ブラックボックス(砂川文次/講談社/芥川賞受賞作品)
<著者について>
砂川文次さん
大阪府出身。元自衛官の経歴を持ち、2014年に陸上自衛隊操縦学生であった頃に書いた『市街戦』が評価され、2016年「文學界新人賞」を受賞してデビュー。『戦場のレビヤタン』が2018年下半期、『小隊』が2020年下半期の芥川賞候補となり、三度目の候補ではれて受賞されました。
<芥川賞とは?>
芥川龍之介賞、通称芥川賞は、純文学の新人に与えられる文学賞である。文藝春秋社内の日本文学振興会によって選考が行われ、賞が授与される。友人であった菊池寛が1935年に直木三十五賞(直木賞)とともに創設し以降年2回発表されてきました。
新人作家による発表済みの短編・中編作品が対象となり、選考委員の合議によって受賞作が決定されます。
<あらすじ>
ずっと遠くに行きたかった。
今も行きたいと思っている。
自分の中の怒りの暴発を、なぜ止められないのだろう。
自衛隊を辞め、いまは自転車メッセンジャーの仕事に就いているサクマは、都内を今日もひた走る。
昼間走る街並みやそこかしこにあるであろう倉庫やオフィス、夜の生活の営み、どれもこれもが明け透けに見えているようで見えない。張りぼての向こう側に広がっているかもしれない実相に触れることはできない。
<感想> →少々、ネタバレです
自転車便のメッセンジャー、主人公の20代後半サクマは、都内を疾走しながら将来への不安を感じながらもどこにも抜け出せない。後半は刑務所に場面が移って、展開は複雑ではない短編小説なのですが、彼の葛藤と自暴自棄、淡々と表現された客観的心情描写の行間からも息苦しさが聞こえてきます。
今の時代を表す小説、決して明るい物語ではありませんが、さすが芥川賞受賞作品、迫ってくるものがありました。物語は、サクマが自転車便で走行中に併走したベンツに接近し転倒したものの、知らん顔で逃げられ『ふざけんなよ!』と声を荒らげる場面から始まります。
さて、いつ彼は爆発するのか。
サクマは人付き合いが苦手で無口なのに、つい言葉を発してキレて、転職の繰り返し。挙句には刑務所で同房の人々との関わりの場面となります。
でもサクマが衝動を抑えられないのは、一貫して理不尽な事にだけなんです。だから、誰でもそれぞれ形は違えどストレスをかかえているコロナ禍の今だから、別世界の物語とは感じずに、サクマが自分と向き合い、他者がいて社会があって、その社会の中で生きていく術を見つけていく、その姿に少なからずも共感しながら読み進められるのではと感じました。
『ブラックボックス』と題したこの社会を、『昼間走る街並みやそこかしこにあるであろうオフィスや倉庫、夜の生活の営み、どれもこれもが明け透けに見えているようでいて見えない。張りぼての向こう側に広がっているかもしれない実相に触れることはできない。そんな予感がぼんやりと心中に拡がる。』と書いています。
これは一部ですが、想像ではなく実感からの文章だと感じました。刑務所に入り、やっとサクマのどこにも辿り着けない自転車での逃走が終わります。
ここで更に独居房にいれられ、自分を見つめます。人付き合いが苦手だったサクマですが、人とのコミュニケーション、言葉が無くなった途端窮地に立たされます。読後は言葉について思いました。言葉は2種類あって、一つは他人を確める言葉。インターネットの新しい空間が広がって、他人を確める言葉や技術は発達しました。でももう一つの自分を確める言葉は追いついていないから、コミュニケーションがしにくいのでは。心という目に見えないものを言葉にする。その為にも、自分を見つける為にも読書があるのではと感じました。さてサクマはどこに辿り着くのか。サクマに人生の刑期満了はくるのでしょうか。砂川さんのこの実感を感じさせる文体でイラクの紛争地の生と死について書かれた『戦場のレビヤタン』も読んでみたくなりました
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