている
善悪でははかれなくなり、
白黒でははかれなくなり、
すべてがあいまいにそまってしまった
皆が善いひとであったのならよかったのだろうか
皆に悪いひとがいたことで何が得られただろうか
わたしは、真っ白くなってゆく蒼天を見上げている
わたしには、善悪の、白黒の、極端が在る
天使はわたしを見つめているだろうか
満員電車のなかにはどれだけのあいまいが
揺られひしめきあっているのだろうか

【天使は押し込められて羽をたたむ】




No.147

日付が凍え出している
曜日は恐怖し出している
わたしは怯えるカレンダーを破いた
わたしは神経の痛みが強くなることを感じた
はやく、大気圏に、たどりついてみたい
よくよく、わたしの、存在を見つめたあと
納得できたときには、わたしを燃やしてしまおう

カレンダーを、庭で燃やしながら
自分の骨が、きれいであることを祈った
こんなにも、よどんだまま、生きてきて
こんなにも、痛みが、理性にまさってしまい
わたしの存在、そのものを、わずらわしく思い
わたしとは所詮、距離でしかないのだから
カレンダーは燃やしてしかるべきであった

大気圏がわたしに手を伸ばすことは
宇宙旅行とはかけ離れたソラへの埋葬である
塵になれたのなら、きれいになれたのなら、
空からきちんと、ふりそそいでみたい、
わたしは、雲になってみたい
そうして、ずっと雨でありたい
わたしは、ずっと冷えた、とうめいでありたい
日付の変わり目、天気の変わり目、
なにも、なにも、恐れずにふりそそげたのなら

【震えつづけるカレンダー】




No.148

街ゆく人の影の濃さは、まばらである。
消えゆきそうな淡い影が愛おしかった。
わたしが消えゆく日があるとするのなら、
こうして淡い時間だけを残したいと、
影が運命だとするのなら、それは素敵なことだと。

色濃く、道路に残るような影は苦手であった。
わたしのことを、嘲笑うかのように歩いてゆく、
そうした影は、光を享受できる存在であり、
わたしが消えゆく日が近いことを白々と見せる。
わたしが、消えゆく日までの孤独を見せてくる。
おせっかいな、他人の影。

街ゆく人には、わたしという実像が、見えていないようで、わたしそのものが、まだらの影であった。
そうした事実は、誰かの視界に入り込むだけで、
誰かが見つめることは無かったから、わたしは、
日々日々、淡くなってゆく。

そうして、わたしの消えゆく日が、光源のように、
わたしを、やっと迎えに来てくれたあとに、
たとえば、この視界が真っ暗になったとして、
わたしは、恐怖するよりも、委ねていたい。
なにもかも、わたしは、決められない、淡い影。
なにかひとつ、叶えられるのなら、一瞬の陽炎、
そういう存在、そうして誰かの目に、一度だけ、
入り込んでみたい。

【薄くのびてゆく、誰かの影】




No.149

文字数を指で数えている
暦とは、いつも垂直に、
上からわたしの脳天を押していた。
まだ、一週間が、とてつもない距離であったころ、
わたしは、原稿用紙の文字数を、指で数えていた。
書きたいことは、だいたい、他の子たちが書いていたものだから、わたしは、虚構を紡いでいた。
その、嘘の数を数えていた。
怒られるときに、正しく答えられるように。
いくつの嘘がここに書かれていたか。
800字、ここには、わたしの理想が書かれていた。
800字、ここにいる子たちと同じにしたら、また、わたしは、打たれる気がしたからだった。
800字の嘘すらも、許してもらえなくなった金曜日には、子供たちにも、先生たちにも、冷たい視線がそそがれていた。
800字、これは、真実。
わたしが、この800字を見つめるとき、これは、真実であった。
800字、紙の上では、わたしには、
自由があり、笑顔があり、友達があり、
なによりも、信頼がある。
垂直に、冷たく、押し込む、
とてつもない距離の一週間、
許されなかった夢想を折りたたみ、
わたしは次の文字数を指で数えていた。

【無人に書かれる原稿用紙】




No.150

1000℃に達した記憶の容量がわたしを焼いていく
どうやったって、すべてを覚えてはおけないのに
外付の記憶媒体をつけてみても今ここに再現できない。あの日の天気、誰かの表情、どこに居た、誰と居た、それらはガラクタ扱いされてゆく。それよりも有用な事を覚えなさいという学習が繰り返されて、忘れてゆく順序が決められてゆく。
覚えていたい。忘れたくない。何もかも大切な気がする。感覚だけが、覚えている。情景と言葉は消えてゆく。神経回路は熱くなり過ぎて、とうとう、わたしは、故障した。
あの日の天気、誰かの表情、どこに居た、誰と居た、わたしは不要と言われた記憶と同じくなれて、思い出せなくても、同じ場所に戻れた気がした。

【廃棄処分される意識】




No.151

だれかに寄り添えたのなら
この体は意味をなさなくなる
ただの熱源であり、言葉は足りなくなる
そうして流す涙は、いつか冷えてしまう
この手を握っていても、いつかは離してしまう

だれかに寄り添うとき
わたしは無力でしかない
いっそこの体から逃げ去り
精神そのものを包み込めたのなら
それはどれだけ意味を持つだろうか
それはいつまでもあたたかいのではないか
この手を握るよりずっと永くいられるのではないか

だから、わたしは、人との距離に過敏であった
人の期待も失望も、おなじ重さであり、
人の痛みも喜びも、おなじ重さであり、
わたしと他人だけが、いつも違いに阻まれていた
なにもかもが違うと、いつも叫んでいたかった

わたしはいつも、足りないのだから、
わたしはいつも、誰のためにも、祈れなかった

【欺瞞の体温】




No.152

どこにいってもその沙汰は
金以外の何か次第であった
解決策はいつも物質以外の何かであった

それは、意識されずとも、誰にも明白であった
それでも、人はそのままでは、生きていけなかった

わたしは、魂でありたかった
肉体も、意識も、全てかえしたかった
借り物であるにも、かかわらず、瑕疵は増えつづけ
もうしわけなくて、もうしわけなくて、
すぐにでも、おかえししたかった

明白になることたちを、踏みつけていなければ
どうして、重力にみはなされずに済むことか

わたしは、きっとニュートンを愛する
わたしは、きっとガリレオを愛する

足りないものは、わたしだけの、実証科学
足りないものは、わたしという個体の尊重

わたしは、魂で、ありたかった

【科学は愛され昇天する】



No.153

わびしく、なく、犬を見て、
おおきく、ほえる、犬を見て、

わたしは、正気のまま、叫んでる
犬は警戒し、犬は恐怖し、飼い主を呼ぶ

なんと懸命に生きているのだろうか
わたしは喉を痛めて、項垂れて歩く
犬にも猫にも嫌われたので
犬にも猫にもなれなかった
なれのはて、それが、わたし

なぜ、叫んだのだろうか、正気でいたのに
この、恐ろしい正気の沙汰を、剥がしたくて
わたしは、必死に叫んでいる
だれも、わたしの狂気をみつけてくれない
わたしも、わたしに狂気はみつけられない
だから、今日も尋常である
だから、今日も正常である
不具合は、軽微なものであり
修繕に出すまでもなく
わたしは、ひとり、この幸福に、すすり泣いている

【正気の慟哭は遠吠えよりひびく】




No.154

わたしのからだは「から」になり
だれもわたしのなかにいない

君よ、わたしの代わりにならないか
君よ、わたしをつかい言葉をはいて

この「から」になったわたしを
どうか供養のこころをもって
すこしばかり生きていてくれ

今年の冬をこしてくれ
もうわたしには
未来を待つことはできない
もうわたしには
矜持を持つことはできない

君にあげよう、君のことばで、
このからだを、少しばかり生かしてくれ

【供養のためには呟きが必要だった】

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