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こちら精神科相談室です③

時計は早くも、昼過ぎをしめす。

大森主任も、南相談員も、相談室にもどり、午前中の記録をかきながら、病棟などと内線しながら、連携を図っていた。

そろそろ、休憩にしましょうか。大森の声を待ってました、とばかりに、南は、机の引き出しから、コンビニ弁当をだす。

幸子は、横目で、小姑みたいなことを言う、いつもの、太陽の光が入る相談課。

「コンビニ弁当ばっかりじゃん、いつか、体こわすよ。たまには、彼女の手作り弁当とかさー」

いつもここで、あえて、話をとめる幸子。
南は、無愛想に応える。

「彼女が、いたら!作ってもらいますよ!」
「また、そんなに、本気になってー」
「まぁ、まぁ」大森が、いつも、微笑を浮かべながらここで、はなしを区切る。

「あっ、大森主任、結婚って、子供って、どんな存在ですか?」南が箸をおく。
「え?どうしたの?急に」幸子がちょっかいをだす。南の妙に真剣な表情に、一瞬、テーブルが静かになった。

「うーん、言葉でまとめられないし、それぞれの価値観だろうけど、子供に最期会えないのだけは辛いかな」ゆっくりと口をひらいた。あまり、家のことを話さない大森。奥さんについては、何も聞かされていなかった。手元のお弁当をみる。どうやら、冷凍食品を大森自ら詰め込んでいるらしいものだった。

「そうですか」南はそういうと、食べかけの弁当をかたづけはじめた。

「もしかして、小林さんのケース?のこと?」
幸子は、ポツリとつぶやいた。

南は特に返事をすることなく、木製のドアを青いスニーカーで出て行った。

いろんなことばが、南の頭にうかぶ。
いろんな想像が、南の頭をめぐる。
決して、それらは、まきもどせない。
決して、他人にはわからない。

人間は、いま、いきている。
時間は、いま、うごいている。


急ぎ足で、でも、病棟の師長におこられないスピードで、南はピンクのカーテンに向かった。

「小林さん、ちょっといいですか」
「あっ、はい。あなたにも、退院にむけて、たくさん、お世話になるわね。ありがとうね」

少し、風が窓からはいる。

あんなに、いろいろ、はりめぐらせてきた、言葉はなにもでない。南は悔しかった。年齢も経験も。

いくら、プロだとはいえ、人生のできごとのたくさんを味わってきた大先輩に、何の介入もできていない気がした。自分が、1番大切にしてること。退院後のサービス調整なんかじゃない。

誰しも、後悔はある。
それは、至極、当然だ。
でも、それが、病、精神疾患によって、ぐちゃぐちゃにされ、必要なときに、必要な、介入支援がなかったゆえに、一生、後悔を背負う覚悟をきめた、人間が、寿命も、全うしかけている人間が目の前にいる。だのに、、


小林が口をひらく。
「今日はお散歩にピッタリね」
「そうですね」外などみないで、南は応える。

「あなた、わたしに何か、用事があるんじゃかい?」小林は優しく、南をみる。

「あっ、はい」

みる角度によると、祖母と孫にみえる。なんだか、あたたかな、おもいやりの色がまとまりつく。

「僕、うまくいえません。だから、はっきりいいます。」南は、うつむきながら、言った。

「退院の機会に、今後は、年齢的なことも考えて、緊急連絡先もいりますし、、いや、何より、今、息子さんと会って、病気について、話をしてみませんか。いや、一緒にさせてください」

しばらく沈黙がつづく。南は顔をあげられないまま、うつむいている。

「ありがとう。あなた、優しい人ね。でも、いまさら、もう、まきもどせない。どこから話をしたらいいのか、わたしには、雄一がまだ小さい姿しか知らない。大人になった、あの子をみて、息子だっていう実感さえ、もてるかわからない、」そういうと、しばらく、黙った。

風が鳴る。

「もしかしたら、わたし、にげているのかもね。責められるのが怖いのかも。いや、母親じゃないと言われるのが、怖いのかも。もしかしたら、わたしは、雄一のことじゃく、自分のことしか考えていないのかもしれない、」

南は拳をつよく、握った。
言葉は反対に、反応しない。

やっと、ことばをふりしぼる。
「退院まで、もう限られています。もう一度だけ、考えてみてください。今度は、僕たち相談員も、お二人の間に伴走させていただきますから。一人じゃないですから。」


西病棟から、相談課におりる、階段にゆっくりとスニーカーの足音がひびく。ゆっくりと。


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