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ある日のこと.
海を見たいな,と思っていたところに,お義母さんから妻の故郷の海の写真が送られてきた.ちょうどその日に訪れたのだと.
僕が妻の火葬の後に一人で旅した時に訪れた場所だ.
高台から小さいきれいな海水浴場を見下ろしている.陽の光を反射した白い砂浜と,妻と息子のところへ続いているような縹の色の海であった.
 
妻が生まれたのは海沿いの街だ.
きれいな青い海と緑の山に挟まれた,穏やかな場所であった.彼女が最期の時を過ごした場所でもある.僕は彼女と付き合い始めた次の年に初めてその場所を訪れた.初めてお会いした妻の家族は僕を歓迎してくれた.これから何度も訪れることになることを予感し,それは現実になった.
 
今でも休みがとれた時や何かの節目には訪れ,その景色を見ながら思い出すのだ.
行き帰りの道を通る時はいろいろな気持ちであったなと.
初めてご両親にお会いした時.結婚の報告の時.息子を連れて3人で,起こさないように緊張しながら.そして死を伝えられ,悪い夢であってほしいと朦朧とした頭でただ走ったこともあった.

妻の部屋.写真や花が飾られている.
妻と息子がよく座っていた場所に座って,二人と同じ景色を見て,どこかに残る匂いを探してみる.
妻の小さい頃のアルバムを見る.やはり息子は妻に似ている.
火葬まで妻が横になっていた部屋で,あの日と同じところに背をもたれてみる.
 
妻の実家と,僕たちが住んでいた東京.
息子が生まれて里帰りをして,また戻ってを何度か繰り返した.
そのせいかどこか今でも,お義母さんたちは東京にいけば二人に会えるように思い,僕は逆に実家に行けば二人に会えるように思っているのかもしれない.
いつだかお義母さんが言っていて,そう思った.
 
妻の火葬が終わり仕事復帰までの間,短い旅をした.
妻の故郷を,目的もなく車を走らせた.
その時見つけた秘密の場所がある.小高い山の,散歩道から逸れたところに.
街と海を見下ろせる,木漏れ日が差す静かな場所.花壇に花が咲いていた.
もう会えない人がいるような,不思議な神秘的な.
冬から春になると海の色は変わるのだと,妻がおしえてくれたのを思い出した.
あの場所に,今はどんな花が咲いているだろうか.


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