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ベトナムの若きオタクたちと、ゴスロリの思い出

ベトナム・ホーチミンに来て半年になる。

平均年齢33.6歳。日本より15歳近く若いこの国は、賑やかだ。バイクのクラクション、音漏れを気にしない自宅カラオケ、柔らかな発音のベトナム語の絶え間ないおしゃべり。平均年齢より2歳上の私は、この街では少し年寄り気分だ。

ベトナムの若者の間では、日本の漫画やアニメが人気だ。街中でドラえもんのグッズをよく見るし、日本でも人気のバスケットボール漫画『SLAM DUNK』の映画『THE FIRST SLAM DUNK』も、日本での公開から半年経たないうちに公開された。

ある日映画館に行くと、そのSLAM DUNKのキャラクターたちの等身大パネルのまわりに、人だかりができていた。若者が50人ほど、輪になって盛り上がっている。決して広くない、映画館のチケット売り場前のスペースだ。他の映画を見に来ていた私は、その集団の横をすり抜けて、チケット売り場に向かうことになった。

チケットの列に並びながら見ていると、輪の真ん中にマイクを持った若い男性がいる。他の人たちとの距離も近く、映画や原作の制作関係者ではなさそうだ。ベトナム語でなにを言っているかはわからなかったが、マイクの声に呼応して、皆しきりに歓声や笑い声をあげている。

輪にはキャラクターと同じ赤いユニフォームを着た人、キャラクターのお面をつけた人たちもいた。「炎の男 三っちゃん」と、主要キャラクターの愛称を日本語で書いた大きな旗をはためかせる学ランの集団もいる。

白いワンピースにヴェールというウェディングドレスのような出立ちの女性も、何人かいた。なんだろうと見ていたら、1人の花嫁がパネルのキャラクターとツーショットを撮りはじめた。キャラクターとの結婚写真を撮りにきていたらしい。

そういえば映画『THE FIRST SLAM DUNK』を見たとき、前の席の女性はプレーを祈るようなポーズで見守り、シュートが入ると黄色い声をあげていた。この日の輪では、映画上映中には少し控えめ(といっても、日本の映画館の観客よりは大胆)だった作品やキャラクターへの気持ちが、遠慮なく発散されているようだった。

あるのは、キャラクターのパネルだけ。ショッピングモールの一角のスペースだ。それでも、10代、20代に見える彼女たちは、声をあげ、写真を撮り、本当に幸せそうだった。マイクを持った男性が話し終えると、旗を持った学ラン集団を先頭に、一団は映画館の外へ列をなして走っていった。

彼女たちを見て思い出したのは、自分が10代後半から20代にかけて通っていた、バンドのライブ会場だ。ライブがはじまる何時間も前から、オタクたちは会場のまわりに集まる。売り切れる前に、ライブグッズを買うという目的もある。でも、多くの人は、大好きなバンドの話を、ファン同士でここぞとばかりにできるのを楽しみにしていた。普段、学校の友人や会社の同僚に話すとひかれてしまう熱量も、この場なら共有できる。むしろ熱量比べのようになって、自然と声が大きくなる。

手づくりのファングッズを配る人もいるし、それこそ旗をはためかせている人もいた。バンドメンバーのコスプレをしている人もいる。コスプレでなくても、多くの人はゴシックなバンドの世界観に寄せた格好をして、集まっていた。

17年前、19歳のとき。いつもライブに一緒に行く友人と、「今回は、私たちも“ゴスロリ”を着て参加しよう」と決意した。ゴスロリとは、ゴシック・アンド・ロリータの略で、ゴシック、つまり退廃的な雰囲気のロリータ・ファッションだ。普段はごく普通の大学生がするカジュアルな格好をしていた当時の私には、勇気がいることだった。でも、その装いで会場に行ったら、さぞ気持ちが盛り上がるだろう。たっぷりのレースがあしらわれたゴスロリ・ファッションで、音楽に合わせて頭を振る歳上のファンたちへの憧れもあった。

原宿の竹下通りで、はじめてゴスロリの服を一式買った日のことは、忘れられない。友人と「これ大丈夫?」「似合う似合う」と笑い合いながら試着をして、ひらひらとしたワンピースとヘッドドレス、スカート部分を膨らませるためのパニエ、履くのは幼稚園のとき以来のようなレースのついた靴下を買った。どきどきしながら着替えて写真を一通り取り終わった頃には、すっかり時間が経っていて、ライブの開場時間が迫っていた。少しまわりから浮いた装いに友人と照れ笑いしながら、ライブ会場の代々木体育館まで走った。

もちろんライブの本編は、楽しみだった。でもあの頃の私たちは、そのまわりで起こる、日常とは少し違うおしゃべりや装いに、盛り上がっていたように思う。
花嫁姿でパネルと写真を撮りあい、けらけらと笑うベトナムの若者たち。彼女たちを見て久しぶりに、満面の笑顔で早口でしゃべっていた友人と自分を思い出した。

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