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無理のない器 たのしみ。

72歳のこの方との出逢いは15年前です。読書家の陶芸家で哲学者のような、わがままな茶碗屋さんで私の大切な人です。久しぶりに伺ったら幸運なことに、お客様がいらっしゃらず茶碗屋さんを独り占めです。じっくり会話を楽しみました。この方との会話は音楽のようです。

私が器に魅せられ生活が豊かになったのは、この方に出逢ったからです。プラスチックな器は割れないけど、色気ない味気ない節操ない。ないものづくし。15年前は独身で当時彼女だった妻とのデートコースに立ち寄った場所でもあります。長女も次女も産まれたときに茶椀をひとつ買いました。 割れるのが心配で最初はプラ茶碗にしようか迷ったけど、割れてもいいから茶碗屋さんの茶碗にご飯をよそいました。

娘たちは私達夫婦が大切にしている器への想いを見て育っています。娘たちも大切に使うので割れる心配はなさそうです。割れたら庭に飾るだけですよ。

今日は独り占め、茶碗屋さんと私
なので3年前の「私は茶碗屋になったよ東君」の真相を問いました。

鹿児島県の西部、薩摩半島の中北部に位置する吹上町にある松韻窯。松韻は、松にあたる風の音の意。
(茶碗屋さんとの会話は松にあたる音のよう)

茶碗屋さんは吹上町の土を自身の手で堀り選別して焼いておられます。いろいろな土の特性があり、吹上町の土は茶碗に一番似合うので茶碗屋さんだそうです。これがs真相。

この方は80歳までに、無理のない器を作るのが夢だと言います。
「手が勝手にかたちをつくる様になれたよこの歳で。」72歳の哲学者で陶芸家で大切な人は、言ってます。「無理のない器をつくれたらいいなぁ。」「使う人が無理しない器を」って目標にする人です。

「無理のない茶碗」
その時の白米が楽しみです。



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