取り繕わず、正直であれ。
もうどのくらい歩いたのだろうか。
蝉の元気な鳴き声が、耳につく。
疲れと焦りが、少しずつ押し寄せる。
6人の子どもと一緒に、迷子になってしまった。
*
ある夏に行ったキャンプで、小1~小3の男子6人班を担当した。
川遊び、流しそうめん、キャンプファイヤー、ハイキング。3泊4日で、夏を満喫できる内容が盛りだくさん。
宿泊場所周辺には、豊かな自然が広がる。珍しい昆虫も生息しており、男の子たちの目はキラキラと輝く。私たちの班は、自由時間を昆虫探しにあてることにした。
「あ、いた!」
すばやく動かした手の中には昆虫の姿が。どうしてそう簡単に見つけられるのだろうか。
よりレア度の高い昆虫を探しながら歩く。虫かごの中は、少しずつ賑やかになっていった。
もう一人のスタッフが、一足先に戻る時間になった。私たちが戻り始める時間までも、気づけばあと30分ほどになっていた。
「じゃあ、また後でね」
スタッフと分かれ、大人は私一人に。子どもは相も変わらず昆虫探しに夢中である。
「あと30分くらいしたら帰ろう」
子どもは草の中をくまなく探しながらも「おっけー」と返事をする。素直だ。
長いと思っていた自由時間は終わりを迎えた。
夢中になると、時間の経ち方が違う。
「そろそろ帰ろう」
子どもに声をかけ、戻り始める。
「あ~、もうちょっと探したかったな」
名残惜しそうなつぶやきが聞こえる。
今日はキャンプ3日目。明日は東京に帰る日だ。
東京の公園では、こんなにたくさんの昆虫は見つからないだろう。
つい名残惜しくなることも頷けた。
*
宿泊場所へ戻り始めてから、しばし経った。
なかなかわかる道に出ない。おかしいな、あの道に出るはずなんだけど。
もしかしたら変な道に入ってしまったのか。
いやいや、それにしても遠く離れてはいない。
焦らなくて大丈夫だ。そのうちわかる道にきっと出る。
私が不安になると、子どもも不安になる。「迷っているかもしれない」ということをしばらくは言わなかった。
「まだ着かないのー?」
そんな声が聞こえてきた。表情に疲れも見える。自由時間のスタートからは、2時間以上経過していた。
都心より涼しいとはいえ、夏真っ盛りの時期だ。
歩き続けると息も上がる。
私はいよいよ、道がわからなくなった。
自分の方向音痴さを恨んだ。
迷う余地のない場所だ。
自分でもなぜ迷ったのか、わからなかった。
でも迷ったことは確実だった。
整備されており、危険な道ではないことが救いだった。
おそらく距離的に遠く離れてはないものの、宿泊場所へ通じる道へ出ないと言った感じだろう。
私はついに、子どもに打ち明けることにした。
「ごめん!道を間違えたみたい…すぐには着かないかもしれない。みんな疲れてるのに、ほんとごめん!」
子どもは何一つ悪くない。
だから、心の底からあやまった。
きっとブーイングが来ると思った。
でも、来なかった。
あれっと拍子抜けするくらい、子どもは私を責めなかった。
*
「大丈夫だよ、きっとこっちで合ってるよ」
焦っている私を見て、そう声をかけてくれた子。
「おーい、先に行くなよ」
私より先走る子を、止めてくれた子。
「これ使えば、ちょっと楽になるよ」
歩き疲れていた子を気遣い、杖代わりにしなよと虫捕り網を渡した子。
その子は最後尾で、友達の背中を押しながら歩いていた。
自分もきっと、疲れているだろうに。
涙がこぼれおちそうになった。
迷子への不安と、子どもの優しさが合わさって。
本部に電話をかけ、現状を説明した。
やはり宿泊場所から離れてはいないようだった。
電話口のスタッフからは、何やってんのと笑われた。
電話の案内に従って道を進むと、わかる場所に出た。
心の底からほっとした。
自然の家に到着すると、リーダーが待っていた。
戻る約束の時間は、とうに過ぎている。
私が迷ったことはさて置き、子どもに対して「時間は守ろうな」という話があった。子どもは悪くないのだが、リーダーの信念があってのことだろう。子どもは真剣な表情で聴いていた。私が迷ったせいだとは、誰も言わなかった。
「あ!虫を帰してあげなきゃ」
そうだ、虫かごには昆虫が入れっぱなしだった。
昆虫たちには、昆虫たちの住所がある。
住んでいたお家に、帰してあげよう。
解き放たれた昆虫たちは自然の中へ帰っていった。
子どもたちの表情は、晴々していた。
その後子どもたちは「ゆっこが迷っちゃってさ、おれたちがんばったんだぜ!」と武勇伝を語るように、友達に話していた。
あれは、夏の思い出の一つになったんだろうか。
*
間違ったら、あやまる。
相手が子どもだからってごまかしたり、言い訳したりしない。
これはとても、大切なことだ。
私が道に迷ったことはもちろんわざとじゃない。
でも、子どもは悪くない。
大人として、私に責任があった。
だから「ごめん!」と誠心誠意、あやまった。
そうしたら子どもは、私を責めるどころか力を貸してくれた。この姿に、本当に救われた。
取り繕わずに、どれだけ正直でいられるか。
子どもは大人を、よく見ている。
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