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ロックバンドoasis、敬意と反抗の創造性

創造性の進歩に最も適しているのは、敬意と反抗が混じり合った環境だ。

『Powers of Two 二人で一人の天才』p.43

90年代を代表するイギリスのロックバンドoasis。
バンドのことは知らなくても、代表曲"Don't Look Back in Anger"を聞いたらぴんとくる人は、多いのではないだろうか。

2017年、彼らの故郷マンチェスターで起こったテロの追悼式では、自然発生的に市民のあいだで、この曲の合唱が起こった。

18年の活動期間にメンバー変更を繰り返してきたoasisだが、常にバンドの核にいたのは、労働階級出身の二人の兄弟だ。
ギタリストで数々の名曲を生み出してきたソングライターのノエル・ギャラガーと、圧倒的な存在感を持つボーカルのリアム・ギャラガー。

 3人兄弟の中間子と末っ子の二人は、結成当初からいつも喧嘩をしていた。
ブリティッシュ・ジョークとともにくりだされるお互いへの毒舌は、ゴシップ誌にたびたび取り上げられ、世間を楽しませた。

この喧嘩が加熱して、2009年にバンドは解散に至り、今も和解していない。
(もう少し正確に言うと、最近になって、弟のリアムは和解をツイッターやインタビューでたびたび申し入れているが、ノエルが応じない)

兄弟喧嘩が解散につながったことは悲しいが、この喧嘩がなければoasisではないと、世界中のファンが思っているだろう。
今や54歳と49歳で、それぞれの子供も成人している二人だが、ファンの期待に応えるように、インタビューではいつも、それぞれお互いへの毒舌を吐きあっている。

ビートルズやストーンアンドローゼズの系譜を継承しながらも、彼らが二番煎じにならなかったのは、ノエルのソングライティングの力とリアムの声があったからというのはもちろん、この喧嘩があったから、と言えないだろうか。
二人がお互いに「反抗」しあっていたからだと。

oasisがデビューから一気にロック界の頂点にのぼりつめる3年間を切り取ったドキュメンタリー映画「オアシス:スーパーソニック」。

最頻出ワードが「f**king」のこの映画では、レコーディングスタジオの機材を破壊するレベルの兄弟喧嘩、移動中に乱闘騒ぎを起こして逮捕されてライブに来ない弟リアム、飲みすぎてリハーサルでろくに歌えず兄をイラつかせるリアム、ついには堪忍袋の緒が切れてバンドのツアーから逃亡したノエル……と「反抗」エピソードだらけだ。

当時の映像に、現在のノエルとリアムのインタビュー音声がのせられているつくりなのだが、数々の反抗エピソードを、「ロックンローラーだから当たり前だ」と、現在のリアムが解説する。 

実は私はこの映画を見るまで、oasisの曲は知っていたものの、彼らがどんな人かは知らなかったので、そのロックンロールぶりに驚いた。
あの優しいメロディの"Don't Look Back in Anger"や"Whatever"をつくったのは、こんな人たちだったのかと。

同時に、この映画がきっかけで、私は遅ればせながら(すでに解散から7年経っていた)、oasisの大ファンになった。
「反抗」の間に、時折見える「敬意」、そしてその狭間で美しい音楽が生まれる瞬間に、すっかり魅了されてしまったのだ。

二人の間には、「反抗」だけではなく、「敬意」もあった。

いつも兄に憎まれ口を叩いたり、飲んだくれていたりするリアムだが、おとなしくのノエルの言うことを聞くこともある。
彼は兄がつくった曲に、文句は言わない。ソングライティングに関して、兄は天才だと認めているからだ。

名曲"Champagne Supernova"のレコーディング風景は印象的だ。
ノエルが曲を弾いて、それを聞いたリアムが歌詞を見ながら歌ってみる。ノエルがそれに頷き、リアムがレコーディングブースにはいって歌うと、もうCDで聞くあの曲だ。

リアム「もう一回やっとく?」
ノエル「いや、いい。サッカーを観てこい」
リアム「やった!」

歌い終えるとすぐにリアムは、レコーディングブースから駆け出し、サッカー中継を見にいく。一発撮りで、あの曲ができあがったのだ。

ノエルのほうも、リアムのロックスターとしての存在感と声を認めていたようで、インタビュー音声ではこんなことを言っている。

「リアムは、顔はいいし、立ち方もファッションもいいし、歌もいい。作曲だけが俺にできて、あいつにできないことだ」

 「あいつのパーカーの着こなしを羨ましく思わなかったことはない」

映画「オアシス:スーパーソニック」

映画の序盤、1998年にシングルとして大ヒットする"All around the world"を、マンチェスターのスタジオで、デビュー前のoasisがセッションする映像が流れる。彼らが伝説のバンドになるのを誰かが見越していたのか、よく撮っていたなという貴重な映像である。
この映像には、こんなノエルの言葉が重ねられている。

「演奏に皆が加わると、俺の書いた曲が何か特別な別のものになって、俺の元へ戻ってきた。”すげぇ、最高!”それがオアシスの始まりだ」

映画「オアシス:スーパーソニック」

 oasisは、リアムがやっていたバンドに、ノエルが加入するかたちではじまった。その頃ノエルは、他のバンドのローディーをやりながら個人的に曲をつくっていたのだという。
彼のソングライティングの才能はすばらしいが、oasisというバンドがあってこそ、その才能が花開いたということだろう。

この「反抗」と「敬意」から生まれる創造性については、私がここまで文章にするまでもなく、本人たちは気づいていていたのかもしれない。

ファンの間でも人気の高い「Acquiesce」という曲は、数少ないリアムとノエルの両方がボーカルをつとめる曲だ。
(oasisでは、リアムが飲みすぎて歌えない騒動が続き、ノエルが代わりに歌ったことをきっかけに、ノエルがボーカルをつとめる曲もつくられるようになった。代表曲"Don't Look Back in Anger"もノエルのボーカルだ)

 Aメロをリアムが、サビをノエルが歌う。
「Acquiesce」というのは、直訳すると「しぶしぶ同意する」という意味だが、認めたくはないけれど、認めざるえないというニュアンスだろうか。

Because we need each other 
俺たちにはお互いが必要だから
We believe in one another 
お互いを信じている
And I know we’re going to uncover 
一緒に暴いていくんだろう?
What’s sleepin’ in our soul 
俺たちの魂のなかに眠っているものを

「Acquiesce」(日本語訳は筆者)

ノエルが歌うサビの歌詞はまさに、「敬意と反抗が混じり合った創造性」を思わせる。 

魂のなかに眠っているものが暴かれるときに、なにかが創造される。
その創造には、敬意だけではなく、相手を罵りたくなるような反抗が不可欠なのだとしたら。
その居心地の悪さが、創造性の必須条件なのだとしたら。

映画は、1996年オアシスの絶頂期に、2日間に渡り25万人超のオーディエンスを集めた伝説のネブワースパークでのライブで締めくくられる。
ジョン・レノンを模した髪型と眼鏡で、客席を煽るリアム映像に、ノエルの声が重なる。

「ステージ上でリアムと目が合う。それで俺たちは音楽以上のものでつながる」

映画「オアシス:スーパーソニック」

認めざるえないと感じながらも、つい火花を散らしたくなる相手に出会えたら、それは新しいなにかを生み出すチャンスなのかもしれない。

大人になって争いを避け、お行儀よく暮らす日常で、創造性への憧れは、まだ捨てきれない。

*「Acquiesce」が収録されているアルバム「ザ・マスタープラン」のポール・デュー・ノイヤーのライナーノーツでは、これは友情に関する曲でギャラガー兄弟の仲を表す内容でないとされている。ただ歌詞について聞かれると、いつもはぐらかすノエルのことだから、それが真実とはかぎらないのではと、個人的には思っている。

**筆者は、冒頭の文を引用した書籍『Powers of Two 二人で一人の天才』を出版する英治出版の社員である。本記事は、本のなかの好きな一文をテーマに文章を書く「一文偏愛」という企画の一環として書いた。
大好きなoasisとこの本について、思う存分書けて、とても楽しかった。
oasisファンと、『Powers of Two』の読書会をしたいという夢があるので、もし関心を持ったoasisファンの方がいたら、コメントをいただきたい。
(本書の事例にoasisはでてこないが、ビートルズのジョン・レノンとポール・マッカートニーがいかに「二人で一人の天才」だったかが詳細に書かれており、胸が熱くなる)

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