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なぜなら

「なぜ奈良?」
移住してから8回訊かれた質問です。
そんなこと僕が分かるわけないです。
答えられる人がいたら、それは神の領域と言えるでしょう。逆になぜあなたはそこに住んでいるの? と訊かれたら答えられる人はいるんでしょうか。たぶん誰もいません。場所は重要では無いからです。もし訊くとしたら「なぜ2024年に移動したの?」が正しいです。


上京せよ、三三七拍子で

ところで日本の首都はどこだか知っていますか? 滅法地理のことに疎い人は「東京」と答えるし、地理にとても詳しい人は「定義されていない」と答えます。現行の法律では首都を定めた条文は無く、「首都圏整備法」によって首都圏が定義されているのみです。「首都建設法」が廃止された1956年以降、どこが首都なのか分からない宙ぶらりんの状態が続いています。そういうわけで、奈良県を首都だとすることにしました。奈良を首都だとする都合のいいデータを集めるまでもなく、奈良は日本発祥の地であり、「日本」という国号が生まれたのもこの土地です。

皇居が設置された回数一覧

奈良県 44回
大阪府 10回
京都府 5回
滋賀県 4回
福岡県 2回
兵庫県 1回
東京都 1回

淡路島への睨み

「奈良に移住したのは、上京したかったから」という理由は分かりやすくシンプルです。とはいえなんだかフワっとして芯を食っていない感じもしてしまいます。思い返すと、淡路島への睨みが以前からあったと思います。千賀一生さんという方が著書『ガイアの法則』の中で、文明は1611年周期で移動していくというものであり、かなり面白い仮説です。

科学界でもオカルト界でも無視されているこの説が僕は大好きで、次の文明は近畿地方を中心に起こると予想していました。2018年ぐらいから淡路島への興味は育てていたのです。

1995年1月17日、午前5時46分。

1995年というのは安全に引き返すラストチャンスだったのだと今になって思います。実際、楽しそうだなと感じる時代ってここまでです。ここから先は資本主義と民主主義が脱臼を起こして、両輪から単輪となり同じところをぐるぐると回転しているような気がします。これを脱出するための加速主義は東京のほうに任せておいて、奈良では奈良なりのナラティブを始めさせていただきます。

まずは畑がやりたい。ベースとなったのは森永卓郎の「マイクロ農業」のすすめ。ゲームさんぽでも鮮やかな手腕で独裁国家とタバコ農業の良さを教えてくれて勉強になった。このまま原油が高騰して、野菜の運搬費が上がることを考えると近所で野菜が摂れることは必須条件。あと土に触りたかった。

奈良で始めたいことの筆頭はこれくらいで、地域新聞もやりたかったけど、依世のアドバイスで一旦ステイさせている。奇しくも今年2024年は関東大震災から100年。東京でなにかあったときの逃げ先も用意しておきたかったのです。

実はどこも同じ

めっちゃ身も蓋もない話をすれば、場所は重要ではないので移住先はどこでもよかったりしました。東京に飽き飽きしていたので、都会以外であればどこでもよかったのです。これまでもいろんな場所で暮らして来たけど必要なのは「楽しむ気概」と「お金」だけだというのは分かってたのでどこでも不安はありませんでした。とはいえ同居人にはそれぞれ都内で仕事もあるし、みんなで田舎に行けるのは2〜3年先かなと思ってました。

そんな煮詰まってきた状況のとき、仲間の1人が株式会社始発を抜けるということで脱退したのです。僕としては一生ものの仲間だと思ってたのに、向こうからはそうではなかったという事実を突きつけられて凹んだりもしたんですが、泣いていても始まりません。人生長く生きてりゃそんなこともあります。どうせ20年もしたらまた会えるはずです。メンバーが1人減ったことで、家の家賃も回らなくなったので引越し先を検討することにしました。

ある夜、帰ってきたら同居人が言いました。
「ゆうきくん、奈良に行かない?」
奈良!行ったことない!
「行く」と僕が答えて奈良行きが決定しました。同居人の妻が奇跡的に奈良の生まれでゆかりがあったのです。奇跡と努力が重なって、念願の「仲間と田舎に移住する」が叶ったのです。ラッキーが過ぎる。望んだことが次々と起こるのは苦しい20代を過ごした自分へのご褒美でしょう。

逆に、どこだったら自分は断っていただろうかと考える。神奈川、埼玉、千葉だったら間違いなく断っていた。僕が行きたいのはひとつだけ「遠い場所」であること。それであればブラジルの山奥だろうが、フィリピンの離島だろうが一緒に行くよ。

場所じゃなくて仲間が重要だったのです。

夢・浪漫・奈良

行ったこともない見たこともない土地に移住してみると、そこは発見だらけで、物価も安かった。生きることを楽できて、なぜだか水も野菜も美味い。そんな当たり前のことが嬉しくなる。当たり前に手が届く喜びを知れるのは移住の良いところだと思う。

仕事が安定するまでは派遣の仕事に行こうと思い、派遣されてみると担当者がいないので30分いきなり休憩室で待機させられて、同じ派遣から来たお姉さんと「奈良ってゆるいですね〜」と話したりした。

時給も1100〜1400円と地方にしては悪くなく、話を聞くと大阪や京都の企業が入ってくるので給与水準は高いのだそうだ。知らなかった。最低時給の930円ぐらいを覚悟してた。家賃も2万5000円安くなって、床面積は2倍になった。4LDK +6畳のベランダ +無料の駐車場付きだ。至れり尽くせりすぎる。こんな綺麗な家にこの年齢で暮らせるなんて夢みたい。リビングなんてNetflixのドラマかってくらい広い。走れる。家の広さって物語において重要だなぁと思うのです。

私の目標

この世のトラブルの根源は家賃であることに気づいていました。なのでそのままシンプルに「日本中の家賃を0円にする」というのをゴールに設定すればいいことに気がつきました。気がついたらすぐ実行です。

私たちの目標(仮置き柵)

ありがとう素敵な仲間たち。このような項目を置くことができて嬉しい。まだまだ仲間が増えていく中で、仮設的に設置できる夢があることを嬉しく思います。いつか困った時にこの記事を読んで、仮設テントのようになれば幸いです。

2024年です、こちら。愛媛の小さな町でこの文章を書いています。その中の小さな喫茶店で話せたことが嬉しいです。もう奈良を離れて13日目、なんだかずいぶん遠いところに来たような気がします。

2650文字も前置きを置いてここまで隠しておきたかったのは、きっと僕の無意識。もう柵は越えちゃってるんだぜ。LINEでこの記事が送られてきた時点で諦めな。ありがとう詩音、ありがとう大輝、今年もまた来たぜ。理想の大人に今なれてんだ。大人になって当たり前に5年ぶり10年ぶりなんて嫌だから、嫌だから今ここにいる。去年は血まみれだったが、今年も今年で満身創痍。吏羅、いつも見てくれてありがとう。こっちで知り合ったマクドナルドさんが宮崎に行くよ。すべてを受け入れてくれた依世ありがとう。依世が始めたこの物語、俺が無駄にしないぜ。和合大地の動画はこちらでも披露した。大輝の魂に火が宿ったよ、ありがとう。もう大丈夫にしてくれてありがとう。アラタの存在も少しづつ伝えている。太加丸は元気してるか。つのぴーと又吉に会いたいぜ。そんでここまで読んでるんだろお前も。畑に水やりしながら聞いてくれ。奈良で出会った新しい仲間たちもこれから紹介していくよ、新しい熱量で。今はただこの熱風を全身に感じて、踏切待ちに桜を見てほしい。ザザッ、こちらは愛媛でカワカミユメトという建築学の院生と出会った。大輝と毎週1回、話す時間を作っていた彼と繋げてもらい出会うことができた。建築家という職業を崩壊させる話がとても楽しかった。僕の父親も消防士だからその気持ちわかるぜ。ハードウェアは分からないから一緒に学んでいこう。技術なんてクソと言い続けた甲斐ありきにて、ソフトウェアは詩音と大輝がプロフェッショナルだから任せな。タイヤをつけて建築基準法回避のなんでもアリの場外乱闘だ。俺の仲間はみんな苦労を乗り越えてきて、もう効かないんだ歯止め。未来の幸せのために現在を犠牲にする世界にうんざりしてんの。下積みなしで最短距離のゴールへ。私ももう我慢できません。

薩摩藩(さつまはん)は、江戸時代の藩。 藩庁は鹿児島城(鹿児島市)、藩主は島津家。 薩摩・大隅の2か国および日向国諸県郡の大部分(現在の鹿児島県全域と宮崎県の南西部)を領有し、琉球王国(現在の沖縄県)が服属した。

薩摩藩 - Wikipedia

奈良に引越して詩音から出てきた言葉が「家藩いえはん」でした。尭也と話したことの延長上「村という単語を使わずに、どうやり過ごすか」という課題からです。集落全体をひとつの家にたとえ、リビングやキッチンなどが家ごとの役割と役職ロールになっている概念だ。まだこの概念は育ちきってないけれど適切に誤読してもらえればと思う。そこでは道路は存在せず、家と家を繋ぐ庭園が広がる。

世界集落の発見中川武教授最終講義・記念シンポジウム「世界建築史をめぐって」

家賃というベールに覆われた私たちはずいぶん窮屈になってしまったと思います。周りを見渡せばお金を払って他人に建てさせた家ばかり。街を歩いていてワクワクする建築に出会うことはほとんどありません。太加丸に屋久島で言われた「家は商品じゃなくて作品」という言葉がまだ残っています。

まだソフトウェアは何が機能するのか分かりません。隣の家からピアノの音が聞こえてきます。幸いなことにたくさんの実験を事件にしようとしている人がたくさんいます。この日本にです。とある自治体ではマイナスも可能な地域通貨がもう何年も通用しています。(大輝へ:詳細また教えて)

説明書を書き換えろ

外と中がインサイドアウト宇宙の罐詰する環境にいたせいか、住まいは社会だと思うようになりました。会社を社会だと思っている社会に疲れたら本当の社会に戻って来れる方法はあるんだろうか。ビルが建ち会社が入り、ビルが儲かり、私たちは疲弊する。おそらくそれは無限の営みとなって襲ってきます。入学試験の時からそれを感じていました。明確なゴールラインがなく、上位を採るとなればその努力量は無限に発散する。そんな状況を許していいわけがない。そんな状況を子や孫に引き受けさせていいわけがない。

ルールを守りながらうまくやる、そういった大人たちもいます。長く生きてきてそういったやり方は自分にはできないだろうなと思いました。社会や経済が欲しかったら自分たちで作るしかない。大人が笑顔でいるために、大人の才能が花開くように生きていく。そのための整備は始まったばかりです。起きたら水を組んで朝食を。火が暮れる前に風呂を沸かそう。

理由は二度漬けOK

そんなわけで同居人の妻が「奈良に帰りたい」と言ったから、来た。という説明に3秒もかからない理由で奈良に移住したことは説明が楽なのであります。ところが、何度も訊かれるうちに、もっと高尚な理由が欲しいという欲も出てきたので探している最中ですが、いろいろ見つかりました。そもそもこれまでも移住で真っ当な理由があったこともありません。僕は自分の人生を自分でコントロールできると思ってないので、理由が無い方が移動しやすかったりもします。理由がある移動ってだいたい良いものにならないからです。なのでまずは移動してみて、そこで理由を見つけるといい感じになります。未来は分かりませんが、過去が書き換え可能なのは助かります。ありがとう神様。きっと5年後に訊いたらまた違う理由を言うと思います。

まだ出会ってないあなたへ

連絡を取りたいけれどまだ連絡を取れていないあなたへ、ラブレター。核融合炉が1980円で売っていない2024年では困難なことがありますが、土地と建築とコミュニティの次はエネルギー問題が待っています。畑の耕し方も、水力発電の仕方も分からない私たちはあなたと出会うのを心待ちにしています。誰が誰の子供か分からない時代からの長い道のり、人類はさまざまなことを学んできました。いよいよ月面への着陸も許され、宇宙派・ヴァーチャルリアリティー派・身体派の棲み分けがはっきりしてきました。そんな中、すべてをひっくるめて遊んでいこうではありませんか。

大輝へ

ダイチワゴウがテレビ出演したときの映像もあるから貼っておくね。


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