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自分のしあわせに全力でコミットしよう!

私の愛読書に、

小田桐あさぎさん著

『「私、ちゃんとしなきゃ」から卒業する本』(通称:ちゃん卒)がある。

このポストを見てくれている私の友人や同僚のほとんどが多かれ少なかれ「ちゃんとしなきゃ教」の信者なんじゃないかと思っていて。

かくいう私もそう。

母に長年「ちゃんとしなさい」と言われてきたし(何なら今も言われてるし!)、その反動もあって、子どもには言わないように気を付けてるけど、つい言ってしまうこともある。(その時は、「ちゃんとって何?」って自分で突っ込んで、言い直してるw)

自分が「ちゃんとしなきゃ教」信者だと自覚ある人は、まず読んでみてほしい。

程度の差こそあれ、「えええええ!」「こんなの絶対無理!」っていう拒絶反応があると思う。笑

私はそうでもないかも、と思う人も、読んでみてほしいと思う。私なんてまだまだやな、って感じるんじゃないかと思う。

この本には、あれこれドン引きすることが書いてあって、中には嫌悪感すら感じる人もいると思う。(むしろ、嫌悪感を感じる人には、何がそんなに嫌なのか考察することを全力でおススメしたい)

この本のポイントは、もちろんドン引きや嫌悪感ではなくて、

嫌なことをやめて、心と時間に余白をつくって、自分のやりたいことをやる。世間や他人の目に惑わされず自分の本音で生きようぜ!

ということ。

妻、母、娘、職業人 etc etc 

沢山の役割を抱えて、家事、育児、仕事をジャグリングのようにまわす忙しい毎日のなかで、「自分」のための時間をとったり、ちょっと立ち止まって、自分が望む人生を考えたりする時間のない人がほとんどだと思う。

世間の目や周囲の期待に応えようとみんな自分を犠牲にして頑張ってる。

でも、それって何のため?本当にしあわせなの?

ということをこの本は問いかけてくれていると思う。

嫌なことをやるって、我慢でしかないし、我慢してると不機嫌になるし、自分にとっても、周囲にとっても、いいことないんじゃないかな。

  • 家事が嫌

  • 料理が嫌

  • 掃除が嫌

  • 洗濯が嫌

  • 子どもの相手が嫌

世界はやりたくないことであふれていて、まるっと人なり機械なりにお願いできたら楽だけど、現実はなかなかそうはいかないことも多い。

だから私は、やりたくないこと、やめたいことの一つ一つを小さく刻んで分解して、

  • 何が嫌なのか?

  • どうして嫌なのか?

  • どこなら人や機械にお願いできるか?

を考えるようにしてる。

細かく刻むのは、手放すハードルを低くするため。

そして、手放すことを決めたら、実際に行動してみる。

小さくても、嫌な手順を一つスキップするだけで、エネルギーを少しは温存できる。自分を大事にしてる感が生まれる。

やってみると、あれ?思ってたのと違ったなー、ということは結構ある。やめてみても、意外と大丈夫だった、というのが一番多い。

(だから、やめたもん勝ちなのよ!)

ところで。

見つかった「嫌ポイント」は、他のことでも、当てはまる/共通する場合が結構多い。例えば私の場合なら、

  • その日に着る服を選ぶ

  • 晩ごはんのおかず考える

  • 次に何の仕事をしようか考える

とかは、それだけで疲れて、一日終わった気分になる。

これらのタスクに共通するのは、

「何かを選択する/決断ときに迷うとエネルギーを消耗する」

ということ。

なので、この手のタスクは、徹底的に定型化・ルーティン化して、頭を使わないようにしてる。学生のように自分の時間割もつくって(笑)、前日夜には翌日のシミュレーションもしてる。

自分の嫌なことを細かく細かく見ることは、【自分をよりよく知る】ことにもつながってる。

なぜ、私はちゃん卒したいのか?

それはもちろん時間と心の余白をつくって、その余白で自分のやりたいことをやるため。無駄なエネルギー消費は避けたい。

でも、私には、もう一つ目的があって。

世間や他人の声にかき消されてしまいそうな、わたし自身の小さな小さな声を聞き逃さないで拾ってあげたい。

そして、その望みを叶えてあげるために、行動することが大事なんじゃないかと思ってるから。

望む結果が伴わなくてもいい。(結果ではなくプロセスに着目したほうが幸福度が高いことは科学的にもわかってるらしい)

全ては自分のしあわせのため。

自分のしあわせに全力でコミットする。

だから、今日も私はノートに向かう。細かく手順を書き出すために。

じゃなくて、自分の本音、小さな声を聴くために。

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