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【詩集】汝の幸福をささげよ

No.182

神経は擦り切れ
わたしは摩耗した身体を
よこたえながら
知らない人を思って、泣いている
そうして、
わたしの不幸のために
皆が、幸福になれたのならば
世界はいっとう、おだやかになり
わたしはきっと、成仏できる
きっと天の国は、ゆるしてくれる
そうじゃなければ、なにが善でなにが悪か
だれも裁けないではないか

【汝の幸福をささげよ】


No.183

蝉は泣いている気がした
いのちの日数をかぞえられるのなら
それは偶数だろうか、奇数だろうか
偶数生まれのわたしは、
奇数生まれから見て、
どんな姿をしているだろうか
全部に意味を求めていたから
今日も骨は音を立てている
蝉の声とおなじように
すこし、かなしそうに
「ギ」をのばしたような
さみしいばかりの音を立てている
その音の数をかぞえられるのなら
偶数だったか、奇数だったか、

【空蝉の数を数えてみて】


No.184

わたしは誰かのかなしい思念体と一緒になり
朝も昼も夜も涙ぐんでいた
これがわたしの涙だという保障はない
わたしを通してつながる思念体の名前は
おしえては、くれないのだから泣いている
誰が誰のために泣いているのだろうか
それをわたしに一人芝居させることは
犯罪であると言いたくもなる
現にこの目は腫れ上がり、頭はいつも痛んでいる
病人をもてあそぶ罪はきっと重いとうらみながら
わたしは誰かのかなしい思念体にあそばれて
朝も昼も夜も涙ぐんでいた

【日常でしかなかった】


No.185

まよなかに、ひよどりの聲がきこえる
目の奥では翼が動いている

飾り物みたいな瑠璃、鳥の目玉
頭も視界もやかましく、空は白んでいる

ゆびさきだけでも飛んでみたいか
ゆびさきだけでも飛んでみたいか

いいえわたしは地を這います
いいえわたしは地を這います

ひよどりの聲は朝日と共に一層たかくなる
目の奥では翼は消え去り、羽根だけが舞う

瞼は閉じたまま、どこからともない羽根の音
知らないふりをして、微睡に落ちてゆく

【蛇と鳥は二律背反】


No.186

たよりない茎を折り、雫をのみこむ
つきのあかりばかり、すいこんでいた草花
ここは箱庭のように、おだやかな世界であった

誰かのためにいのり、誰かのために咲き、
誰かのために散り、誰かのために残し、
そういう世界を、なにが作ったのだろうか

わたしは飲み込む、冷たく喉をとおる雫を
そうして祈りたくなる、わたしの大切のために

それ以外を消してしまうために
この箱庭のような、おだやかな世界に、
わたしでは、ここに居られないことを知る

喧騒がひつようであった
そうして汚れてゆくことが
祈りであり、わたしのための雫であった

【箱庭の洪水】


No.187

心臓の奥で芽吹きがあったから
今朝からずっと息が苦しい
何が咲くかなんて、花壇ばかり見ていればいい
心臓はその植物だけのものになってゆく
わたしの自我は葉緑体になってゆく
さみしく光合成をするときには
楽になってゆく気がして
この体をあけわたせるのなら、
そんなに苦しくない気がした
なにもいらないのだから
あげてしまえばいい
つらいのはきっと今だけで
やがてわたしは草花にまみれてゆく
そのときは、今よりもっと受け入れられるだろう

【ミドリムシになりたくて】


No.188

簡単な数字をならべよう
西暦だけをつくりだそう
ノストラダムスの本から引き出して
おもしろおかしい予言をつくってみよう
だれでも予言をつくれるのは愉快だ
子供のつくる予言は無垢だと大人の信仰
あれほどの邪悪はないというのに暢気な信仰

おぞましい大人はあの日の無垢だった
ここから生まれる凄惨な予言はあの日の無垢だった

あの日の信仰が今日をつくる
あの日の信仰が破滅を生み出す

【幼くも理知の大予言を】


No.189

空は赤くなる
鳥たちの吐く血で
真っ赤に染まってゆく
それを夕焼けだと思い
それを朝焼けだと思い
ひとのこころは慰められる
しんじつが、いつも人に寄り添うわけではない
わたしはあたためてきた卵をわってしまった
この世のすべてから自由にさせてあげたくて
わたしは無意識的にそして意識的に
青い卵を床に落として、幸福を与えて、

【虚像こそ幸福だと叫ぼう】


No.190

虫はつぶされ
瞳は潤んでゆく
痛みの所在を思う時、
健全なる精神をもとめる時、

青白く歩く人の影は白かった
何処へ行くかは聞かないけれど
あの顔は穏やかなまま、死相が出ている

誰ぞのしあわせのために首を絞めている
それを清廉と指差す人々が彼を断崖まで押しやる

私の手で、なにを救えただろうか
彼の顔は、鏡であったと知った瞬間

わたしは飛んだ、群衆の大きな声を聞きながら
つぶされた虫の魂、痛みの所在を知りながら

【きみとわたしの声だけだった】


No.191

わたしの身体の終わる日をいつも夢見てる
いつもが、いつからかは、知らないけれど
いつからか、いつも、そう思うようになった
平凡なる悩み、ありきたりな苦しみ、
数えない幸福、ならべてみた生い立ち、
終わりとは、無責任だと、おもうとき、
わたしの夢ははじけてしまう
わたしの夢はかなえられず
わたしはわたしの決定にそえない
必ず来る終わりすら待てない
クリスマスを待つ子供のように
ただの純真で待っているだけなのに
あまりにも、責任感が、つよかったと
のこされた人たちはつぶやいていた

【遺書は燃やされてしまった】



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