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スラム街の子どもたちー20年前と変わらない世界【バングラデシュ渡航記3】

20年前のことを、私は知らない。でもこのタイトルをつける。詐欺的で、ごめんなさい。でも、それには理由があります。

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車の後部座席のドアを開けると、むっとした臭いが鼻をつく。

スラム街を描写するにあたって、まず私の文章技術が足りず表せないものがいくつかあるのだが、その筆頭は臭いである。だけど、どんな写真にも現れてこないもの、スラム街をまずスラム街たらしめているものはその臭いである。
生の魚と、ドブと、ほこりのまじったような臭いが街じゅうに蔓延している。

バングラデシュ人の同僚が先に降りて、車の外からこちらを心配そうに見つめている。私はリュックを前に抱え、ドライバーにお礼を言って、両足を揃えて砂利の上に降り立つ。近くの肉屋や自転車修理工の周りの目は、気にしていたら始まらない。

パキスタン

歴史を簡単に見ると、インド(ヒンドゥー国家)、パキスタン(イスラム国家)、バングラデシュ(イスラム国家)はもともと同じ国だった。しかし宗教の違いにより、インドからパキスタンが独立した。次に地理的な理由も相まって、東パキスタンと呼ばれたバングラデシュが、1971年の独立戦争を経てパキスタンから独立した

ただし罪深い国境が常にそうであるように、その目に見えない線は人々をきれいに分けはしない。Aだと思う人は左の四角へ、Bだと思う人は右の四角へ、とクイズ番組のようにはいかないのだ。

だから、「バングラデシュ」とされた国の中には、ウルドゥー語を話すパキスタン民族が少数派として存在する。もともと同じ国だったが、違う民族が取り残され、無国籍民族として孤立してしまっているのだ。

今回訪れたのは、そんな「パキスタンへの帰還を待つパキスタン人」と呼ばれる民族であるビハリ族の住む難民キャンプだった。難民キャンプとは言っても、人口は3万人とも5万人とも言われ、その多くはそこで生まれ育ち、生活をしている。学校もある。

まず目に飛び込んだのは牛の皮と思われる、黒い物体の山。反物のようにきれいに折り畳まれて重なっているが、内側から染み出す血は隠れきっていない。砂と小石の混じった白く埃っぽい道路から一本奥に入ると、たくさんのお店が並んでいる。野菜や果物、穀物。魚がかごに直接入って道に並んでおり、”商品”にはハエがびっしりついている。

足場は水浸しで、それはどこからくるのかよくわからない。多くの大人や子どもで、せまい道はごった返している。両脇には、スナックがぶら下がる「便利屋」のようなお店や、民族衣装を作るための布のお店もある。もう少し楽しそうな雰囲気であれば、ハリー・ポッターの「ダイアゴン横丁」を歩いているように物珍しさに胸を膨らませてキョロキョロしてしまったかもしれない。

いきなり、学校が現れた。学校といっても建物ひとつに教室が並んでいるだけだが、一応門もある。手洗い場もあって、啓発用のポスターも貼られている。ここでは地元NGOの運営により、本や子どもたちのカバンがまかなわれているそうだ。

学校でしばらく話を聞き、居住エリアを見学に行くことになった。私は前にリュックサックを抱えたまま、すばやくiPhoneのカメラをオンにして、リュックサックに押し付ける。何が撮れているかわからないが、これは記録しておかなければいけないととっさに感じた。

居住エリアに足を踏み入れると、それはよく話に聞くような”スラム街"そのものだった。足元は依然びしょびしょで、そこを子どもたちが裸足やサンダルで歩いている。

建物と建物の間は、つまり自分たちが歩くスペースは、両手を広げれば壁に両方ともついてしまうくらい狭いところもある。壁に洗濯物がたくさん干してある。

家々にドアはなく、前を通るとたくさんの目がこちらを向く。一つの部屋に、ベッドがひとつ。洗面台。ごちゃごちゃと並ぶ生活用品。老人も、母親も、子どもも同じ部屋で生活しているのだ。

学校を運営しているNGO団体が、そのエリアで8つの共同トイレや水道場も運営しているらしい。

その共有トイレの前で立ちすくむ女の子の髪には、ハエが2匹止まっている。案内をしてくれた先生が、その見知らぬ女の子の頭を通りざまにくしゃくしゃっと撫でた。きょうだいなのか、小さい男の子が一緒に裸できょとんと立っている。その子のお腹はぽっこりと膨れている。栄養失調からくるものだろう。

22年前のバングラデシュで社長が子どもたちを見て、「栄養問題を解決したい」と思ったときから、会社が立ち上がって15年経った。私が入った部署では、バングラデシュのスラム街で栄養豊富なビスケットを配る活動を8年続けている。

私は正直疑問に思っていた。
20年前と同じ理由で、「子どもたちはお米を食べているけれど、栄養不足なんです」と、ビスケットを配り続けていることに、どのくらいの根拠があるのかと。

でも、社長が変えたかったその現実はまだ変わっていない。この日、痛いほどそれがわかった。

子どもたちが、この衛生状態の悪い環境で生まれ、育っている。着るものも汚れている。たくさんの家族で一つの部屋に住んでいる。

バングラデシュ人のスタッフをみていても、大学卒のメンバーとそれ以外のメンバーでは明らかに身長が違う。20cmは違う。なんのリサーチ結果を見たわけでもない。でもそれは、家庭環境や子供のころの栄養状態が関係していないとは、誰も言えないのではないか。

臭いのせいか、暑さのせいか、だんだん気分が悪くなってくる。その臭いは、自分ではわからないけれどいつしか服や髪に染み込んでいく気がした。

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