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デザインのクオリティとデザイナーの自己決定感をどう両立させるか

こんにちは。ユーザベースでデザイナーをしている三宅佑樹( @Yuki_Miyake )と申します。

デザイン組織のマネージャーやリードデザイナー的な立場の方は、デザインの品質・トンマナの管理とデザイナーのモチベーションマネジメントの狭間で悩んだことが一度はあるのではないでしょうか。

今回はBXデザイン/コミュニケーションデザインの領域にフォーカスして、「デザインのクオリティとデザイナーの自己決定感をどう両立させるか」についてお話してみたいと思います。

私自身、以前からずっと、そして今もなお悩んでいるテーマで、まだ何か明確な答えを出せているわけではないのですが、考えの整理も兼ねて書きました。おすすめの方法を知ってらっしゃる方がいればぜひコメント欄でお知らせください!

自己決定理論

「自己決定理論」という言葉を聞いたことがある方も多いかもしれません。「自己決定理論」は、「人のやる気」について長年研究を続けた心理学者のエドワード・デシ氏とリチャード・ライアン氏によって体系化された理論で、正確な説明はやや難解になってしまうため専門の文献に譲りますが、非常に簡単に説明すると「行動に対する自己決定の度合いが高くなればなるほど(内発的動機に近くほど)、人に備わっている自律性・有能感・関係性という3つの基本欲求が満たされ、やる気が高まる」という話です。(分かりやすい参考記事を以下にご紹介します)

「内発的動機づけ・自己決定理論」(溝上慎一氏(桐蔭横浜大学教授)ウェブサイト内「用語集」中段)
「ウェルビーイングに基づくカーデザイン:「自己決定理論」編」(ドミニク・チェン氏)

決して難しい話ではなく、「自分の判断で決められるものの方がやる気が出るよね」というのは誰でも感覚的に理解していることだと思います。

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クオリティと自己決定感の両立

デザインに限らずどんなビジネスの現場でもそうだと思いますが、では「みんながモチベーション高く働けるように、自分が担当している業務について自由に何でも決めていいよ!」となるかというと、そうはいかない事情もあります。

あるブランドについて、一貫したブランドイメージを顧客の頭の中に構築するには、デザインのトンマナをある程度統一する必要がありますし、より魅力のあるブランドとしてアピールするためには、一定以上のデザインの品質も必要になってきます。

複数のデザイナーが1つのブランドのデザインに携わっている場合、全員が非常に高い技術力と事業特性に対する深い見識を持ち、実現したいブランドイメージを完璧に共有できていれば、各自の自己決定によって制作を完結させていくことができるかもしれませんが、多くの場合技術力や事業理解度に差があったり、ブランドイメージを共有することが難しいといった理由から、特定のメンバーがデザインの決定権を持つ状態になっている会社が多いのではないかと思います。

クオリティの維持向上を実現するためには、やはりそれしかないのでしょうか。
ここで、それ以外のアプローチをとっている2つのリーディングカンパニーの例を紹介したいと思います。

ピクサーのブレイントラスト

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ピクサーの元社長であるエド・キャットムル氏らが著した『ピクサー流 創造するちから』には、「ブレイントラスト」と呼ばれる、同社独自の作品の質を高める仕組みが紹介されています。

本書によれば、世界最高峰のアニメーションスタジオとして知られるピクサーでさえ、制作初期の段階ではどんな作品も「駄作」の状態だと言います。

数ヶ月ごとに作品の新しいバージョンが作られ、そのたびに熟練の監督経験者らで構成される「ブレイントラスト」と呼ばれるチームが会議を開き、純粋に作品の質を上げることだけを目的として、忌憚のない率直なフィードバックを出し合います。

この取り組みからは、「クリエーションの品質を高めるためにどんな姿勢で批評と向き合うべきか」という点でデザイナーにとっても極めて興味深い視点が沢山発見できるので、ここで幾つか抜粋を挙げたいと思います。

「つくり手ではなく、作品そのものが精査される」
「ブレイントラスト会議で相手がヒートアップしても、それは問題解決に向けた熱意の表れであり、自分に向けられた感情ではないことを誰もがわかっていた」
「真実味が感じられない箇所、改善できる点、まったく効果のない部分などについて議論する。ただし、問題を診断するが治療法は指示しない。」
「ブレイントラストは、きわめて難しい症例について正確な診断を下すために集められた専門の顧問医師団だ」
「ブレイントラストには権限がない。ここは重要だ。監督は、提案や助言に従う必要はない。ブレイントラスト会議後、フィードバックにどのように対処するかは監督に任されている
「ブレイントラストは(中略)処方の指示ではなく、率直な議論と深い分析によって、確実にレベルアップが期待できる討論の場」
「率直な会話、活発な議論、笑い、愛情。ブレイントラスト会議に欠かせない要素を抽出すれば、この四つは必ず入る」

本書に書いてある文化がもし真に根付いているとすれば、監督はフィードバックを採用するかどうかを自分で判断できるということであり、自己決定感がある程度満たされやすい制作体制になっていると考えられます。また、社内でも認められた熟練の経験者が忌憚のないフィードバックを送ること、さらにそれが一回ではなく複数回にわたって行われることにより、クオリティを一定以上に確実に引き上げることが可能になっていると言えるでしょう。

映画のような長期のプロジェクトだからこそ可能な部分もありますが、クオリティと自己決定感の両立という点で、非常に示唆に富む事例です。

ベイジ社のデザインフィードバック制度

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BtoBビジネスを営む企業をターゲットとしたWeb制作会社として、その豊富な実績で業界でも広く知られている株式会社ベイジ。同社の2021年11月のブログ記事に、非常に興味深いデザインフィードバック制度が書かれていたので、ご紹介したいと思います。

記事によれば、若手デザイナーの成長スピードを速めることを目的とし、同社ではベテランデザイナーがクオリティをコントロールする旧来的な「アプレンタス(徒弟)型」の体制から、ベテランはあくまで相談・壁打ち役に徹し、最終的な意思決定は担当する2年目以降の若手デザイナーに委ね、若手デザイナー同士の相互フィードバックによってクオリティを支えるという「メンバーシップ型」の体制に変えたそうです。

(従来のやり方では)「ベテランが防波堤となって若手デザイナーを守ることによって、むしろ成長スピードが落ちてしまう」
「ベテランはあくまで相談相手・壁打ち相手として若手をサポートし、直接的にはクオリティ管理をおこないません各デザイナーに最終的な意思決定を委ねながら案件を成功に導きます。
「相談相手を十分に確保するために若手デザイナー同士が相互にフィードバックしあう制度も取り入れました」

この体制はまだ始まったばかりとのことなので、この結果どういった変化が現れるかは今後明らかになると思いますが、担当デザイナー自身が直接顧客と折衝したりデザインの最終判断を行うことで、そこで感じる(良い意味での)責任の重さが速い成長スピードに繋がる、というのは確かにありそうな気がします。

確実性の高い2つの方法

上に挙げた2社の事例は、フィードバックで提示された修正案の採用/不採用はすべて制作者本人に委ねる、というものでした。

いきなりここまで振り切った体制にすることはちょっと難しい、やはり少し不安だ、といったケースや状況も多いかもしれません。もう少し確実性高く安心してクオリティを確保し、同時に担当デザイナーの自己決定感も一定満たすことができるやり方として、例えば以下のような方法を挙げることができます。

1.制作物ごとに決定権を委譲する

例えばIT系スタートアップのBXデザイン/コミュニケーションデザインの仕事では、セミナーの告知バナー、ホワイトペーパー、ホワイトペーパーダウンロード誘導用の広告バナー、営業資料、パンフレット、Web、展示会ブース、ノベルティ・・などなど、多種多様な制作物が存在します。

こうした制作物の中には、フォーマットが一度出来上がり、それに準じて制作を行えば、一定以上の品質はそれほど困難なく維持できる、というものもあります。まずはそうしたものから決定権を委譲していき、本人の能力の成長を見ながら段階的に難易度の高い制作物の決定権まで委譲していく、というやり方があります。

制作物の種類ごとに、下図の①から④へ向かって段階的に移行していくイメージで、これは非常に現実的かつ有効な方法と言えると思います。

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2.最終調整局面での決定を任せる

例えばすでに95%くらいの完成度にはなっていて、残り5%さらに詰められるかどうか、という段階まで来たら、5%詰められるかもしれない箇所について指摘をし、より良くできないか検証してみてほしいとお願いするが、最終的にそこを変更するのか現状のままでいくのか、変更するとしてもどれくらい変更すべきかの判断は任せる、といったように、「最終調整局面での決定を任せる」というのも、部分的決定権委譲の一つの方法として挙げられます。

一定のクオリティにはもう達しているのでクオリティ面で大きな問題はなく、さらに自己決定ができる部分も確保されている、ということで、これも「クオリティと自己決定感の両立」の一つの解法なのではないかと思います。

最も大切なこと

実は最終決定権を誰が持っているかということよりもはるかに大切なことが以下の2つだと私は考えています。

1) デザインの決定プロセスにおいて、「フラットな議論ができるかどうか」「自分の意見が何らかの影響を与えられると思えるかどうか」

これがデザイナーのモチベーションに与える影響は極めて大きいと考えています。たとえ最終判断の権限が自分になかったとしても、自分の意見がフェアに評価され、筋の良いアイデアだった場合にはちゃんと採用してもらえたり、採用可否の可能性を真剣に検討してもらえたりすれば、デザイナーは自己決定感をかなりの程度満たすことができ、モチベーション高く働くことができるのではないかと思います。

2) 決定権委譲までの道筋を示すこと

結果を出すことで周囲の信頼を獲得し、それに伴って少しずつ任せてもらえる(自分が決められる)範囲が増えていくことは、仕事の醍醐味とも言える部分だと思います。

自由と同時に責任の重さを知り、期待を超える結果を出すべく努力することで成長していく。やはりビジネスパーソンの成長と「任される」ということは不可分のものであり、デザイナーの成長においてもそれは同じことが言えるのではないでしょうか。

「いつまで今の状況が続くのか分からない(永遠に続くのではないか)」という状態よりは、「こういう部分が出来るようになったら、これの最終ジャッジは任せようと思っている。今のペースだとそれはこれくらいの時期になるだろう」といったように、自己決定感を増やすためにどんな能力をいつ頃までに伸ばすべきかというゴールセッティングがされている方が、モチベーション高く働くことができるのではないでしょうか。

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もちろん、「事業の要であるためどうしても現時点では決定権の委譲が考えにくい」という制作物が存在するケースもあるでしょう。その場合は率直に担当デザイナーにその旨を伝え、認識を共有しておくのがよいと思います。

ちなみに、自由の尊重やフラットな体制を標榜している組織では決定権などの権限の話は少し触れにくい空気もあったりするものですが、個々の制作物についてクオリティの最終責任を誰が持つのかということは、曖昧にせずに明確に話し合うべきことだと個人的には考えています。

フィードバックを「悪者」として捉えない

デザインフィードバック、デザインレビューは、送り手と受け手の間に実質的に立場の強弱があるケースがあったり、心理的に負担を感じるケースも決して無くはないということから、ややネガティブなイメージをもって受け止められることが多いのではないかと感じます。

一方でデザインフィードバックには、高い品質水準を求められたり、自分とは異なる視点から指摘されたりするうちに、だんだんと自らの審美眼や視野の広さが磨かれ、デザイナーとしての能力が着実に高まっていく、という極めてプラスの側面も存在します。フィードバックのあり方について語る際はこのプラスの面を認めることも大切だと思います。

前出のピクサーの本にも以下のような記述が登場します。

「そこで得られた視点を自分に抗うものではなく、プラスになると考えることがカギになる」

納得感を生むための共同作業

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フィードバックに対する納得感を高める上で、「デザイン原則」や「デザインガイド」といったトンマナやレギュレーションに関する規定をチーム共同で作り上げることも非常に有効だと思います。

「ここはデザイン原則にもある●●がもう少し感じられるようにしたいところだね」などとフィードバックをした時に、制作したデザイナー自身もデザイン原則の決定に関わっていたとすれば、そのフィードバックは非常に納得感を持って受け入れられるのではないでしょうか。自分も一緒になって決めたデザイン原則に従うということは、少なくとも部分的には「自分がデザインを決めている」と考えられなくもないからです。

デザイン原則は頻繁に変更することが難しいので、策定後に入社したデザイナーに対しては上記の話は適用しづらいですが、デザインガイドであれば日常的に更新を繰り返すことは可能だと思うので、「デザインガイドをより良くできないか、定期的にみんなで議論する」というのも有効かもしれません。

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いかがでしたでしょうか。

この記事がデザインフィードバックのあり方に悩んでいる方にとって少しでも参考になれば幸いです。

お読みいただき、ありがとうございました!

Cover Design : Kurumi Fujiwara
Pixar front gates:Aaron Gustafson(CC BY-SA 2.0)
baigie:baigie  corporate site
Other Images:Shutterstock

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