火星でネオンが光る
8/12(月)
台風5号のマリア様が日本に上陸し、わたしの住む北国にも注意報が出た。
今日は何もすることがないので、家でじっとしていられない彼とわたしは、雨風が強くならないうちにスパへ行くことに。
10時半ころ家を出て、11時には到着。
ここは一年前に、ごく普通の銭湯からオールインクルーシブなスパへリニューアルしたらしい。彼もわたしもはじめての来店で心弾んでいた。
入り口にはネオンの看板。ネオンを見るといつだって夜のようなうきうきを感じる。
台風だから混んでいないんじゃない?という極めて甘い予想は駐車場で打ち砕かれていたので覚悟はしていたが、まあ人が多い。
靴箱の鍵が、わたしたちに付与された番号であり入場チケットであり通貨となるようだ。周りを見渡すと、みな腕のチップをピッとかざして、ゲートをくぐっている。
真ん中の広いフロアには、小さなちゃぶ台をとり囲みながら、同じ色の服を着て楽しく談笑する人々が。男女で色が別れているようだが、色の区別が無くなるのもきっと時間の問題なのだろう。
お目当ては岩盤浴エリア。
何個もある小さな扉の上には33.6や55.7などの赤い数字が表示されている。室内の温度だ!とはなぜかすぐに結び付かず、少しのあいだぼーっと数字を見つめる。
温度だけでなく、香りや石の種類などもさまざまで、いろいろな部屋に出たり入ったりを数回繰り返した。じんわりと汗が滲んでいくのが分かって、身体がきれいになっているぞという心地がとてもうれしい。となりで寝ている彼がもぞもぞと動いていたのでちらりと覗くと、わたしが教えた腰痛ストレッチをしていた。ちゃんと覚えてくれていたのか、と顔の筋肉もほころぶ。
身体じゅうがあたたまって、寝転びたくなってきた。
壁一面を覆い尽くす本や漫画に目を向ける。あ、この本読みたかったやつ!と本を手に取ると、となりでおじさんが寝ている寝息が近くで聞こえた。本棚の中にできたかまくらのような一角に、人が一人からだを丸めておさまっている。ふと周りに目をやると、そこかしこに人が寝ていた。なんだか家のリビングみたいだ。
奥に進むと、今度は蜂の巣のような穴蔵があり、人が這いつくばって出入りしていた。人間なので、上の穴蔵へは梯子をのぼる。少し薄暗いその中で本を読んだりスマホを見たりしている人たちは、何かから身を守りたいかのごとく静かでみんなじっとしていた。わたしたちもその一部になってみる。
人類のシェアハウスみたいだ、と思った。
これから地球がどうにかなってしまって、最新技術で人類が火星に引っ越すことになったら、住居が確保されるまでの間はこうして暮らすのかもしれない。
今ここで慣れておけば、火星に行ったときに困らないだろうと思う。
人はあたたかい場所があって、言葉に触れることができ、人と会話ができる空間とおいしい食事があれば、一日にこにこと過ごすことができる。
もし火星に引っ越すようなことがあったら、地球の社会的立場も名誉も財力も全て忘れて、火星の初めての住人として一緒にこの空間を味わいたいものである。
火星でもネオンが光る。そう考えたら、いろんな不安も吹き飛びそうだ。