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【シロクマ文芸部】食べる夜

お題:食べる夜
(410字)

食べる夜に誰も気がついていない。
その夜はいつもより少し静かで、艶のない雲が星々の瞬きを遮る。
闇は窓の隙間から忍び込む。
その闇はふたつに分かれ、人のような形になって、寝ているアナタのベッドの隣に立つ。
「この人はずいぶんと辛い思いをしてきたんだね」
「してきたんだね」
「かわいそうに。苦しかっただろうね」
「だろうね」
闇のひとりが、寝ているアナタの胸の上に手をかざすと、ドッヂボールくらいの赤いふわっとした玉が、胸の上に浮かんできた。
闇のもうひとりがそれをそっと両手で抱えると、大きな口を開けて、赤い玉を食べた。
「もう大丈夫だね。しばらくしたらまた来てあげよう」
「来てあげよう」
闇は再び窓の隙間をすり抜けて、夜に溶け込んで行く。
朝が来て、アナタは起き上がる。
しかし、気がついていない。
闇がアナタの忘れたい記憶を食べて行ったことを。
闇が忘れたい記憶を食べてくれるから、私たちが生きていけることを。
今夜がその夜。よく眠れますように。

シロクマ文芸部に参加させていただきました。

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