本当に幸せで、生きる意味を味わって、生きていくための日々のレッスン。
明るく振舞わないといけない、いつもポジティブ思考じゃないと、早くすることはいいこと、そういったことをおもっていました。そんなふうに生活していますと、結局何が何だか分からなくなってしまい....、自分の捜索願を出さないといけないような状態になっていました。
そんなこんなで日々、心を整え、「本当の自分はどこにいる?」と探し続けてきました。本当の自分ではないのですが、素の自分がすこしずつみえるようになってきており、そのことで着地点を発見したように、ホッとしてきています。
迷子になって両親と再び会えた、5歳児のような心境でしょうか。
自分が何かわからないというのは、とてつもない不安であり苦しみでしかないようですね。そのことがハッキリと分かったように思います。
いまもですね、自分探しはつづいているのですけれども、以前と比べると意味合いが、もっとカラフルになってきたように感じます。
以前は、しっちゃかめっちゃかになっていて、おちつきもなく、なにをしているのかわからないような感じで、心と向き合っていたのですけど。
いまはというと、ちゃーんと自分の感じていること、おもっていること、どうしたいのか、ということを「味わうように」すすんでいます。
その中で以前はなかった、「悩む」ということがすこしずつ起きてきました。
昔のぼくは、悩むという習慣がなく、何も考えないでというのか、思っていることを心の押し入れに押し込めて感じることもしないで、エゴで突き進んできました。
まわりのことを考える余裕も、なにが幸せであるのか、と。れいせいに考えることもできませんでした。
それで、さいきんは、悩むことがちらほらとあります。
コンプレックスにも気づいたり、心のネガティブ感情にもセンサーが働くようになりました。
そういった変化は、「心の台風」が静まってきたことを、お知らせしてくれているサインのような気がしますね。
小さな感情や、ささやかな幸せ、喜びを拾いながら生きていけることに幸せを感じています。
大きな成功や結果を出すこと、世に出ていくことをしないでも、ちゃーんと今いる場所でも、自分のなかに静けさが広がり、平和が広がってくれる。
「成功すれば、しあわせ。」
とおもっていましたが、そうでなくても、より深くから満ちるということに出会えている今は、いろいろなことに感謝だな、と感じます。
「あれがこうなっていない」「これがこうなっていない」「あれはどこへ行った!」と怒ったり、いらいらしたり、悲しかったり、葛藤したりしていたけれども、青い鳥を追わないで手に入る幸せが、あったのですね。
昔いた自分にティーチングしてあげたいです^^
人生何が幸せに転ぶかわかりません、今ある「アンハッピー」ももしかすると、「ほんとうの幸せに目覚めるためのサイン」かもしれません。
幸せを外側に求める人生から、内側を整え「変わらない喜び」「ブレない平和」とともにある人生へシフトしていくと。
不幸なんてなくて、学びで感謝なんだって、思えると思います。
ぼく自身も道半ば、これからも本当に人生、本質的な生き方を思い出していきたいですね。
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